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日記 最終回 (読了3分)
あらすじ
熟女パーティのパンフが原因で妻と離婚をした西澤祐樹。パワハラをする上司ともめ会社を3ヵ月休むことになった。一人でいることに寂しさを感じた祐樹は結婚相談所を訪れる。そこで祐樹は一人の女性と顔合わせをすることになった。
日記 最終回
「こっちに行ってみたいな」
加登谷さんに言われるがまま移動した。海岸に降りて岩場を見ると、何組かのカップルが散歩をしたり、岩に座って東京の街並みを見たりしている。
レインボーブリッジの向こう側に東京タワーが赤く輝いている。レインボーというだけあって、七色の光が暗闇に浮かんでいる。オフィスビルの灯りが都会の街をひときわ鮮明に際立たせている。
岩に腰かけてレインボーブリッジを眺めた。ふわりとふく風が心地よい。
「とってもいい気持ち」
空を見上げてたら、加登谷さんが体を寄せてきた。
「なんだか、私たち合ってると思う」
甘い匂いが漂う。祐樹が振り向くと加登谷さんが目を閉じ唇を差し出していた。まるでタコが怒っているようだ。
困ったな、祐樹はまだそんな気になっていなかった。でも乗りかかった船だ、と割り切る。唇を合わせる。
「あん」
加登谷さんの声が一瞬波の音に混ざる。唇を合わせその気に気になったのか、加登谷さんは祐樹の太ももの間に手を入れ、股間をがっちりと握った。
「あっ」
体全体が締めつけられるような気がした。祐樹は手を振り払おうとしたが、思ったより固く握られた手は降り切れない。
加登谷さんはしっかりと股間を握り、さらに唇を寄せてくる。ライオンに押さえつけられた草食動物はこんな気分なのか。祐樹が必死で手を振り払おうとするたびに力が入る。股間が痛くなる。右腕を岩に着き立ち上がろうとしたところで、加登谷さんが立ち上がった。2人とも足場を失いそのまま海に倒れこんでしまった。
「助けて」
加登谷さんが波にのまれそうになりながら、必死で祐樹の足にしがみつく。祐樹はあわてて加登谷さんの手を握ると、その体を抱き上げた。抱き合った形で海に立ちすくむ。なんともない、わずか50センチくらいの深さだった。
「ああん、西澤さん」
ピンク色の空気の中で、加登谷さんはさらに唇を押し寄せてくる。
「ああ、あのすみません」
なんとか空気の色を変えようと思った。祐樹は加登谷さんの手を取り、安全な場所まで移動した。
「大丈夫ですか?いや、大丈夫です」
と言い残し、祐樹は台場を後にした。
シャツは無事だから上着を脱げばごまかしがきくが、ズボンはごまかしがきかない。電車では端の席に座り、トートバッグをひざの上においてなんとかごまかした。トートバッグから加登谷さんからもらった熟女パーティのパンフが飛び出していた。
「この興奮に耐えられるか?満月の夜に変貌する熟女はここにいる」
耐えられるかー、思わず突っ込んだ。パンフをバッグから取り出した。人目に付くのは少し気になったが見られてまずい人はもういない。
パンフの中央あたりに紙袋がはさまっていた。袋を開けると手錠だった。
パーティ当日のご注意と記載がある。
”このパンフレットに同封されている手錠とムチは忘れずにお持ちください”
パンフに挟んだくらいだから、ゲームに色を付ける簡単な道具だと思った。他人が見ると誤解を生むなと思ったが、もはや自分には失うものは何もない。
なんとか周りの視線をごまかして電車を降りると、駅から足早に歩いた。早くシャワーを浴びて今日の悪夢を洗い流したかった。三上さんに何と言おう。せっかく紹介してもらったのに、ちょっと合いませんでした?スプラッターがやっぱり無理です?なかなかいい言い訳が出てこない。
マンションのエレベーターを降り、部屋までの廊下を歩く。廊下の前方を見る。違和感があった。近付きながら確認をする。廊下に黒い荷物が置いてあるように見えた。
さらに近付く。黒い荷物に見えたのは、黒いパーカーをかぶり体育座りでスマホを見ているサングラスの女性だった。
位置的には自分の部屋の前だと思った。
また三上さんが掃除にきたのか?今日はどこを掃除してもらおう。女性が祐樹に気が付き立ち上がった。
サングラスの奥の目を見て驚いた。千沙だった。
「千沙?」
突然のことに状況が把握できなかった。千沙が無表情で祐樹をうかがっている。ようやく口を開いた。
「どうなった?見合い」
そう聞く千沙の言葉は冷たい。
「どうって言われても、何も進んでないよ。それより何してるんだ」
「少しは目が覚めたのかと思って、覚めたなら戻ってこようかな」
千沙から出た突然の言葉を理解するのに時間がかかった。
「離婚は?」
「これ」
千沙がバッグから取り出したのは離婚届だった。
「出してなかったのか?」
「出すわけないでしょ。家に帰ってこなかったり、変なパーティにいってるから、ちょっとこらしめてやろうと思っただけよ。で?離婚届は出した方がいいのか」
もう2度と会うことはないと思っていたから、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
「いや、出さないでほしい」
声を絞り出す。
「じゃあ、もう見合いなんかやめなさい、それと変態パーティも」
祐樹はバッグからはみ出た熟女パーティのパンフと手錠を、そっと奥に押し込んだ。
シャツの袖がまだ濡れていた。笑いと涙が同時に込み上げてきた。
日記 了
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