「プロレスはショーじゃない 人生がショーなんだ」


 仲間内の会合で相撲の話題が出た時に、横綱貴乃花が好きだった、と言った。
 最後の武蔵丸との優勝決定戦で勝ち、22回目の優勝を決めた時の彼の殺気迫る表情を覚えている人も多いだろう。「感動した」と、時の総理大臣が大きな杯を渡した。
 すると会合の中で、ある人が、あれは八百長だったそうだ、と言った。
 貴乃花の最後まで不器用だった生き方を考えると、それはない、と断言できる。もし彼が八百長をするような内面を持ち合わせていたなら、あんな形で相撲界から離れる顛末には決してならなかった、と断言できるからだ。
 確かに相撲界は、興行とスポーツの狭間で揺れ動いている。神事から始まったそれは、純粋なスポーツとはまた違った面も持ち合わせていることだろう。年六場所をそれこそ「ガチンコ」で押し通したら、怪我だって増え、力士生命に関わるマイナスも増えることだろう。見ている観客だって、八百長をどこかで認めながら楽しんでいる人もいるかもしれない。
 ずっとそれが不満で貴乃花が引退後はあまり相撲を見なくなった。
 久々にガチンコの横綱稀勢の里が出てきてからは彼を応援したが、やはり無理がたたり横綱在位も短かったが、たぶん満身創痍で相撲をとる彼の姿に日本中のファンが涙を流したのではと思う。
 そんな中途半端な相撲とは違い、プロレスリングはまさにショー以外の何物でもない。ある程度筋書きが事前にできている。おでこが血だらけになり、キャーとそれを見た女性が叫ぶが、もともとおでこは出血しやすく、見た目ほどの負傷度はないという。
 思い出すのは、アリ、猪木戦だ。当時のヘビー級チャンピオンが何故あのようなイベントに応じたのだろう。最後の最後までルールが煮詰められ、結局ヘビー級チャンピオンの言い分が通るしかなく、がんじがらめのルールに縛られた中で、猪木はアリの足にキックするしかなかった。でも、そんな中でも最後まで続けた猪木のキックはアリの下半身にかなりの影響を与えたと聞く。
 プロレスラー力動山と、不世出の柔道家木村政彦との一戦もまた忘れがたい。残っている映像を見ると、会場の熱気もすごく、突然力道山がマジに木村に襲いかかる様子が映っている。なんでも、木村についての著作によると、試合のストーリーを無視して、突然力道山が何かのきっかけで頭に血がのぼったがゆえの結果とのこと。木村にしたら、たまったものではなかっただろう。
 最初からストーリーのできているような世界の中でも、アリ、猪木戦や、力動、木村戦のようなこともあるのだ。
 そして、「反則王」という韓国映画について。「パラサイト 半地下の家族」や「タクシー運転手 約束は海を越えて」他たくさんの代表作があるソン・ガンホ主演の映画だ。標題の文言が映画の紹介に添えてあった。
 いつも他の動画配信サービスで映画を見ることが多いのだが、久しぶりにたまたまWOUWOUで観た。こんな時には、その映画との出会い、といったものを感じてしまう。
 イメージにあるソン・ガンホよりずっと若く、まずそこに目がいってしまった。そう、人は少しずつ時を重ねるのだと。
 まだ観たことがない人のためにストーリーを説明することは控えるが、「プロレス」といったものを、ただ単なるショーとしてでなく、主人公の真剣な生き様の中に置き、最後は思い切り拍手を送りたくなる結末だった。
 基本的に相撲の八百長は認めたくはないが、力士の中にも色々な人生があるのだろうな、と思いを馳せるきっかけにもなった。
 人生がショーなんだ、って、どんな人生なのだろう。きっと人の数ほどのそれぞれのそれが、あるのかもしれない。

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