「両神山の主(あるじ)」


 それまで低山ハイクばかりだった私を本格的登山に誘(いざな)ってくれたのは、職場は違うが同じ日本語教育業界で、あるきっかで知り合ったFさんだった。
 人と人の相性は説明できるものでなく、なぜあの人と話が合うのか、いっしょにいて楽しいのか、言葉を尽くそうとしてもそれは無駄だとすぐ分かる。趣味が同じだから?同じネクタイをしているから?そんな人でも、もう二度と会いたくないと思う人はいるからだ。
 誰かと楽しい酒を一つ所で飲んでいて、気づいたら4時間も経っていた。こんな時は本当に生きているエネルギーが湧き出てくる感じで、決してアルコールを悪者にできないと心底思う。たぶん、こういう時のアルコールは生命エネルギーに転嫁できているのだと実感する。そういう相手はもちろん数は多くないが、いてくれて感謝、といつも思う。人と人との出会いは不思議なものだな、とも。
 大のオペラファンでもあるFさんが、そう、山が好きなの?じゃ、一緒に行こうか、と誘ってくれて幾多の山に登った。
 北岳では、夜、満天の星を見上げた。
 あれは確か丹沢を縦走した時だっただろうか。前を歩くFさんの背が突然視界から消え、気づくと足元で尻もちをついていた。滑って転んだのだ。慎重に歩いていてもこういうことはある。たぶん、捻挫だと思うのだが、かなり痛そうな表情。しばらく様子を見て、再び歩き始める。覚束ない足取りだが、ここで留まるわけにはいかない。
 ゆっくりと一番短いコースを選択して下山した。そして、この日泊まる予定にしていた民宿に連絡し、車で迎えに来てもらった。来たのは軽トラ。覆いも何もない荷台に二人で座り、どんどんと遠ざかる道を眺めていた。
 軽く風呂で汗を流し、夕暮れの匂いのする庭で乾杯。心地よい風が吹いている。Fさんにしたら、こっちが捻挫で大変な時に、よく優雅そうにビールなど、と思ったかもしれないが、まあ山行き友達ということでご勘弁を。
 そして、一番記憶に残っているのが両神山だ。
 登山中、二人の女性連れと会った。挨拶をして、しばらく一緒に登った。高校の教師と生徒の関係で、趣味が同じで、卒業後も時々一緒に山登りを楽しんでいるという。何ていい関係なのだろう、と素直に思った。こんな具合に関係が続くというのはなかなかないことだろうと。我々の方がペースが速く、途中で「気を付けて」と別れた。
 そして早めに頂上。今夜は山小屋で一泊の予定だ。とても気さくな主(あるじ)が迎えてくれた。あれは何弁だったのだろう。朴訥な語り口の中に、人の良さがにじみ出ていた。
「今夜はあと一組しかいないから、まあ、のんびりやれや」
 そして、なんとそのあとの一組とは、先ほど会った教師と生徒の女性連れだったのだ。まさかその時は、山小屋で一緒になるとは思いもしなかった。
 「いやあ、またお会いしましたね」と二人を迎えた。
 気のいい山小屋の主(あるじ)に気持ちのよい教師と生徒。その晩は、最高の夜だった。今夜はこれだけしかいないから特別だよ、とお風呂までサービスしてくれ、日本酒まで出してくれて5人だけの宴会が始まったのだ。
「いやあね、夜一人でここにいて一番怖いのは、クマとか動物ではなく、人間だねえ」と山小屋での生活の一端も教えてくれた。
 それから、どのくらい経った時だっただろうか。何気なく新聞に目を通していると、三面記事の小さなスペースにある活字が目に飛び込んできた。「両神山の主人転落死」という文字が。山菜を取っている最中誤って転落したとのことだった。
 げげ、と驚き、Fさんに電話した。
 あの人も、なんとなく気持ちのよい4人だけの宿泊客に気分が良くなり、お風呂やお酒をふるまってくれたのだろうね、と当日のことを思い出しながら話した。
 手元に写真がある。自動シャッターで撮ったのだろう。一晩だけの関(かかわ)りだった5人が仲良さそうにその中におさまっている。
 あの時の教師と生徒の二人連れは、今でも山登りを楽しんでいるだろうか。


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