【小説】#1 勇者、今日から営業マンになります。

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「くそっっっ…くそっ」

今日も上司に怒られた。この前彼女にはフラれた。最近、なんか俺、ついてない。まだ仕事は残っていたけど、もう21時を回ったから、ひとまず今日は家に帰って、コンビニ弁当を食べた後、最近ハマっているゲームに手を伸ばした。ちょっと昔のポータブル型のゲーム機。なんか久しぶりに部屋を片付けていたら出てきたので、やっていたのだ。もう少しでラスボスを倒せるとこなんだよな。

でも、なんだろう。ゲームって、ラスボスを倒したら一気に味気ないものになってしまう。今まで時間をかけて、キャラクターを強くしたりいろいろ積み上げてきたものが、ラスボスを倒すと、そこで終わってしまう。クリアする前はあんなにクリアに向けて楽しかったのに、この現象はなんなんだろうな。とかいろいろ思いながら、マップを進める。

「よしっクリア!!」ぐわぁぁぁ、とラスボスが崩れ落ちていく。こいつ形態変化しすぎ。でも、レベル上げはめっちゃしたから、正直余裕だったな。エンディングをボーッと見ながら、めでたく勇者は姫を助けて、エンドロールが流れる。あー終わった。今日は仕事もうまくいかず怒られまくったし、金曜日というのもあって、終盤からラストまでセーブもしないであっという間に終わらせてしまった。また、明日から何をすればいいんだろうか。クリアしてしまうと、一気に現実に引き戻されて、急にむなしくなってしまった。

「あ~くそ、なんかうまくいかねえな…」とりあえず、追加のお酒を取りに冷蔵庫へ向かう。ビールをとって帰ってくると、エンドロールは終わっていた。ビールを片手にボタンを押すと、ん、あれ、エンディング後の追加ストーリー的なのがある!?「セーブしてこのままストーリーを続けますか?」と画面に文字が出ている。「うそ、まじかよ」慌ててビールを置いて選択しようと思ったら、慌てすぎてビールが床にこぼれた。あーほんと今日ついてねぇ。雑巾を出そうと立ち上がったら、充電中のコードに足を絡ませ、充電していたゲーム機がふっとんだ。落ちた衝撃でゲームの画面がガガガ…と不穏な音を立てフリーズした。「………」

あ~~~~ほんっとうについてねぇ。まじかよ…また終盤のあの場所からやり直しかよ!?仕事から帰ってきてからセーブもせずに続けたのが裏目にでた…。とりあえず、壊れていないか確かめるために、ゲームを起動する。あーあ、やっぱり終盤のデータからだな。とりあえず壊れてはいなくてよかった。にしても、最近…いや、就職してからの俺、なんか本当にダメだな。大学のころは、あんなにやりたいことにあふれて、お金はなくても楽しかったな…まぁ、記憶を美化しているとこはあるけど。

ゲームに目線を落とすと、セーブした教会からのスタート。もう今からやる気にはなれないけど、なんとなく近くにいるシスターに声をかけてみる。「しんじ様、世界を救うための長旅でお疲れでしょう。せめてこの町に、いえこの教会にいる時だけでも、心が休まれますように。私もしんじ様がいてくださった方が、嬉しいですし…ポッ」

しんじというのは、俺の名前。ゲームのキャラに同じ名前をつけているから、なんか妙に今むしゃくしゃしている自分とゲームのしんじ…というか勇者との待遇に、なんかためいきしかでない。あーーこいつと交換できねぇかな。俺が本当に勇者になって、姫を助ける、なんて。目的はラスボスを倒すって決まっているわけだし、なんかその方が楽だ。もう、こんな同じことだけの生活、怒られるばかりの生活、お金を稼ぐために必死な人生、いらねー!心から思ったその瞬間、またゲームの画面がガガガ…とフリーズした。まじかよ、壊れたのかよ!?焦って電源を落とそうとした瞬間、俺の意識は途切れたー…

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