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奇妙な世界 後編 (読了4分)

「今日はありがとう、食事もとっても満足、あなたにしては上出来だったわ、サルも味を知れば選ぶようになるものなのね」

 店を出たところでまさみが口を開いた。やはり、褒められているのか馬鹿にされているのかわからないが、この刺激が心地よい。

「明日はわかってる?朝早いからね、遅れずに来るんだよ、わかってるわね、遅れたら裸にしてそこら辺の木にぶらさげるからね」

「わかってるよ」

 僕はその言葉にしびれそうになったが、顔に出さないように我慢していた。

 まさみの誕生日は明日だ、今日は買い物だったが、明日がメインと言ってもよい。明日はお父さんに会う。そして約束を果たさなければならない。

  翌朝、僕は江東区のサッカーグランドにいた。グランドのサイドのネットには「高沢ダイニンググループ杯」と横断幕が張られていた。

「こっちよ」

 到着すると、入り口の横にまさみがいた。

 高沢ダイニンググループは幼児から大人までのサッカークラブを所有していて、自社主催の大会が度々行われる。

 今日はU12の大会だ。高沢ダイニンググループが所有するU12のチームはTスターズというチーム名だった。

「入場はこちらからです。二千円になります」

 僕は入り口で入場料を払った。

「今日はね、うちの会社のU12のチームが出場するのよ、でも複雑だわ、自分の会社のチームが負けることを祈るなんて」

 合計十六チームが参加するこの大会は、土曜日の昨日、四つのグループに分かれ予選リーグが行われていた。今日の試合はそれぞれのグループから一位から四位までが順位ごとに集まり、更にその中で順位を決める、というものだった。Tスターズは予選を一位で通過し、一位グループで試合が組まれていた。

 試合を見る前に僕はまさみの父親に挨拶に行った。まさみの父親に会うのは今日が初めてではないが、今日の試合の結果次第で結婚を認めてくれることになっていた。

「おはよう、尾藤君、今日は応援ありがとう、小学生の大会だが、しっかり楽しんでいってくれ、それと例の件、わかってるね」

 笑顔でまさみの父親が話しかけてきた。

「おはようございます。今日という日を楽しみにしていました。お父さんがおっしゃっていることは、わかっています。ただ、負けたとしても悔いはありません。ゲームも最後まで楽しんでいきます」

 悔いが無いというと嘘になるが、そういうしかなかった。僕は簡単に挨拶を済ますと、さっそくTスターズの試合が行われる会場に向かった。Tスターズの試合があるピッチの入り口に係員みたいな人が立っていた。

 例の件とは結婚のことだ、あれは、以前結婚の件でまさみの父親に挨拶に行った時のことだ

「こんな態度の悪い娘をもらってくれるなんて大変申し訳ない、君はまさみと結婚すると一生しいたげられるし、何かあったら縛りあげられる、そして罵声を浴びせられる、そういうところがまさみは母親にそっくりなんだ。時には・・・いや言いにくいが、お尻の穴に何かを突っ込まれるかもしれないんだぞ、それでも大丈夫なのか?いや、私が妻からそんな目にあったというわけではないが・・・例えばそういう子だとしたらあきらめる気はないのか?」

 と、父親から小声で言われたのだった。

「大丈夫です、なんというかまさみさんから罵声を浴びせられると、ゾクゾクするものがあって、まだお尻は無事ですが、何か危険なにおいがする、そこがたまらないんです」

 僕がまじめな顔をして言うと

「そんな娘を私から奪うことになるんだぞ、わはははは」

 まさみの父親は僕の目をのぞき込みながら大きな声で笑った。父親の笑い声と同時に二人だけのワールドの扉が開かれた気がした。

「だから本当は結婚はさせたくないが、そこまで覚悟を決めているのなら、まあお尻の件は別として、私と同類ということだ。ただ、ただでは渡さない、次の大会で私の会社のサッカーチームが優勝できなかったら結婚を認めてあげよう」

 と言われ、僕たちはそんな奇妙な約束をしたのだった。だから今日は僕もまさみもTスターズが負けることを祈らなければならない。

「いらっしゃいませ、試合観戦は千円になります」

 ピッチの横に立っていた係員が言った。

 僕はまさみと二人分の二千円を支払ってピッチ横に立った。

「見て、あの子。あの子が起点になって点を取るのよ、でもそうかー、今日は負けた方がいいんだよね、うちのチームが」

 ピッチ内ではそれぞれのチームがシュート練習をしていた。

「座って観戦しよう」

 ピッチ横には折り畳み式のチェアがいくつも組み立てられて置かれていた。僕はチェアにまかれているベルトのボックスの部分に百円玉を入れた。ボックスはガチャッと音を立て開き、座れる状態になった。

 Tスターズは順調に勝ちを重ねて、二勝で最後のチームと対戦することになった。相手は地元のフレンドリーズというチームだった。

「なかなか負けないね、Tスターズ、このまま優勝するんじゃないの?」

 この流れに少し心配になった僕はまさみに言った。

「大丈夫よ、うちの会社のチームは大一番に弱いんだから」

 まさみはまだ強気だった。そのような話をしている間に決勝戦が始まっていた。前半は調子に乗っているTスターズが二点をとり、二対〇で折り返した。

「やばいね、このままだと、うちのチーム勝っちゃう、フレンドリーズの応援席で応援しようか」

 僕はまさみに促され、フレンドリーズの応援席に行った。

「モトキ君調子いいね、これからじゃない、後半得点の匂いがプンプンする」

 フレンドリーズの父兄が話をしていた。どうやらモトキ君ていう子がキーマンらしい。

 ピーッ、後半がスタートした、二点を追いかけるのは結構きついな。僕はTスターズには勝てないのではと予想していた。

「いけーモトキー」

 モトキという子は5番の背番号の子らしい。

 フレンドリーズの父兄は応援に熱心だ。正面にある役員席ではまさみの父親がどっしり椅子に座り、余裕の表情で試合を見ていた。

 その時だった、5番のモトキが右前にいた57番にスルーパスを出した。

「いけートモヤー」

 ボールを受けた57番は相手ディフェンダーの後ろにボールを蹴りだして、自分で追いかけた。そしてゴールラインぎりぎりのところでボールに追いつくと中にクロスを上げた。

「シュートー」

 父兄が叫んでいる。

 中央に入ったボールにモトキが合わせ、蹴ったボールはゴールの右隅に突き刺さった。

「やったー、ナイスートモヤーモトキー」

 別の父兄が大喜びで抱き合っている。いい光景だ、と僕は感じていた。モトキはボールを持つとピッチ全体を見渡し、どのコースを使うとよりゴールに早くたどり着くかがわかるようだ。モトキがボールを持つと何かが起きる気がする。そして、トモキはガッツがあり、足が速い、彼にボールを持たれるとディフェンスは苦労するだろうと僕は思った。

「逆転するよー」

 勝つためにはフレンドリーズはあと二点いれなければならない、Tスターズが何度もフレンドリーズのゴールを襲った。そのたびにフレンドリーズの選手たちは全員で守っている。    

 またモトキがボールを持った、今度は何をしかけてくるのか、モトキはあれよあれよという間にドリブルで相手をかわし、シュートした。モトキの体が宙で踊った。

「ナイスー」

 モトキが左足を振りぬくと、ボールはキーパーの頭を越え、ゴールネットを揺らしたのだった。

 ピッチの向こう側の席に座っていたまさみの父親が思わず立ち上がるのが見えた。

「あと一点」

「頑張れーフレンドリーズ、頑張れトモヤー、モトキー」

 フレンドリーズの応援席は大歓声だった。横でまさみも叫んでいた。もう時間がほとんどないはずだ。

 そう思った瞬間だった、右サイドを57番のトモヤがすごい勢いでドリブルで上がり、ペナルティエリアのだいぶ手前からシュートを打ったのだった。

 ピーッ、ピーッ、試合終了のホイッスルが鳴った。

 

 あの日、フレンドリーズはモトキとトモヤの活躍で三対二でTスターズに勝利した。おかげで僕とまさみは無事結婚することができた。

 今日は結婚して一年めを迎える大事な日だ。ダイヤの指輪を買い、これからバッグを買いに行く。まさみの歩くスピードは異様に早い。

「早く歩いてよ、あんまりもたもたすると脳天ぶち抜いて脳みそ冷蔵庫にしまうわよ」


 奇妙な世界は始まったばかりだ。

                                                                                            奇妙な世界 了

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