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PS.ありがとう 第4話 (読了3分)

美里ちゃんママは美羽の手をとって話しかけてくれた。保育園の親関係はいつ何がおこるかわからない。だからこういう仲間はいないよりいる方がいい。長女が保育園を経験している分、知恵がついていた。

美里ちゃんママとパパは祐輔とは会社は違うものの、東京からの転勤族で瑤子とよく話があった。東京が良かったね、2人の話題は遠くで活気立つ大都会の話ばかりだ。

「これお礼と言ったらなんだけど、外れはないみたいだから」

「いいのに、なんともなかったんだから」

「いいのよ、手紙がとてもうれしかったの、大したものじゃないけど、受け取ってね」

美里ちゃんママが白い封筒を美羽に握らせた。

弾む気持ちで保育園を後にした。5月の風が顔をなでていった。緑の木々の葉が光に反射している。空の青さが今の自分を映している。そう思った。

「美羽ちゃんママ」

心地よい風の中で、レイナちゃんママが建物の陰に身を隠すようにして立っていた。長い髪が風に吹かれ、顔に巻きついているようだ。恐怖映画のワンシーンが浮かび、何かが心臓を叩く。

「レイナちゃんママ?」

レイナちゃんママはつかつかと歩いてきた。何かにとらわれているような目に、さらに脈が速くなる。

「ちょっと話せへん?」

「ええけど、どないしたん」

自分の発した関西弁のイントネーションで少し落ち着いた気がした。

レイナちゃんママの前ではつい関西弁になってしまう。関西人が聞いたらきっと石でもなげつけられそうな、とってつけたような関西弁だ。

公園に入り、子供が見えるように砂場の近くのベンチに腰掛けた。美羽とレイナちゃんが砂場に向かって駆けていくと、小石をついばんでいた鳩が一斉に飛び立った。砂場で2人仲良くしゃがむ姿に心が和む。

「あのな、余計なお世話かもしれんけど、私がそうやったから」

レイナちゃんママは足元を見ながら話している。踵の後が土に丸く輪を作っている。頑張って話そうという雰囲気を感じた。

「ええよ、何でも言って、ようわからんけど、ちゃんと受け止める気持ちはあるからさあ」

レイナちゃんママは普段からおとなしく、あまり多くのママと仲良く話す方ではないが、瑤子には話しやすいのか、顔を合わせると話しかけてくれる存在だった。

その姿は花によってくるミツバチのように、子供のような可愛らしさをまとっていた。だが、この日の様子は少し違った。

「あのな、私レストランで働いとるやろ。だからなよく見かけるんよ、不倫しているなあって人たち」

そう言って瑤子の目を見る。瑤子はなんとなくその後の話が予測できた。祐輔さんが不倫?でもまさか。まさかが通用しないのが現実だ、そんな冷静なことも頭をよぎる。ここはなんでも受け入れよう、そう決心して聞いた。

「お宅のご主人やけどお、この前女の人と来ててな、結構深刻な話をしよってん。私もマスクして接客しているから私ってわからへんかったと思うけど、ほらお客さんはマスクとらんとご飯食べれへんやろ、だからこっちはわかるんよ」

まあ、それくらいは説明されなくてもわかる。驚くというより、やっぱり、という気持ちの方が大きかった。というより自分の願いをかなえる材料になるかとも思った。そんな腹黒いことが一瞬で浮かぶ自分も悪だな、と思いつつ。

「ありがとう教えてくれて」

「いやいや、なんかさ、私さあ、夫が浮気したのが原因でわかれたからな、同じ思いしてほしくないねん。ほんと今更やけど、子供が可哀そうやで。ちゃんと話をしてな、離婚だけはしたらあかんで」

きっとそれは本音だろう。自分のことを思って言いたくないことを言ってくれたのだ、と瑤子は思った。

「ほんまにありがとう、その気持ち大事にするから、また何かあったら教えてな」

夫が不倫をしているかもしれないということを聞かせれているのに、なぜか心の中は清々しい思いでいっぱいだった。東京に行ける理由ができた、そっちの方が大きかった。

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