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少女A 第7話
前回までのあらすじ
江東区で女子大生の死体が発見される。自殺と認定されるが桐谷たちは他殺のにらみ独自に捜査を続ける。そのうちその数ヵ月前に自殺した神奈川の少女が江東区の女子大生の幼馴染だということがわかる。共通しているのは高校時代にバスケット部に所属していたということだった。
少女A 第7話
「11人ですね、当時はバスケット強豪校で人気があったらしいですから、結構いますね」
「まだだいぶかかるな、滝川ゆうの情報が出てくるといいが」
滝川ゆうまでたどり着けば何かが出てくる、そう思っていた。
しかし、そう簡単には話は進まなかった。滝川ゆうは行方をくらまし、随分前から大学に行っていないことがわかった。一人暮らしをして、普段からあまり親と連絡をとっていなかったため、親は行方不明になっていることにすら気が付いていなかった。
滝川ゆうはどこに行った。なぜ藤野の部屋に指紋が残っていない。実質何も進展していない。桐谷が頼っているのは自分の勘だけだった。
月曜日の朝、桐谷が出勤すると、田口が渋い表情をして近寄ってきた。
「どうした、月曜日の朝から、この世でも終わったような顔をして」
「桐谷さんまずいです」
田口の額から大粒の汗が流れている。
「何か、ばれたらまずいことでもしてたのか」
田口の動揺も届いていないのか、薄くわらっている。
「朝から部長が来て係長と話をしているんです。桐谷さんが出社したらいっしょに会議室に来てほしいと」
「そうか」
とうとう来たか、桐谷は腹を決め廊下に出ていく。田口が桐谷の後を慌てて追った。
「空いている、入れ」
ドアをノックすると係長の渋い声が聞こえてきた。ドアを開けると部長の染田と係長の中川が向かい合う形でソファに座っていた。
二人が会話をやめて桐谷たちの方を向く。
「その顔は要件がわかっているみたいだな」
中川ではなく部長の染田が話を切り出した。 染田がソファに座ったまま、上目遣いに桐谷を見た。
「このまま放っておけば、被害者は増えるばかりです」
桐谷が声を押し殺してそう言い、染田を見た。
「あの件は終わった、そうだろ、自殺と断定されているんだ。捜査をして何も出てこなかったらどうする」
染田が厳しい表情で桐谷をにらんでいる。
「すでに周りを警察がうろうろしているっていう苦情が来ている、それから、神奈川県警からも侮辱するなとお叱りを受けた。お前らがやってることは越権行為と言われても仕方がない。これで何も出なかった時の自分たちの身も案じた方がいいんじゃないのか」
染田は窓のところまで行くと、外を眺めた。外は陽射しが強く、熱気が室内にも伝わってくる。
中川は目を閉じてソファに座ったまま成り行きを見守っているようだ。
「あれは自殺じゃありません、二人の少女が、殺されている可能性があるんです」
桐谷が低い声で続けた。
「二人は、死にたくて死んだわけじゃないんです」
「証拠はあるのか」
染田が口調をやわらげ聞いた。証拠があれば、対応を考えなくもない、そんな風にも聞こえる。ただ、証拠と言えるものは、出てきていない。
桐谷が黙っていると、染田が桐谷の方を向いて言った。
「これ以上単独行動は許さん、勘で自殺が他殺に変わるとでも思うのか、もし今後何かあったら、二人ともここにはいれないと思え」
桐谷から視線を外すと、染田は一旦中川に視線を落とし、部屋を後にした。部屋に静けさが戻る。染田が立っていた場所がやけに広く感じる、いなくなった無人の空間に、外から刺す太陽のスポットライトだけが名残りを残している。
桐谷と田口が所長の中川に頭を下げて、部屋から出ようとすると中川が声をかけてきた。
「おい、桐谷は残ってくれ」
二人はドアを開けたまま立ち止まったが、田口が一度桐谷を見て、ひとりだけ出ていく。中川がソファから腰を上げ窓際の自分の椅子に腰を下ろした。
「どの案件も強い魂を感じます、これは刑事としての勘ですが、必ず犯人がいます」
桐谷が中川の前まで来て、静かな声で言った。中川が閉じていた目を開く。
「私にも」
そう言うと、椅子を回転させて背中を向けた。背中越しに中川が言葉を発した。
「私にも、娘がいる、年はもっと上だが、私も苦労したよ、娘と家庭を守るためにな、だがうちは幸運にも娘が生きている」
しばらく沈黙が続き、部屋に静けさが戻る。中川が椅子を回転させて桐谷の方を向いた。
「守りたいんだろ、貴重な命を」
中川がまっすぐに桐谷を見る。魂が行きかう。桐谷も中川の目を見た。
「好きなようにやれ」
中川はそう言うと、また椅子を回転させて背中を向けた。
「責任は、私が取る」背中越しに中川が声を絞り出した。
桐谷は無言で頭を下げると会議室をあとにした。
少女A 第8話につづく
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