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恨み骨髄


先週は4年前の作品でしたが、今週は昨日の12月3日(土)に文章塾で発表した新作です。
二人の女性を「女が」「女は」と、書いているので少し分かりにくいかもしれませんが、あえてその表現をしました。
テーマは「砂時計」でした。
難しかったな〜。

“私に何の話があるのだろう“


“悪魔の妹のこの女に私は何を言うつもりだろうか“

冷たい風が吹く夜の公園のベンチに二人の女性が座っている。四人掛けのベンチの端でお互い顔を合わせていない。

「この世には神も仏もいない。いるのは悪魔と、悪魔を見て見ぬふりをする人間だけだ。私があんたの兄と結婚すると報告した時、あんたとあの悪魔を産んだ母親の安堵した顔を忘れない。二人とも顔に青黒い痣があるのが不思議だったが、聞いた私に答えてくれなかった」

 女が鞄から砂時計を出し、ベンチの間に置いた。それを見た女は、この砂が落ちたら終るのだろうかと思った。

「あの悪魔は私を陵辱し続けた。甘い言葉で近づいた後は暴力と恐怖で私を支配した。あの時一言、あいつは悪魔だと言ってくれたら私の地獄の四年間はなかったのに、あんたたちは自分たちの地獄が終わることをただ喜んだのだ」

 言われた女はうつむいて膝の上で拳を握り、言った女は月にかかる雲を睨んだ。

長い沈黙が続いた。

砂が落ち終えた瞬間に女が時計を反転させた。それを見た女は、いつまで続くのかと思った。

「どこへ逃げても捕まった。捕まると更なる暴力があり、逃げようという意思さえ消えた。このままでは殺される。こんな奴隷のような人生は嫌だ。そして悪魔を殺すしかないと思った」

冷たい風が二人の髪をなびかせる。話している女はマフラーを巻いているが、聞いている女の耳は無防備に赤く凍えている。

「悪魔を殺して罪を問われるのは納得できない。悪魔を退治した報酬も欲しい。一億の保険をかけて、飲んだくれた悪魔をボロアパートの階段から突き落とす計画を考えた」

聞いていた女がハッとして女の顔を見た。女は、女の顔を見ずに話を続けた。

「高額の保険金を払う為に街で体を売った。どうせ悪魔にボロボロにされた身体。階段から落ちたくらいじゃ死なない悪魔を、目の前の国道に押し出しトラックに轢かせて体をぐちゃぐちゃにする夢想をすると、喜びで体が震えて何も苦じゃなかった」

女は砂時計を見た。もう少しで全部落ちる。そしたらまた女は反転させて話を続けるのだろうか。何の意味があるのだろう。五分くらいか、十分くらいだろうか。砂が全部落ちた。すぐに女が反転させた。女は時計を見ていないのに。この時計の落ちる時間を体で感じている。どれほどこの砂時計と共に暮らしてきたのだろうか。

「あの日、この世に神と仏がいる事を知った。悪魔が自分で落ちて国道まで転がった。十トンダンプに轢かれ全身の骨が砕かれ、内臓が飛び出し、脳がアスファルトに擦り付けられた。サイレンの音で外に出た私はその光景に震えた。あまりにも完璧な消滅に性的な快感さえ感じ、神と仏の存在を確信した」

兄が死んだと聞いた時、女も天に登るほど嬉しかった。数日前に死んだ母が、道連れにしてくれたんだと思い、母の死の悲しみが消えた。

「保険をかけて二ヶ月目で死んだから保険会社が疑惑に思い、調査を始めた。七ヶ月かかったけど今日、全額振り込まれた。二十八歳の私の人生は今日から新しく始まる。その前に最後の仕上げが残っている。だからあんたを呼んだのかもしれない。あんたにも悪魔の完全な終わりを教えたかったのかもしれない」

女が時計を反転させた。女は完全な終わりの意味を考えた。

「その時計の時間、分かる?」

女の口調が突然柔らかくなった。

「五分くらい?」

「七分三十九秒よ」

「変わった時間設定ね。この砂時計」

女が砂時計を手に取った。

「砂じゃない。灰よ。悪魔の遺灰。遺灰時計よ」

女が投げるように時計を置いた。

「火葬場で骨だけじゃなく灰も全て骨壺に入れた。骨はドブに捨て、灰だけを砂時計の工房に持っていって作ってもらったの。愛犬の灰だと言って。七分三十九秒という時間には特別な思いがあると言って。わからない?」

女が七分三十九秒と唇を動かすが首を傾げた。

「秒数にすると分かるさ」

女の口調がまた変わった。二人の人間が交互に話しているようだと女は思った。

「秒数?」

「四五九秒さ。じ・ご・く。地獄さ。果てしなく地獄に落ち続けるのさ。落ちても落ちてもまた反転して落ち続ける。毎日ご飯を食べながら落ちる灰を見るのがたまらなく喜びだった。でも、今日で終わりよ。神様と仏様がプレゼントしてくれた一億円で私は生まれ変わるの。それをあなたに知らせたかったのかもしれない。これからこの遺灰時計をあの道路に投げてくる。灰となってもあいつはまたダンプに轢かれるのよ。大雨で川に流されるまで轢かれ続けるのよ。一緒に来る?」

女は首を降った。

女は遺灰時計を鞄に入れて歩き出した。が、立ち止まり振り返った。

「私の中にまだ柔らかな言葉を使う女らしさが残っていたみたい。あなたと話して気がついたわ。幸せになれそうよ。ありがとう。じゃあね」



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