【#1 勇者、今日から営業マンになります】2

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「うう…」頭がガンガンして、めまいのような、変な感覚がする。お酒が今になって回ってきたか。まぁ、ビールこぼしたり、ゲーム機落としたりで焦って動いたりしたから、酔いが回ったのかもしれない。頭をおさえつつも、少しずつ目を開けてみる。

「…あれ、ここ、どこだ」目を開けて、一面に広がる緑の世界に驚く。草原だ。遠くには森や山が見える。いや~良い景色だな、こんなところで昼にビールでも飲んだら最高だろうな…なんて、少し妄想にふける。それぐらい、今まで旅行とかで行った場所よりもはるかに、壮大な景色がそこには広がっていた。

って、妄想にふけっている場合じゃない。どこだよここ。あれ、俺、家にいたよな?家でゲームしてたんだよな。でも、なんで急にこんなところに…。

「しんじ?大丈夫?」後ろから名前を呼ばれ、反射的に振り返った。そこにいたのは、女の子。でも、なんか…なんというか、服が変、だ。変というか、その、ちょっと目のやり場に困るというか。「何目そらしてんのよ。ボーッとするなんて、しんじらしくなーい。」「いや、その…えっと、なんで俺の名前を」そうだ、今はこんなことをしている場合じゃない。今の状況を把握ししなきゃ。そう思って、冷静に女の子を見直すと、どこかで会ったような気がする。でも、こんな服装の子、周りにいたら忘れるわけないはず。一体、誰なんだろう。「えっと…君は、誰?」恐る恐る、聞いてみる。「はぁ?しんじ、本当にどうしたの…?俺とか言ってるし。さっきの戦闘で混乱する攻撃でも受けたっけ?」首をかしげられ、はぁ…と俺もつられて首をかしげる。ん?戦闘?攻撃?なんかえらい物騒なこと言ってんなぁ。まるで今やってるゲームみたい…。

「ん~じゃあまあ一応…えいっ」女の子が右手に持っている杖のようなものを俺にかざすと、変な効果音とともに、体に何かが降りかかった気が、する。特に体に変化は見えないけど。でも、いきなりのことに、うおっと小さく声が出てしまった。「ん~やっぱり混乱状態じゃあないのかぁ。へーんなの。とりあえずさ、しんじ、今後の旅の話なんだけどさ」俺の動揺なんておかまいなしに、女の子は話を始める。「次に向かう町の前にさ、パヨの町に寄りたいんだけど…。あ、いや、別に無理にとは言わないけどぉ」歯切れが悪そうに、変にもじもじとしながら話している。さっきの態度とは全然違うな。

「パヨの…町?」まだ少しズキズキと痛む頭で、女の子の言葉を少し繰り返す。なんか聞き覚えが…というか、それ、あのゲームの町の名前じゃんか。っていうか、え、ということは、この子…「そう、パヨの町!いや、別にすごい行きたいわけじゃないんだけどぉ、そんなに急ぎじゃないなら寄って行ってもいいんじゃないかなぁって…」そんなに俺が悪い反応じゃないのを見て、パァッと女の子の顔が明るくなる。見慣れない景色。不思議な服を着た杖を持った女の子。戦闘、攻撃、パヨの町。すべてがつながる。

「そうか、…えっと、スフ、なんだな」俺は、初めて、しっかりと女の子の顔を見て質問をした。「ん?何、そうよ。私スフよ。ふふ、やっといつものしんじに戻った?」ニコッと女の子、いやスフが笑いかける。そうだ。俺は知っている。彼女を。この世界を。これは…俺がついさっきまで、やっていたあのゲームの中の世界なんだ。じゃあ、俺は誰なんだ?そこで、さっきまでスフになんて呼ばれていたかを思い出す。

「しんじ」あぁ…そうか。だから違和感がなかったのか。俺は「俺」だと思っていたんだ。「真実(しんじ)」だと。でも、違うんだな。俺は…この世界の勇者、「しんじ」なのか。そう認識した途端、急に冷静になって辺りが見えてきた。今まで見たことのない壮大な草原。そして、最初に驚いたスフの服装…。このゲームはキャラクターの服を装備させることができて、服によっては見た目にも変化が現れる。それで女のキャラクターに〇〇な水着、とかバニースーツとか、そういういわゆる…なんていうか、「おもしろい」装備をさせることができるから、俺も他のプレイヤーと同じように、スフとか他のキャラクターにこういう装備の性能よりも気に入った服を着させてたんだよ…な。それがそうか、これだったか…。ラスボス前ではさすがに装備重視にしたもんだから、忘れてた。だからか。夏とは言えない、ちょっと寒いくらいの気候のこの場所で、やたらと露出の多い服を着てるのは。俺のせい…なわけで。

「で、しんじ、どうする?」スフがまたボーッとしていた俺にみかねて、声をかける。「あ、あぁ…行こう…パヨの町へ。でもひとまず、みんなのところへ行こう」そういうと、スフは「わかった!みんなあっちでキャンプしてるから向かおう。」と、俺を連れて行ってくれた。これからどうなるんだろう。なんでこんなことになったんだろう。ビールをこぼしてゲーム機を落としたあの瞬間、俺は、カッなって、確かに勇者になりたいと思ったり、今までの日常なんていらねー!的なことを口走った気はするが、だからといってこんなことになるなんて、想像できるかよ!?いや、なったらなったで、俺が闘うのか!?あのモンスターたちと…いや、ラスボスと!?なったらなったで、こえーよ。上機嫌でずんずんと進むスフに遅れないようについていきながら、俺の気持ちは複雑だった。

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