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銭湯映画の検討稿(その1)

「仮題:未来サウナ」
 
登場人物一覧
 
●湯川耕平(ゆかわ・こうへい)
33歳
某衆議院議員の公設第二秘書
仕える議員の不祥事隠匿工作を命じられ、思い悩む青年。
ゲリラ豪雨に遭い、たまたま入った銭湯「時ノ輪浴泉」で不可思議な体験 
をする。
 
●主人(しゅじん)
48歳
銭湯「時ノ輪浴泉」店主
極端になよなよとしたオネエっぽい中年男性。
入店してきた耕平を温かく、そして、妖しく迎え入れる。
自慢のサウナの中で、耕平にある体験をさせる。
 
●湯川耕太郎(ゆかわ・こうたろう)
38歳
“ある選択A”を行なった耕平が未来にもうける長男
国会議員となっていた耕平の跡継ぎとして選挙に出馬し、当選を果たす。
 
●黒づくめの男
年齢不詳
“ある選択A”を行なった耕平の40年後に姿を見せる。
耕平の議員活動の犠牲者で、彼に恨みを抱いている。
 
●耕平の妻A
66歳
“ある選択A”を行なった耕平と結婚した女性
耕平の所属派閥重鎮の孫娘である。
40年後に、長男である耕太郎の当選を夫・耕平とともに祝う。
 
●耕平の妻B
74歳
“ある選択B”を行なった耕平と結婚した女性
耕平とともに、貧しくつつましい暮らしを送る。
50年後には、病に臥せる耕平を献身的に支えているようだが……。
 
●飛山大悟(とびやま・だいご)
69歳
某衆議院議員の公設第一秘書
耕平の上司にあたる存在
政界の裏の裏まで知りぬいた古狸である。
仕える議員の不祥事隠匿工作を耕平に命じる。
※但し、登場は電話越しの“声”のみ。

××××××××

○タクシー車内(午後)
     走行中のタクシー後部座席に座る湯川耕平。
     どこか落ち着かない様子で、黒い革鞄を胸元に抱え込んでいる。
     固い表情の耕平が腕時計の文字盤にちらりと目を遣る。
耕平「……」
     と、スーツの内ポケットでスマホの着信音が鳴る。
     とりだしたスマホ画面で相手を確認し、電話に出る耕平。
耕平「はい、湯川です……」
     応答しながら耕平は運転席の方に視線を送る。
     ミラーの中の運転手が後ろを気にしている様子。
耕平「すみません、今、タクシーの……。……はい、はい……お願いします」
     通話を切った耕平がスマホをポケットにしまう。
耕平「(運転手に)あ、降ります。そこの角あたりで停めてください」
運転手「(ぼそりと)はい」
     ハンドルを切りながらウインカーを操作する運転手。
    
○都内の屋敷町・路上(午後)
     豪奢な邸宅が建ち並ぶ住宅街を、タクシーが走り去っていく。
     それを見送った耕平が、ふと空をみあげる。
     灰色の曇り空。分厚い雲の向こうで遠雷が響いている。
     真夏にも拘わらず、耕平はダークスーツの上下でシルクのレジメ
     ンタルタイを首元までしっかり締めている。
     靴や鞄も含め、地味だが値段は高そうな恰好である。
耕平「……」
     分厚い雲の向こうで遠雷が響いている。
     物憂げな表情で、手にした鞄に視線を落とす耕平。
     憂鬱の色をさらに濃くしながら顔を微かにしかめる。
     ――と、落雷の音が響きわたり、同時に耕平の顔に雨粒がぽたぽ
     たぽたと勢いよく降り注ぎはじめる。
     慌てて鞄をあけて折り畳み傘を探す耕平だが、目当ての品は入っ
     ていない。
     雨は瞬く間に本降りとなり、全身を容赦なく濡らす。
     いわゆるゲリラ豪雨というやつ。
     耕平が辺りを見わたすが、周囲に雨宿りできそうな建物はない。
耕平「(舌打ち)」
     半開きになったままの鞄を傘代わりにかざし、走りだす耕平。
     路上に溜まった雨水を跳ね飛ばしながら駆けていく。
     遠ざかっていくその背中に、メインタイトルが入る――
 
○タイトル 
     『未来サウナ:(仮題)』
 
○黒バック
     土砂降りの雨と耕平が跳ね飛ばす水の音だけが聴こえる中、以下   
     の言葉が白文字で浮かびあがる。

          『 人生の旅路とは 入浴に他ならない
         視界をさえぎる白い湯気は 人の迷いを深め
        熱き湯に生じる波紋が 明日への怖れをいざなう
        天井より滴り落ちた湯気の雫が 彼の背を穿つとき
         すべての未来は 己が手にこそ 在ると知らされ
            人は また 旅を続けるのである 』

     帝政ロシア期の文豪:ユゲミエル・フロガスキー(1823~1893)
 
○都内の屋敷町・どこかの軒下(午後)
     大雨の降り続く中、耕平が軒下で雨宿りをしている。
     肩で息をしながら、手にしたハンカチで頭や顔、肩などを拭う
     が、びしょ濡れすぎて意味がない。
     水を吸ったハンカチをくしゃくしゃに丸めてスーツのポケットに
     しまったとき、半開き鞄の口から大型の書類封筒がはみ出ている  
     ことに気づく。
     封筒を見つめる耕平。無表情。
     耕平は濡れた指先で、それを鞄からつまみ出す。
     湿った封筒の下部には「衆議院議員・越後屋倫介事務所」と印刷
     されている。
耕平「……」
     その文字を見つめる耕平の口元に自虐的な微笑が浮かぶ。
     封筒を乱暴に鞄の中へ押しこむ耕平。
     身を乗りだして空の様子を窺うが、雨足が弱まる気配はない。
     諦めたように後じさりしたとき、背後の引き戸に掲げられた暖簾
     に気づく。
     『時ノ輪浴泉』――という、達筆の太い筆文字が書かれている。
     カメラがズームバックすると、耕平が雨宿りしていた場所が古式
     ゆかしい銭湯の建物だったことがわかる。
耕平「……」
     耕平は自分の全身を改めて確認してみる。
     頭からつま先まで濡れ鼠である。
耕平「(鼻をすする)」
     濡れたネクタイを緩めながら、ため息をつく耕平。
     諦めたような顔で、銭湯の引き戸に手をかける。
 
○時ノ輪浴泉・フロント(午後)
     引き戸の内部には、年代物の外観からは想像し難い明るい空間が
     ひろがっている。
     心細げな様子で入ってくる耕平。
     場慣れしていない様子で、濡れた革靴を下駄箱にしまう。
     ――と、そんな耕平を明るく迎える声。
主人(off)「いらっしゃいませ~♡」
耕平「!」
     フロントカウンターの向こうで、主人らしき中年男がニコニコし
     ながら耕平を見ている。
     つられたように、小さく会釈をする耕平。
主人「あらま、ご新規さん。時ノ輪浴泉へようこそ~」
     戯画化したおかまさんのようにシナをつくって、甘ったる~い声
     を出す主人。
     その雰囲気に気圧されながら、耕平もぎこちなく微笑み返す。
主人「んまっ、何? びしょ濡れ! ほら、早く。風邪ひいちゃうわよ」
     主人が眉をひそめながら手招きする。
     吸い寄せられたようにフロントに近づく耕平に、主人の熱い視線
     が絡みつく。
主人「ホント、や~よねぇ、ゲリラ豪雨。ま、ゴリラ豪雨だったら、もっと
  イヤ~んだけど♡」
     ねっとりした視線を振りほどきながら、あわただしく財布をとり
     だす耕平。
耕平「い、いくらです?」
主人「おひとりさま、460円よ」
耕平「ん……」
     財布の中を探る耕平に、主人がなおも声をかける。
主人「持ってないんでしょ?」
耕平「え? いや、460円くらい――」
     言いかけた耕平を制して、彼の目の前で人さし指を大袈裟に振っ
     てみせる主人。
主人「ちっちっちっ、そうじゃなくって。おタオルとお石鹸のこと。おシ
  ャンプーと、おリンスもセットで200円だけど?」
耕平「あ、そっち……? じゃあ、それ、そのセットを……」
     うなずいた耕平が財布から千円札を一枚出したとき、主人がさら
     に言葉を続ける。
主人「サウナは?」
耕平「え? さう――」
     訊き返そうとした耕平の内ポケットでスマホの着信音が鳴る。
耕平「!」
    少しためらってから、耕平が主人に軽く頭をさげる。
耕平「失礼……」
     鷹揚に頷いてみせる主人。
     耕平が引き戸そばのロッカーの陰に移動する。(主人から死角に
     あたる位置)
     口元を手で覆いながら電話に出る耕平。
耕平「はい。先ほどは失礼しました。……ええ、大丈夫です……たぶん」
     スマホの向こうから聴こえてくるのは、飛山の早口のダミ声。
飛山(off)「そうかそうか! いや、君のことだから問題ないと思ったんだ
     が、事が事だからな。念のため……」
耕平「(気のない様子で)はあ」
     飛山が急に声を潜めて訊く。
飛山(off)「……で、回収できたんだよな?」
耕平「はい、確かに」
     あからさまに安堵したように、飛山の声が明るくなる。
飛山(off)「それならいいんだ。あの覚え書きさえ回収しておけば、ほれ、
     先生の例のアレがナニしてコジれることもない! うん! やっ
     ぱり君に任せてよかったよ。ご苦労さん、わははは……!」
耕平「……はあ」
     飛山のテンションが上がるにつれ、耕平の顔には暗い影がさす。
     それを電話ごしに察したのか、飛山の言葉が今度は急に高圧的な 
     調子を帯びる。
飛山(off)「なあ、湯川君。わかっているとは思うが――」
耕平「……」
飛山(off)「うちの先生には子どもがいない。つまりだ。地盤を受け継げる
     のは仕事上の身内だけということになる」
     噛んで含めるような飛山の言葉に、黙って耳を傾ける耕平。
飛山(off)「第一秘書の俺は、先生と同い年だ。もう年寄りの出る幕じゃな
     い。で、君と同期の山本君も優秀な人材ではあるが、彼は山本先
     生のご子息。将来はあちらの地盤を継ぐ。……となれば必然的に
     先生の後継者として名前が挙がるのは……」
耕平「え、ええ、はい……」
     何か言いたげに口ごもる耕平の耳に、飛山の囁き声が浸みこむ。
飛山(off)「……一介の公設秘書で終わるために、この世界に入ってきたわ
     けじゃあないよな、君も」
耕平 「!」
     唇を噛みしめながら、顔を歪めて目を閉じる耕平。
耕平 「それは……」
     ダメ押しするように続ける飛山。
飛山(off)「ならば、わかってるね? 君がするべきこと」
耕平 「……」
     やがて耕平が、唇の隙間から搾りだすように声を漏らす。
耕平 「……然るべく」
     言い終わると同時に目を見開いた耕平が、視線を手元に移す。
     半開きの鞄の奥に、例の書類封筒がちらりと見える。
飛山(off)「訊くまでもなかったか。さすがは俺の見込んだ男、湯川耕平だ
     な! はははは、失敬、失敬!」
     耕平の返答に安心したのか、飛山は元の早口に戻っている。
飛山(off)「……で、いま、君はどこに?」
耕平「はい、ちょっと雨宿りを」
飛山(off)「おお、なるほど。今日はこのまま直帰して構わんよ。なにしろ
     このドシャ降りだものな。濡れちまったらオオゴトだ。といって
     も君じゃなくて、例のアレの方だがね! わははははは……!」
耕平「……失礼します」
     通話を切ってスマホをしまう耕平。
     少し苛立った様子でかぶりを振って、カウンターまで戻る。
耕平「……」
     電話の声が聴こえていたのかいなかったのか、先ほどと特に変わ
     った様子もない主人が公平に問いかける。
主人「で、どうするの?」
耕平「(反射的に声を荒げて)『然るべく』って言ったでしょう!」
主人「言われてないわよ?」
     平静な声と態度で応じる主人。
耕平「!」
     我に返った耕平が気まずそうに訊きかえす。
耕平「すいません、何でしたっけ?」
主人「忘れちゃったの? イケズ。サウナよ」
耕平「(まだピンとこない)?」
主人「ちょっとちょっと、しっかりして。サウナったらサウナよ!」
耕平「あ、ああ、サウナ! そう、サウナね。ふうん、サウナもあるんだ」
主人「あるわよぉ、自慢のヤツが。ね、入っていってよ。時ノ輪浴泉の名物
  なんだから!」
耕平「(一瞬だけ迷ってから)……そうしようかな」
主人「まいどぉ。別料金で500円になりま~す。うふふふ、でもね、お値
  段以上の価値、お約束するわん♡」
耕平「(なんだか釈然としない)……」
     耕平が千円札を2枚出して、カウンターに置く。
主人「小銭ない?」
耕平「あ、ちょ――」
     財布を探ろうとした耕平を、主人が制する。
主人「ま、いいわ。840億円のお釣りと、はい、鍵」
     釣り銭とゴム輪の着いた棒状の金具(サウナの鍵)を、耕平の掌
     に置く主人。
耕平「かぎ?」
主人「どうぞごゆっくり~」
耕平「……」
     主人の言葉に背中を押され、いろいろと腑に落ちないままカウン  
     ターをあとにする耕平。

※「その2」へつづく!!

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