ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌 #02

弐   古(いにしえ)の護人囃子
 
 
 カアカアと賑やかな声で鳴きながら、カラスの群れが空を舞っていた。彼らの足には丈夫そうな紐がくくりつけてあり、その下に木製のゴンドラが吊り下げられている。ゴンドラに乗っていたのは、鬼太郎と、そして楓の二人だった。
 ここは「天下の嶮(けん)」と謳われた、箱根連山の上空である。
眼下にひろがる景色をこわごわ見下ろしながら、楓は足元がすーすーするような頼りない感覚に襲われていた。
 なぜ? なぜたったこれだけのカラスで、私たちを乗せて飛ぶことができるの?――その事実ひとつとっても、楓には理解できなかった。この空中ゴンドラが、「カラスヘリコプター」と呼ばれる鬼太郎愛用の「乗り物」である、などということを楓が知っているはずもない。
 この空の道中、鬼太郎は楓に一言も声をかけてこなかった。ときおり気づまりになった楓が鬼太郎の横顔を見たときも、いつでも彼はどこかつまらなそうな、なにを考えているのかわからない瞳を、ただ虚空に向けているだけだった。そんな鬼太郎にかけるべき言葉を、楓も持ってはいない。箱根までの空は、無言の空だった。
 
 ゴンドラの揺れに身を任せていた鬼太郎が、ふと眼下に目をやった。小さくうなずくと、手にした紐をくいと引っ張り、カラスに合図を送る。カア、カア、カア……と、鬼太郎に応えるカラスたち。楓の下半身に突然、ぐんと重力がかかった。カラスヘリコプターが降下を開始したのである。楓の頬を、冷たい風のつぶてが打った。
 
 カラスヘリコプターが着陸したのは、神山の山頂近くだった。ここからは歩きになるらしい。
「行くよ」とだけ楓に声をかけた鬼太郎は、そのまま先に立って山道を歩き始めた。
 楓は少しばかり、むっとしていた。この鬼太郎という青年はどうしてこんなに不愛想なのだろう。たしかにこの道行きは「楓を救う」ためのものだ。鬼太郎や、それに猫娘たちは自分にかけられた呪いを解くために、こうして行動してくれている。それはもちろんわかっている。だが、だからといってこの態度はないのではないか。機嫌が悪いのか、単にそういう性格なのか、ここに来るまでほとんど口も開かず、なにかいいたげな、なのになにもいおうとしない横顔だけを楓に向け続けて――
 そんなに嫌なら、助けてくれなくてもいいのに……。楓は真剣にそう思った。もちろん死にたくはない。魂をとられるなんて絶対にごめんだし、この手に貼りつけられた醜い鱗(うろこ)を早くなんとかしたいとも思う。だけど、「いやいや助けてもらう」なんて、もっとごめんだ。
 数メートル先を早足で歩く鬼太郎の背中を、楓はきっと睨みつけた。
「だいたい、なんなのよ、この人たち……」と、思わず口をついて出る。
 怪奇現象研究所なんてどう考えても眉唾(まゆつば)ものだし……。それに第一――この人は、人じゃないのだ。妖怪、なのである。鬼太郎も、その父親も、面倒見のよさそうな猫娘も、それにあの臭い人、ねずみ男も、みんな……!
 妖怪……その言葉は、楓の胸の中に不吉な澱(おり)となって沈みこんでいった。
 私をこんな目に遭わせた〝悪霊〟と、この人たち――〝妖怪〟と、いったいなにが、どこが違うというのだろうか……。
 鬼太郎の後ろ姿が、ふいに陽炎(かげろう)のように揺れて見えた気がした。
 
       ※※※※※
 
「あとでまた迎えに来るけん、気をつけて行きんしゃい!」
 上空をひらひらと舞っていた白くて長い布が、そういった。その下で、猫娘が大きく手を振りながら応える。
「ありがとう、一反もめん! じゃあ、いってくるねーっ!」
 猫娘の声をきくと、「一反もめん」と呼ばれた布は身を翻(ひるが)し、高く高く上昇していき、その姿がやがて見えなくなった。
 この〝布〟――一反もめんもまた鬼太郎の仲間の一人である。高い霊力を誇る鬼太郎だが、大きな弱点がひとつだけある。空を飛べないことだ。そのため飛行能力を有する敵と相対しなければならないときには、苦戦を強いられることがままあった。空を自分の庭のように自在に駆け巡ることが可能な一反もめんは、空中戦に臨む鬼太郎にとって、なくてはならないパートナーなのである。
ただ空を飛べるだけではない。一見するとヤワそうな一反もめんだが、その体をぴんと張り詰めることで、まるでハガネのような強靭さを発揮するのだ。「もめん斬り」と呼ばれるその技は、かつて魔女ロンロンという強敵の振るう魔法の箒を、一刀両断したこともある。また、今回の猫娘がそうしたように、徒歩移動が困難な遠方に出向く際には、快く移動手段となってくれる鷹揚(おうよう)さも持ち合わせている。これほど役に立ってくれる仲間は、そうそう見つかるものではないだろう。
 
 一反もめんが空のかなたに消え去ると、猫娘は大きく息をつき、そして前方に向かって歩き始めた。目指すは「竹の導きし床」だ。地図によれば、もう少し先、頂上に近い位置にそれはあるはず……。残された時間はあと一日しかないのだ。気合いを入れて、力強く歩を進めていこうとしたとき――
「ちょっと待った~!」
 何者かが行く手に立ちふさがった。それが誰か――は、すぐにわかった。姿を見ずともわかった。ほんの少しだけ鼻をひくつかせれば一目瞭然、いや、ひと嗅ぎ瞭然である。この鼻孔の奥深くまで不快感を呼びおこす体臭の持ち主は、日本ひろしといえどもこの男しかいない。
 ねずみ男だ。
 猫娘の前で両手をひろげ、むふふふ……と嫌な笑い方をしながら、ねずみ男が告げる。
「俺もいっしょに行くぜ」
 ねずみ男のわきをすり抜けるようにしながら、視線も寄こさぬまま猫娘がいう。
「いいわよ、来なくて。ていうか、来ないでよ、臭いし!」
 そのまま歩き去ろうとする猫娘の背中に、なおも追いすがるねずみ男。
「そういうなってばよ。今回のことはさ、なんつうか、この俺にも責任があるわけだしよ」
「せ・き・に・ん!?」
 猫娘がぴたりと歩を止めた。ゆっくりと振り向きながら、ありったけのイヤミを込めて、ねずみ男にいい放つ。
「まさか、感じてるわけ? あんたが? 責任を?」
 さも心外だという顔になって、ねずみ男が大見得(おおみえ)を切った。
「あたりめえよ! こう見えても、俺は正義の味方だからな!」
 開いた口がふさがらないとは、まさしくこういう場合に使う言葉だろう。ずうずうしいにもほどがあるねずみ男のものいいに、返すべき挨拶を見つけられない猫娘。
 もういい。
もうなにもいうことはない。ていうか、いいたくない。
こういうバカは……そう、無視するに限る!
そう、無視、無視!
 猫娘は再び踵を返すと、ねずみ男にかまわずすたすたと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってってば! お~い、猫ちゃ~ん!」
 おぞましい声が追いかけてきたが、猫娘はいっさい気にしないことに決めた。
 
       ※※※※※
 
 三浦半島沖合い――
 朝のまぶしい陽射しを受けた海面が、きらきらという照り返しで輝いていた。優しく穏やかな波に揺られながら、一艘(いつそう)の小舟が眠たげな調子で漂い続けている。乗っているのは砂かけ婆と、子なき爺の二人だ。
 両手に握った櫂(かい)を操りながら、子なき爺が空を仰いだ。
「ふう……天気はええし、波も穏やか。絶好の旅日和じゃのう、おばば」
 手のひらに載せたコンパスのようなものを見つめていた砂かけ婆も、呑気な口調で子なき爺に同調する。
「ほんとになあ。思わぬバカンスの続きじゃわい」
 二人は『海』に隠されたという鉦鼓(しようこ)を求めて、この三浦沖に舟を出し、「海に眠りし臍(へそ)」を探していた。残された時間はもうあまりない。それにしてはなんとなくのんびりとした会話だが、無理がないともいえた。砂かけ婆も子なき爺も妖怪図書館へは同行していないからだ。だから、あの場で得られた情報――千年前のできごとに関する記録――などを、直接目にしてはいない。その場にいた者たちが感じとった緊張や不安、戦慄などを実際に体験していない以上、この時点での二人の様子が、いまひとつ不真面目なものに映ったとしても、責めるのは酷というものだろう。
 
「それにしても……」と、子なき爺が櫂をこぐ手を止めて、つぶやいた。
「なんつうたか、そう、『海に眠りし臍』かぁ……。本当にこの方角で合っておるのか?」
「ああ、間違いないぞ。ほれ、見ろ。わしの『砂コンパス』がまっすぐ向こうのほうを指し示しておるではないか」
 砂かけ婆が手にしたコンパス状の道具を、子なき爺に見せつける。砂かけ一族に代々伝わる家宝のひとつ、砂コンパスというものだ。磁石と羅針盤とが合体したような形状をしており、磁石の針があるべきところに「導き砂」と呼ばれる特殊な霊砂(れいさ)が仕込まれている。
 導き砂はコンパスを持つ者の意思に反応し、持ち主が求める場所から発せられている妖気や霊気を瞬時に捉え、その方向へと砂の道しるべを伸ばしてくれるのだ。このとき、砂コンパスから伸びていた霊砂は、一点の迷いもなく、二人の舟の進行方向からさらに沖へと、まっすぐにその先端を伸ばしていた。
 霊砂の示す先、かなたの沖合いに目をやりながら、それでも首をかしげる子なき爺。
「じゃがのう……。それらしいものはなにも見えんが」
「なんじゃと、じじい!」と、砂かけ婆がいきなり声を荒げた。
「おぬし、わしの砂コンパスを疑う気か! 砂かけ一族の家宝をバカにすると、許さんぞ!」
「ちょ、ちょっと待て、おばば! わしはそんなつもりでは――」
 砂かけ婆の剣幕に気圧(けお)されながら、必死に弁明する子なき爺。この二人組の主導権はいつだって砂かけ婆の側にある。泣きごとと言い訳を繰り返す子なき爺に対し、叱咤(しった)――ときには暴力的行為――でもって、いつも砂かけ婆が場を仕切りまくるのだ。いわゆる女性上位のこの関係が、二人にとって最も心地いいパワーバランスなのかもしれない。
 
二人をよく知る者にとっては、何度も見慣れた軽いいさかい。いつもなら半時ほど続いて、やがて沈静化するこの行事なのだが、この日に限っては少々事情が違ってしまった。
始まったばかりの恒例行事が、その序盤戦で中断を余儀なくされたのだ。
最初に異変に気づいたのは、海面に接する櫂を握っていた子なき爺のほうだった。
「う、うわっ!」と、奇声をあげる子なき爺。
「なんじゃ、もう降参か、じじい? ふん! だらしのない!」
 鼻息を荒くする砂かけ婆に「違うわい! いま、櫂が波にさらわれそうになったんじゃい!」と、子なき爺は大声で反論する。
「波に櫂がさらわれる……じゃと? バカをいうでないわ。こんなにも穏やかな海で、そんなことがあるはずは――」
 そこまでいいかけたとき、砂かけ婆の顔から血の気が引いた。口をぽかんと開けて、かなたの沖合いを指さす。
「どうした、おばば?」
「見ろ、じじい! 海が、海が荒れておる!」
 砂かけ婆の示す方向に目をやった子なき爺が、はっと息を呑んだ。海の色が……黒い?
「な、なんじゃ、いきなり!? なにが起こった?」
黒かったのは海面だけではなかった。それまでぽかぽかと暖かな陽射しを注いでいたはずの空にも、にわかに暗雲がたちこめ、どす黒い闇がひろがろうとしていたのだ。
「まさか……嵐!?」
「う、嘘じゃ! 天気予報では一日中快晴のはずじゃぞ、おばば!」
うろたえる二人をしり目に、天候はみるみるうちに乱れていった。幾重にも寄り集まった黒雲がその厚みをぐんぐんと増していき、雲の奥からはゴロゴロという雷鳴が轟いている。ときおり走る白い稲光が、その雲をずたずたに斬り裂きながら、おぞましい輝きを放つ。二人の乗った舟は、高さと速さと大きさを急に増した乱暴な白波に揺さぶられ、まるで木の葉のように頼りなく回り始めた。そして次の瞬間、二人の頭上から、水がいっぱいに溜まった風呂桶をひっくり返したような、激しすぎる雨が!
「いかん! 本当に嵐じゃ! しかも大嵐じゃ!」
「ど、どうしたことじゃ!? こんな急に……」
「おばば! どっちに漕いだらいいんじゃ? 導き砂はなんといっとる?」
頼りの砂コンパスに視線を落とす砂かけ婆。だが、肝心の導き砂は吹き荒れる風と降りかかる雨によってその矛先(ほこさき)を乱され、進むべき方向を示すことができない。
「ダメじゃ! 導き砂も役に立たんわい!」
「天気が悪いと使えないのか? ふん! 大した家宝じゃのう」と、子なき爺が悪態をついた。
「うるさいわい、このじじい!」
 冷静さを失った砂かけ婆が、手にした砂コンパスを子なき爺に向けて投げつける。
「わっ!」
 頭を抱えてよけた子なき爺をかすめて、砂コンパスは波間へと消えていった。
「お、おばば! なにも捨てることはなかろう! 家宝、なんじゃろ?」
「こんな使えない家宝は、一族の恥さらしじゃ!」
「なんて気の短い婆さんじゃ!」
 きりきり舞いを続ける小舟を、最後にして最大の試練が襲う。はるか沖のほうから、高さ十メートル以上はあろうかという巨大な波が迫ってきたのだ。こんなちっぽけな小舟など、あの波に呑みこまれたらひとたまりもないだろう。
「お、おばば!」
「じじい!!」
 顔を見合わせ、いまそこにある危機に身をこわばらせる二人。
「す、砂太鼓で波を吹き飛ばせないか?」
 砂太鼓――これもまた砂かけ婆の一族に伝わる秘宝である。壺の中いっぱいに充填した攻撃用の霊砂を一気に放出することで、周囲一面に激しい砂嵐を発生させ、多数の敵を一挙にせん滅することができる、いわば砂かけ婆の最終兵器なのだ。
 だが――
「無茶をいうでない! この大雨の中、どうやって砂嵐を起こせというのじゃ?」
「じゃ、じゃあ、どうするのだ?」
「……お手上げじゃ」
「!!」
 子なき爺と砂かけ婆が目を閉じ、互いに互いを固く抱きしめあったそのとき――高波が小船の真上に覆いかぶさってきた……。
 
       ※※※※※
 
 神山山中――
 頂上へ向けて続く山道の脇に、そよそよと清水が湧き出ていた。木の葉を丸めて作った即席のコップをあてがい、鬼太郎がそれに清水を注ぎいれる。
 なみなみと清水を湛えた木の葉のコップを、その中身をこぼさないよう慎重な手つきで運ぶ鬼太郎。歩く先には、道端の岩場に腰かけて休息をとっている楓の姿があった。
「これ、飲みなよ」と、鬼太郎がコップを差し出す。
「……ありがとう、ございます」
 顔を鬼太郎に向けないまま、両手でそれを受け取った楓の顔は、ひどく沈み込んでいるように見えた。鬼太郎はその表情を、じょじょに迫りくる〝死〟の恐怖からくるものと判断した。
「あのさ」と、鬼太郎。その口調はどこかぶっきらぼうに感じられた。もうちょっと愛想よく喋れないのかよ……と、自分で自分にダメ出しをする鬼太郎。だが、今の鬼太郎は自分の声にすら素直になれないでいた。仕方なく、そのままの調子で言葉を続ける。
「それ飲んだら、行くよ。時間ないしさ」
 時間がない……は、少しいい過ぎたか、と鬼太郎はまたもや自分を責めた。時間がないとは、それイコール「きみはもうすぐ死んじゃうよ」と宣言するのに等しいことではないか。今の楓にかけるべき言葉でなかったのは明白過ぎる。
 鬼太郎に一瞥(いちべつ)もくれないまま、楓がやや投げやりな口調でいう。
「いいんです、そんな慌てなくても……。どうせ、死んじゃうんだし」
 これをきいて、鬼太郎は少しばかりかちんと来た。いったい誰のためにこうして箱根くんだりまでやってきたと思っているのだ。お前を助けるためだろう! それなのに当の本人が、そんなやる気のない態度でいたら、こっちの苦労はいったいなんだというのだ?
 だが、ここで怒りの言葉を吐きだすほどには、鬼太郎も冷酷ではなかった。努めて穏やかな表情を作りながら、楓の肩にそっと手を置く鬼太郎。
「あきらめることないよ。ほら、まだ時間はあるし、猫娘やおばばたちも頑張ってくれてる。きっと助かるって!」
 鬼太郎の励ましには、それでもどこか空虚な色合いがにじんでいた。敏感にそれを察したのか、楓は鬼太郎の手を乱暴に払いのけた。
「もう、放っておいてください!」
 楓が初めて鬼太郎に顔を向けた。その目の中に猜疑心(さいぎしん)と敵意が込められているのを、鬼太郎はたしかに見てとった。
「か、楓ちゃん……?」
「じゃあ、教えてくださいよ!」といいながら、楓がずいと前に出た。その勢いに押されて、鬼太郎が思わず一歩後退する。
「教えて、って……なにを?」
「なんで? なんで私がこんな目に遭わなくっちゃいけないんですか? 呪いだとか、魂をとるだとか……私、なんにも悪いことしてないのに!」
 思いもよらぬ問いかけだった。
 悪霊だから悪さをする。
 呪いだから魂を奪われる。
 それを妨(さまた)げるために、護人囃子の楽器を集めなければならない。
 鬼太郎が考えていたのは、ただそれだけだった。なぜ悪霊が楓にそんなことをしたのか――その理由がなにかなど、考えたことすらなかったのだ。
 鬼太郎は言葉に詰まった。だが、楓の視線は鋭い刃先を持ったナイフのように鬼太郎の心に突きつけられていた。
 なにかをいわなければ……。
 考えのまとまらないまま、鬼太郎が口を開く。
「いや、それは……俺に訊かれてもわかんないっていうか。だって、ほら、俺、その悪霊じゃないし」
 自分でもまぬけな受け答えだと、十分にわかっていた。うろたえるばかりの鬼太郎に、楓のナイフがさらに追い打ちをかけてくる。その言葉の刃先は、鬼太郎のまったく思いもよらない方向から飛んできた。
「なんで!? だって、あなた、妖怪なんでしょう? だったら、仲間じゃないですか、悪霊の!」
 !!
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんで俺が悪霊の仲間なんだよ」
「妖怪も、悪霊も、おんなじオバケでしょ? 仲間なんでしょう!」
 さすがの鬼太郎もこれには怒りを抑えきれなかった。
 呪いをかけられて不安だろうから……と、精一杯優しくしてやったっていうのに……それをなんだと!? この俺を悪霊扱いする気か! 鬼太郎は押し隠していた感情を、このとき一気に吐きだした。
「バカにすんなよ! オバケだって、妖怪だって、いろいろいるんだよ! 悪霊なんかと一緒にすんな! 人間だってそうだろ? 悪人もいれば善人もいる! そう、今のきみみたいにわがままなお嬢さんもね!」
「!!」
 楓の目の色が変わった。
 怒りに染め上げられた赤い色から、悲しみと絶望に彩られたはかなげな青い色へと。
 しまった……と、鬼太郎は思う。そう、明らかにいい過ぎた。ここまでいうつもりなど毛頭なかったのに……。楓を責めようなんていう気はなかったというのに……!
「いいです、もう!」という楓の叫びで、鬼太郎ははっと我に返った。目の前に立ち、怒りと絶望で声を震わせている少女の顔を、改めてじっと見つめる鬼太郎。
「!?」
 青色に染まった瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちていた。悲しみと絶望の滴がしたたっていた。
「か、楓、ちゃん……」
 返す言葉さえ見つからない。鬼太郎は少女の名を呼び、そして、絶句した。
「さようなら! 悪霊の仲間なんかに助けてほしくありませんから!」
 流れる涙を見せたくなかったのか、楓がくるりと背を向けた。その背中へ駆け寄る鬼太郎。
「ちょっと待ってくれよ! だから、俺は悪霊の仲間なんかじゃ――」
 そういいかけたとき、楓の背中がすっと視界から消えた。
「!?」
 楓は鬼太郎の視界のその下にいた。しゃがみこみ、左手を右手でぎゅっと握りしめ、そして、ぶるぶると体を震わせていた。
「い、痛っ! 左手が……!」
「ど、どうしたの!?」と、楓のそばに身をかがめ、その顔を覗きこむ鬼太郎。
 こ、これは……!
 包帯の巻かれた楓の左手。銀の鱗を隠すためのその包帯の外側、周囲の皮膚に、それは侵食し、ひろがっていたのだ。手の甲だけにあったはずの醜い鱗が、その数も大きさも増しながら、二の腕全体にまで領域をのばし、鈍い銀色の光を放っているではないか。
「か、楓ちゃん……」といったきり、さすがの鬼太郎も声を失っていた。「かごめ女」の呪いが今も刻一刻と進行しつつあることを目の当たりにして、かけるべき言葉がなにも見つからなかったのだ。
「……じゃうんだ、やっぱり」
 小さく開かれた楓の唇から、光をなくした者だけが生み出す、絶望の吐息のような声がもれた。
「え?」と訊き返す鬼太郎。
「やっぱり、死んじゃうんだ、私……」
「いや、だから、まだ諦めるのは――」
 裏付けのない慰めの言葉を受け入れるほど、今の楓に余裕があるはずもなかった。わかっていながら、そんな言葉しかかけることができない自分を、鬼太郎が悔いる間もなく、楓がいきなり立ち上がった。
「もういい!!」
 鬼太郎の手を乱暴に振り切って、楓は山道を駆け上がっていった。
 
       ※※※※※
 
 高尾山――
 むっつりと顔をしかめた猫娘が、山道を早足で歩いていた。その背中から数歩遅れて、ねずみ男が鼻歌を歌いながらついてくる。
「びっ、びっ、びっ、びっ、びっ、の、び~っとくらぁ……」
猫娘は心の耳を塞いだ。なにもきこえてはいない。今、耳をかすめているのは、木々が揺らめく音や、風のそよぐ音なのだ。だって、あたしの後ろには誰もいないのだから……。
だが、猫娘は自己暗示が得意ではなかった。不快な歌声に神経をかき乱され、そろそろ限界が近づいてきた……と感じ始めたとき、鼻歌に飽きたのか、ねずみ男が話しかけてきた。
「よう、よう、猫娘」
 無視。
 だが、後方の厄病神(やくびょうがみ)はそんなことを気にしない。
「前から訊きてえことがあったんだけどよ」
無視。無視。
「なあ、あのさあ、……お前さあ……本当のとこ、どうなのよ?」
 根負けした。
 最後の意地で振り返ることだけはしないまま、猫娘が応じる。
「本当のとこって、なによ?」
 猫娘が反応したと見るや、その前方にまわり込み、彼女の顔を見あげるねずみ男。
「だ・か・ら……鬼太郎のことだよ! ……惚れてんだろ、え?」
 猫娘の顔が一瞬にして、真っ赤に染まった。
「べ、べ、別に! あたしは別に鬼太郎のことなんか!」
 バレバレだ。自分でもわかっている。だが、ここで「そうなのよ、あたしってば、鬼太郎のことが大好きなの、愛してんの!」などと億面もなく白状できるほど、猫娘はあけすけな性格をしていない。
「まったくもう! とぼけちゃってよぉ。いいか? 好きなら好きっていわねえとな、いつまで経ったって、お前――」
「だから、違うっていってんでしょ!」
 立ち止まり、最前よりも強い口調で再度、否定してみせる猫娘。ねずみ男が意味ありげに流し目を送りながら、今度は違う方面から攻めてきた。
「む~ふふふふ。……今頃、鬼太郎の奴ぁ、あのお嬢ちゃんと一緒に……。可愛かったよなぁ、あの子、そう、楓ちゃんっていったっけ……」
 猫娘がねずみ男の顔に目をやる。
「なにがいいたいわけ?」
「べ~つに~。たださ、ほれ、昔の人はいいこといったね」と、いったん言葉を切るねずみ男。
「……?」
「とんびに油揚げさらわれた~……なんてな!」
 猫娘の中でなにかがぷちんと切れた。アドレナリンが急激に分泌され、普段から吊り上がり気味の両目がさらにその角度を増し、口の端が持ち上がって耳元のほうへに切れ込んでいく――
「おおっと!」と、ぴょんと後ろへ飛び退くねずみ男。
「化け猫に変身だけは、ほれ、勘弁な?」
 その軽薄なものいいに呆れ返った猫娘は、湧き上がった怒りをどうにか鎮(しず)めることに成功した。それでも精一杯の皮肉を込めて、背後でにやにやしているバカねずみにいい放つ。
「あんたね、無駄口叩くためについてきたわけ? それならとっとと帰ってよ! 邪魔だし、それに、臭いし!」
「つれないこというなよな、猫ちゃん。俺とお前の仲じゃないの」
 揉み手をしながら、上目遣いで猫娘を見るねずみ男。
「どんな仲だってのよ、あたしとあんたが!」
「ん? どんなって……そう、ネコとネズミ? あ、それじゃダメか」
 やっぱりあたしが悪かったんだ――
 猫娘はよ~くわかった。相手にした自分が悪い。これ以上、本気で向き合っていたら、あたしのほうがただのバカだ。やっぱり無視を続けるべきだった。
 猫娘のそんな思いなどお構いなく、ねずみ男が能天気な声をあげた。
「さ~てと、『竹の導きし床(とこ)』だっけ? そろそろこの辺のはずじゃねえの? でも……それにしては、竹藪もねえしなぁ……」
 今度は自分が先に立ったねずみ男が、目の上に手をかざしながら山道をきょろきょろと見回す。
「あ! 発見しました、隊長!」
「えっ!?」
 小走りになったねずみ男が、そのまま前方へと駆けていった。やがて地面にしゃがみこみ、大きな手振りで猫娘を呼ぶ。
「お~い、あったぞ~! 竹、竹!」
 意外過ぎる展開に戸惑いながら、猫娘もそちらへ走っていく。と、ねずみ男が指差した地面から、一本の筍(たけのこ)が顔を覗かせていた。
「な? 竹だろ?」と、胸を張るねずみ男。
「竹って……あんた、これ、筍じゃないのさ」
 呆れて肩を落とす猫娘。だが、ねずみ男は意に介さない。
「筍も竹には違いねぇだろがよ。……おい、ちょっと手伝えよ」
 ねずみ男が筍の頭に手をかけて引っ張りながら、猫娘を促した。
「なにする気よ?」
「決まってんだろ。引っこ抜いて喰うのよ」
「喰う? あんたさ、やっぱりなにしに来たわけ?」
「ば~か、筍の刺身ってな、すっげえ美味いんだぜ。……こなくそ! ああ、なんて固いんだ! ほら、猫娘、見てねえで手伝ってくれよ!」
 仕方がない。猫娘は観念して、ねずみ男とともに筍の頭を引っ張り始めた。まあ、筍の刺身という言葉につられていないといえば、それはそれで嘘になるわけだが……。
 筍は、ねずみ男のいう通り、たしかになかなか抜けなかった。そうとう強く根を張っているのかもしれない。引っ張る腕に力を込めながら、猫娘が疑問を口にした。
「でも、変よね。……この辺りに竹藪もないのに、なんで筍だけ……?」
 そのとき――
 すぽん!……という、まるでシャンパンの蓋を開けたような威勢のいい音がしたかと思うと、それまでびくともしなかった筍が地面から一気に抜け出たのだ。勢いのついたまま尻餅をつく二人。ほぼ同時だった。筍がはえていたその周囲一帯が、がぽっと突然、陥没したのである。
「!!」
 
 まるで天然の落とし穴だった。
 地滑りを起こした地面に巻き込まれるように、猫娘とねずみ男は下へ下へとまっさかさまに落下していった。急勾配の坂道を転げ落ち、どこまでもどこまでも滑っていったその先は――
 どこにこんな場所が隠されていたのか……そこは広大な竹藪だった。折り重なった体勢で地面に叩きつけられた二人は、その痛みのため、しばし動くこともできなかった。
 ややあって――ようやく体の自由が戻ってきた猫娘が、自分の上に乗っかった格好のねずみ男を乱暴に払いのけた。
「どいてよ! 重いじゃない! それに臭いし!」
 邪魔者を排除してから、辺りを注意深く見回す猫娘。一面に立ち並んでいるのは、竹、竹、竹、また竹。痛むのか腰をさすりながら、ねずみ男もため息を漏らした。
「竹藪……だな、おい」
「ええ……『竹の導きし床』――あの地図の通りね」
「導いたのは、筍だったけどな」
 そのとき、猫娘の耳に妙な音がきこえてきた。
「ねずみ男……なんかきこえない?」
 その音は一定のリズムで、規則正しく響いていた。同じ種類の音が……たくさんきこえる。しかも……だんだんとこちらへ近づいてくる……!?
 やがて二人はその音の主に取り囲まれていた。
 ポンポコポン。
 ポンポコポン。
 規則正しいリズムを刻んでいた、その音の正体は――二人を中心に輪を狭めてくる、夥(おびただ)しい数の狸が奏でる腹鼓(はらつづみ)だった。
 
       ※※※※※
 
絶海の孤島――
この日本の近海に、そのような表現があてはまる島があるとは、容易には信じがたいところである。だが、それはまさしくそう呼ぶより他にない、そんな島だった。
おい茂る木々や草花。どこかで鳴き続ける名もなき鳥の声。そして打ち寄せる波……。
その他にはなにもない砂浜に、半壊した小船が漂着していた。小船の傍らに倒れている人影が二つ。ひとつは子なき爺。そしてもうひとつは砂かけ婆だ。子なき爺のそばにはなぜか一頭の山羊がいて、餌と間違えたのか、子なき爺の蓑(みの)を熱心にむしゃむしゃと齧(かじ)っていた。
 砂かけ婆の体を、三つ木霊(みつこだま)の長女、ハルカが懸命に揺り動かす。
「起きて。ねえ、起きてください! 砂かけのお婆さん!」
 ハルカに何度も声をかけられてから、砂かけ婆がようやく意識を取り戻した。
「ん? ど、どこじゃ、ここは?」
「わかりません」と、首を振るハルカ。「でも、どこかの……無人島みたい」
「そうか……。高波にさらわれて、ここまで運ばれてきたというわけじゃな」
 ふと傍らを見やる砂かけ婆。そこでは子なき爺があいかわらず失神したまま、まだ山羊に蓑を齧られていた。
「こりゃ、じじい! 起きんか! おいっ!」
 だが、子なき爺は目を覚まさない。なにか呑気な夢でも見ているのか、むにゃむにゃと寝言で返事をするのみである。
「……ううん……おばば、もうダメじゃ。わしゃ、もう喰えんわい。腹がいっぱいじゃ」
「このバカタレ! 喰われとるのは、お前じゃ!」
 子なき爺の頭をぱちんと叩く砂かけ婆。だが、それでも起きない。叩こうが、怒鳴ろうが、とても起きそうにない。
「仕方がないじじいじゃ……」と、砂かけ婆が肩をすくめたとき、島の奥から声がきこえてきた。
 顔をあげ、耳をすます砂かけ婆。
「お~い、お~い……」
「なんじゃ? 誰かが……呼んでおる?」
「お~い、お~い……こっちじゃあ、お~い……」
 それはたしかに、誰かの呼ぶ声だった。
「……」
しばらく考えてから意を決した砂かけ婆は、いつまでも起きない子なき爺をハルカに託し、自分独りで声のする場所へ行ってみることにした。
 
 どこか南国の匂いがする雑木林の中を、砂かけ婆は一心不乱に歩み続けていた。体にまとわりつく小枝や、顔にかかる青臭い葉をかきわけかきわけ、今もまだきこえてくる「お~い、お~い」という呼び声に向かって、ただひたすら進んだ。
 声はたしかに近づいてくる。いや、自分が声に近づいているのだ。視界をふさぐ大きな葉を勢いよく払いのけたとき、砂かけ婆は広場のような一角に出ていた。
「お~い、ここじゃ、お~い……」
 声がこれまでにないほど明瞭に、そして大きくきこえた。その出どころを慎重に目で追ってみると……そこにあったのは、今にも壊れそうな、石造りの古井戸だった。声はそこからきこえている。
「井戸……じゃと? こんな無人島に?」
 駆け寄った砂かけ婆は、その古井戸を覗き込んでみた。
 暗い。陽射しが十分に届かないせいで、井戸の内部がよく見えない。だが、そこには「誰か」がいた。「お~い」と声を出しながら、覗きこむ砂かけ婆を見あげていた。
 その顔を、砂かけ婆は見たことがあった。古い昔なじみの顔ではないか。砂かけ婆がその正体に気づいたとき、井戸の底からこちらを見あげていたその「誰か」もまた、砂かけ婆の姿をしかと認識したようだった。
 古井戸の上と下とで、両者は同時に驚きの声をあげた。
「お、おぬしは!」
「お前さんは……!」
 井戸の底から砂かけ婆を呼んでいた声の主は――井戸仙人だった。
 
 井戸仙人ははるか昔、自分でももう記憶にないほど大昔に、中国大陸から日本に渡ってきた、もとはといえば普通の人間だ。
 古井戸の中に身を置いて、そこに溜まったメタンガスを吸いながら厳しい修行の年月を経ることで、人間から仙人へと進化したのだ。仙人となって以降も修行と鍛練を怠らなかった結果、いつしか井戸仙人は、仙人というレベルすら超越し、いわば一種の〝大妖怪″と呼ぶべき存在にまでなっていた。
 仙術を基本としたその霊力は非常に高く、日本中の妖怪から一目置かれている。また、永い間生きているだけあり、蓄えた膨大な知識と、養った深い英知は凡百の妖怪ではとても太刀打ちできないほどだ。さらに、その知性を鼻にかけることなど絶対にない高潔さの持ち主でもある。日本妖怪界にあって並ぶ者のない、最高の人格者――それが井戸仙人なのだ。
 普段は日本各地の古井戸を転々としながら過ごしているため、居場所をなかなか特定することができない井戸仙人だが、砂かけ婆とは過去に何度か会ったことがあった。突如侵攻してきた中国妖怪軍団を撃退するために、ともに戦ったことまである。このとき、慣れない中国妖術の前に危機に陥った鬼太郎や砂かけ婆を救ってくれたのは、この井戸仙人の知恵と知識だった。
 
古井戸のそばに並んで腰をおろした井戸仙人と砂かけ婆は、しばしの間、ひさしぶりの再会を喜び合っていた。
「いや、本当に久しいのう。……して、鬼太郎や子なきは息災にしているのか?」
「ああ、元気じゃとも。子なきは……浜で寝とる」
ひとしきり懐かしがってから、ふと思い出したように井戸仙人が訊ねる。
「ところで、こんな場所まで、なにをしに来たのだ? まさか観光旅行というわけでもあるまい?」
井戸仙人にいわれて、砂かけ婆も本来の目的を思いだした。
「そうそう、そうじゃった。井戸仙人よ、『海に眠りし臍(へそ)』とは、この無人島にある古井戸のことなのじゃな? ほれ、お前さんの潜んでおった……」
井戸仙人の顔に、不審と警戒の色が浮かんだ。
「砂かけ……おぬし、それをなんで……?」
「やはりそうだったのか! いや、『海』の番人が井戸仙人だったとは、ついとるわい! な、頼む、おぬしが持っているという鉦鼓(しようこ)を貸してくれんか?」
「鉦鼓、じゃと?」と、眉をひそめる井戸仙人。深く頭を下げながら、砂かけ婆が言葉を続けた。
「そう、そうじゃよ。千年前、護人囃子に用いられたとかいう、あの鉦鼓のことじゃ。ここにあるんじゃろう?」
 井戸仙人が首を傾げながら、注意深げな声で砂かけ婆に訊いた。
「ある。鉦鼓はここにたしかにあるが……。だが、砂かけよ、そんなものを、いったい何に使うつもりなんじゃ?」
「決まっておるではないか。護人囃子の儀を執り行なうんじゃ。 邪悪な悪霊を再び封じるために!」
「今、なんといった? 邪悪な悪霊? まさか、それは……『濡れ女』のことではあるまいな?」
「ん? 濡れ女? それが千年前の三浦を騒がせたとかいう悪霊の名前なのか?」
「邪悪な悪霊じゃと? ふざけるでないわ、砂かけ!」
 井戸仙人の口調が明らかに変わった。昔馴染みの来訪を歓迎する温かなそれとは違う、ある種の〝敵〟を前にしたような、そんな緊張感をはらんだ声だった。
 その態度に気圧されたのか、言葉を失い、井戸仙人の顔をただ見つめ返す砂かけ婆。井戸仙人がずいっとその場で立ち上がり、砂かけ婆に向かっていい放った。
「濡れ女は、悪霊などではない!」
 
       ※※※※※
 
 竹藪の中央に赤い絨毯が敷きつめられ、そこは即席のダンスホールと化していた。大勢の化け狸が腹鼓を打ち鳴らし、フロアの一角にはいったいどこで仕入れてきたのか、ギターやドラムス、キーボード、ベースを揃えた「狸バンド」が軽快なビートを叩きだしている。
 ギターが奏でるメロディーに乗って、軽やかなステップで舞い踊り、ダンスフロアの主役を演じていたのは――猫娘だった。
 手をひろげ、足を鳴らし、体を揺らし、そして、ときおり前方へ向けてしなを作るように媚びた視線を投げかける……。その先には宴席が設けられ、ひときわ巨躯(きょく)を誇る化け狸が徳利を傾けながら、猫娘を囃したてていた。
 竹切り狸という妖怪である。高尾山一帯に棲む化け狸たちを仕切る頭領だ。周りの狸たちはみな、この竹切り狸の忠実な子分なのだ。
 猫娘は、狸の頭領のご機嫌をとるために、こうして必死になってダンスを舞い、振りまきたくもない愛想を振りまいているのである。
 
「ひっひっひ……いいぞ、化け猫の姉ちゃん! もっと踊れ、もっと腰を振らんかい!」
 すでにそうとうの量の酒を呑んでいるのだろう、竹切り狸が大声で注文をだした。彼の横に座り、同じく調子よく杯をあおり続けているのは、ねずみ男だった。
 隣の狸親分の杯が空になったのを見計らったように、徳利から酒を注ぎながら、ねずみ男がろれつの回らない声で訊ねる。
「うい~っ、ひっく! ……ね、ね、竹切り狸の旦那……」
「なんじゃあ、ねずみ?」
 杯で酒を受けて、竹切り狸が応じた。ねずみ男は、竹切り狸の傍らに大事そうに置かれている、古い和楽器に視線を送りながら質問を続ける。
「そいつですかい? 例の……ひっく! その、お宝ってえのは?」
「ん~? ああ、こいつのことかい?」と、それを手元に引き寄せながら、竹切り狸が答えた。
「まあ、お宝……かどうかは知らねえけどよ……うい~っ……そうさ、お前らの探してる鳳笙(ほうしよう)とは、こいつのこった」
 酒のせいで口が軽くなっているのだろう、竹切り狸が訊かれてもいないことまでべらべらと語り始める。
「高尾の天狗さんから預かったもんなんだな、これが……。どんな謂(い)われがあるのかは知らんが、なんでもややこしい因縁があるとかねえとか……ひっく!」
「でも、天狗の持っていた鳳笙が、なんで旦那のところに?」
「ほれ、この高尾もよぉ、ずいぶんと観光地化しちまっただろう? 天狗さんは人間の臭いが嫌いでな、いたたまれなくなったんだろ。……ひっく! うい~……五十年ばかり前によ、鞍馬山の親戚んとこへ引っ越しちまったわけよ。で、代わりにこの俺が預かったと、まあ、そういうことだ。……正直、もて余し気味なんだがな。がははははは……!」
「ふうん……なるほどねえ」
 
バンドの演奏が終了した。踊り疲れた猫娘が息を切らせながら、酒を呑んでいる、いや、酒に呑まれている二人の前につかつかと歩み寄ってくる。
「はい! 約束よ!」と、片手をずいと突きだす猫娘。
「いったわよね? ダンス見せたら、鳳笙(ほうしよう)を貸してくれるって」
 詰め寄る猫娘の顔を見る竹切り狸。次の瞬間、さも心外だという表情になって、手元にあった鳳笙を背中に隠しながらいった。
「バカいっちゃあいけねえな、化け猫の姉ちゃんよ!」
「!?」
「いいか? ひっく、うい~……」と、うまく回らない舌を駆使しながら、竹切り狸が言葉を続ける。
「こいつはなあ、偉~い天狗さんからお預かりした大事な大事なお宝なんだ。それを、お前……ひっく! 踊りの一回や二回で、はいどうぞって貸せるもんかい。なあ、ねずみ?」
 振られたねずみ男も調子に乗って、猫娘にいう。
「そうそう! 猫娘、おめえよ、人生ってもんをなめてんじゃねえのか? ひっく!」
 苛立ちを隠そうともせず、反論する猫娘。
「なによ、それ! だいたい、ねずみ男! なんで、あんたまで酔っ払ってるわけ?」
「ま、とにかくそういうわけだから……さ、踊んな」と、竹切り狸。やれやれという顔になって、猫娘が訊きかえす。
「……あと何回踊れば、貸してくれるわけ?」
 問われた竹切り狸が、顎に手を当てながらぶつぶつとつぶやいた。
「そうさなあ……あと二回、いや、三回……いや! 五十回ばかり踊ってもらわんとな!」
「ご、五十回、ですって!?」
 さすがに絶句する猫娘。その気持ちをさらに逆撫でするように、酒のせいですっかり図に乗ったねずみ男まで、手を叩きながら同調した。
「それ~、あと五十回! 頑張って~、猫ちゃん~……ひっく!」
 我慢の限界。
 猫娘の血液が沸騰し、一気に逆流しようとした、そのとき――
「なにをバカ騒ぎしてるんだい、このオタンコナス!」
 鉄火場の女壺振りのような威勢のいい啖呵(たんか)が響きわたり、続いて、それまでご機嫌に騒いでいた竹切り狸の巨体が昏倒した。
「!?」
 なにが起こったのか瞬時には理解することができず、口をあんぐりと開ける猫娘。目の前に、もう一人の化け狸が立っていた。その手にぶっとい棍棒を握った化け狸は、気を失った竹切り狸の体を無造作に踏みつけると、さも汚らわしいといった風情で憎々しげに吐き捨てる。
「……ったく、このダメ亭主が。ろくに働きもせずに昼間っから酒かっくらって、どんちゃん騒ぎとは呆れたよ! そろそろ離縁だね、やっぱり……」
「あ、あの~……」と、ねずみ男がおそるおそる訊ねる。
「その……姐(あね)さんは……どちら様で?」
 女化け狸が、ねずみ男を睨みつけた。その鋭い視線を浴び、一気に震えあがるねずみ男。
「あたしかい? ふん! 名乗るのも恥ずかしいけどさ、このコンコンチキの女房だよ!」
「お、お、奥様ですか!? 竹切り狸の旦那の!?」
ねずみ男が絶句した。さっきまで受けていた屈辱を思いだした猫娘が、「いい気味だ」といわんばかりに笑う。その笑い声をききつけたのか、竹切り狸の女房が、今度は猫娘に視線を投げかけた。
「ちょいと、あんた! なんだい、化け猫の出張コンパニオンかい? さあ、もういいから、とっとと帰んな、さあ!」
 乱暴にいい放ちながら、猫娘の目の前で大きく腕を振りあげる竹切り狸の女房。
「しゅ、出張コンパニオンって……」
 あまりのものいいに脱力したのか、猫娘がその場にへなへなと腰を落とした。
 
       ※※※※※
 
 神山山頂付近――
 草や木々をかき分けながら、楓は独りで山道を進んでいた。胸の中にあるのは絶望と、そして怒りだった。
増殖する銀の鱗を目の当たりにしたことで湧き上がってきた「死」の実感と、それがもたらすあまりにも深い闇――絶望。それから、悪霊の仲間のくせに心にもない慰めの言葉をかけてくる鬼太郎の胡散臭い態度――怒り……。
楓は今、どこも目指してはいなかった。沸々と燃え上がる激情に身も心も任せたまま、ただただ前へ前へと、自分の足を動かしているだけだ。
 そのとき――楓の耳に……いや、耳ではなく、心に……何者かの声が響いてきた。
「……鱗まみれになって死んでいく……そんな醜い死に方はしたくない」
 低い、低い声だった。そして、その声ははてしなく重かった。重たい鉄の鎖のように、それをきいた楓の心と体を一瞬にして縛りあげていた。
 楓の心の中が、真っ白になった。
「うろこまみれになって、しんでいく……そんな、みにくいしにかたは、したくない……」
 今きこえた声とまったく同じ言葉を、まるで反芻(はんすう)するかのように繰り返す楓。その声色からも、そして顔からも、いっさいの感情が消え去っている。
 また同じ声がした。
「……そんな死に方をするくらいなら、いっそ、その前に」
 感情のない声と顔とで、再び楓が復唱する。
「そんな、しにかたを、するくらいなら……いっそ、そのまえに……」
「……楽になってしまおう」
「らくに、なって、しまおう……」
 念を押すかのように、さらに低くなり、重みを増した声が楓を包みこむ。
「そう、ここで死んでしまおう」
「……そう、ここで、しんで、しまおう」
 楓の視線が動いた。その先にあったのは……切り立った崖。柵などない。文字通りの断崖絶壁に向かって、楓の足が動いていく……!
「危ないっ!」
 誰かに腕を掴(つか)まれて、初めて楓は自分を取り戻した。
 え? 私……なにをやっていたの? ここ、どこ?
 状況が飲みこめないまま、足元に目をやる楓。
「!!」
 目がくらんだ。
 あと一歩、足を前に踏みだしていたら……自分の体は落差数十メートル以上はある、この谷底へまっさかさまに落下していたはずだ。
 血の気を失った顔で、自分の腕をしっかりと掴んでいる手を見る楓。
力強い。そして、熱い。そう、血の通った手だ。その手の主は――鬼太郎だった。
鬼太郎の視線はまっすぐに楓の目を捉えていた。楓の瞳の奥の、そのまた奥にある心の部分を覗き込むようにしながら、鬼太郎がいう。
「心を操られたな……」
 怒りの色を濃く滲ませて、鬼太郎が後方の林に振り返った。
「こんなマネのできる奴は――きさまだろう!」
「ひゃあっ、ひゃっひゃっひゃっ!」という甲高い嘲笑(ちょうしょう)が、辺りにこだました。これが先ほどの低く、重い声と同じ人物のものなのか……にわかには信じられない。この笑い声は、それほど軽薄に感じられた。耳触りな笑いとともに、木立ちの合間から姿を見せたのは、大きな角を頭に生やし、蹄(ひづめ)のついた四本の足で大地を踏みしめて立つ、異形の生物だった。
 楓を背中で庇(かば)うようにしながら、鬼太郎がその生物の名を叫ぶ。
「やっぱりそうか! さとり!」
「さとり」――深山を棲み処とする、鹿型の妖怪だ。四本の足を駆使した機動力は、他の妖怪の追随を許さず、特に彼のホームグラウンドともいえる山中を舞台に戦えば、大変な強敵となる。
 だが、さとりの最も恐るべき能力は、実は他にあった。彼は、相手の心を瞬時に読み取れるのだ。さとりがその気になれば、敵が繰りだしてくるあらゆる攻撃を、その一瞬前には予知することができる。いったん予知してしまえば、それがどれほど強力な技であろうとも、持ち前の機動力によってことごとくかわし、すぐに反撃に転じることが可能になる。
 さらに、さとりは心を読むだけではなく、読んだ相手の心理状態につけこみ、その心の動きを意のままに操ることさえできた。先ほど楓がそうされたように、心を操られた者は自我を失い、さとりに導かれるまま行動することになる。「ひゃひゃひゃひゃ」という軽薄極まりない笑い声とは裏腹に、敵に回せばこれ以上ないほどの恐ろしい相手なのだ。
 鬼太郎の額に、緊張からか一筋の汗が流れ落ちていた。
 対照的に余裕の笑みを口元に浮かべながら、さとりがゆっくりと近づいてくる。
「隠れてて、楓ちゃん……早く!」
 鬼太郎に促され、楓は道端の岩陰へと身を踊りこませた。固唾(かたず)を呑んで、鬼太郎とさとりの遭遇を見守る楓。
 最初に口を開いたのは鬼太郎だった。
「ひとの不安につけこみやがって……この――」と、いいかけた鬼太郎のセリフを、さとりが横から奪い取った。「この卑怯者!……ってか?」
「!」
「俺の心を読んだってわけか」と鬼太郎。軽蔑に満ちた視線を敵に投げかけながら、鬼太郎がさらに言葉を継ごうとした。
「俺は、お前みたいな奴が――」
「お前みたいな奴が一番、嫌いなんだ……と、くらぁ。うひゃひゃひゃひゃ……!」
 さもおかしそうに、腹を抱えて笑うさとり。そのまま地面に転がってしまいそうな勢いだ。額の汗を拭いながら、鬼太郎がさとりに訊いた。
「俺になんの用だ?」
 さとりの顔から笑みが消えた。ずいっと進み出ると、鬼太郎の顔をねめまわすようにしながら、先ほどまでとはうってかわった重々しい声でいう。
「お前を迎えにきた。鬼太郎、俺と一緒に来な」
 意外すぎるさとりの言葉に、その真意を測りかねたのか、なにもいい返そうとしない鬼太郎に、さとりがなおも続ける。
「ひゃひゃひゃ……見える、見えるぞ、お前の心が――ろくに感謝すらされないのに、人間のために戦う毎日……ひひひ、そりゃあ、悩みもするわな」
「!!」
後方へ飛び退いた鬼太郎の顔を、同じ速さで追ってきたさとりが再び覗き込む。
「さあ、悪いようにはしねえ。お前を待ってるお方がいるんだ。俺についてこい、鬼太郎」
 さとりの前足が、ひょいと鬼太郎の肩にかけられた。それを汚らわしそうに振り払いながら、鬼太郎が叫ぶ。
「やなこった!」
 大きく跳躍して距離をとる鬼太郎。その髪の毛が逆立ち、鋭い針と化して宙を飛んだ。と同時に、さとりの後ろ足が大地を蹴りあげ、飛んできた髪の毛をかわす。無人の地面に虚しく突き刺さる鬼太郎の髪の毛。
「!!」
 これ以上ないという絶好のタイミングで繰りだしたはずの先制攻撃を、いとも簡単にかわされ、思わずたじろく鬼太郎。
「ひゃひゃひゃ……最初の一手は、やっぱり髪の毛針だよな。定番、ってか?」
 バカにしたように笑う、さとり。その笑顔の中に一抹の殺意を滲ませながら、今度は低い声で言葉を継いだ。
「無駄な抵抗はやめとけ。な? 悩める正義の味方クン」
 さとりが再び大地を蹴った。
 
       ※※※※※
 
 猫娘は高尾の山道を急ぎ足で下っていた。その胸には苦労の末にようやく手に入れた鳳笙(ほうしよう)が大事そうに抱かれている。
「お~い、待ってってば、猫ちゃん! うい~っ、ひっく!」
 情けない声が追ってきた。あいかわらずろれつの回らない口調のねずみ男が、頼りない千鳥足を操りながら、かなり遅れてついてくるのが見える。その手には徳利と笹団子をぶら下げている。
「まったく! どこまで足を引っ張れば気が済むわけ? ていうか、なんでまだ酔っ払ってんのさ! 飲み過ぎ!」
「そんなこといったって、仕方ねえだろ~。ひっく! 男には付き合いってもんがあるんだよ、付き合いってもんが!」
 ようやく追いついたねずみ男に呆れ返りながら、猫娘がいった。
「なにが付き合いよ! 竹切り狸の奥さんが出てこなかったら、この鳳笙だって借りられなかったんだからね!」
 あのあと、猫娘から詳しい事情をきかされた竹切り狸の女房は、亭主の無礼と自分の非礼を丁重に詫びてきた。そして快く鳳笙を貸してくれたうえ、「お詫びのしるし」といって、土産に笹団子までもたせてくれたのだ。鉄火肌で乱暴に見えた彼女だったが根はいい人、いや、いい狸だったのである。
「ほら、とっとと行くわよ! 時間がないんだから」
 ねずみ男を促し、猫娘がまた歩き出そうとしたとき――
「ちょっとタンマ! しょんべん!」
 木立ちのほうへ駆け寄っていったねずみ男が、着衣の裾をまくりあげる。続いて豪快な放尿の音が響いてきた。
 ねずみ男の立てるそんな雑音を、そばできいていたいはずもない。距離をとって背中を向けながら、猫娘がいった。
「いい加減にしてよね! 鬼太郎が待ってんのよ!」
「うん? 鬼太郎……うい~っ、ひっく……。どうしよっかなあ、いっちゃおうかなあ、それとも、いうのよそうかなあ~」
 放尿を続けながら、ねずみ男が気になることをいった。猫娘の瞳に疑念の色が浮かんだ。
「なに? 今、なんていったの? 鬼太郎がなによ?」
 ようやく用事を済ませたねずみ男が、両手を振りながら猫娘を見る。その顔に浮かんでいるのは意味ありげな笑いだ。
「鬼太ちゃんは今、お取り込み中なんじゃねえかな~って。おっとっと、これ以上は内緒、内緒……ひっく、うい~……」
 猫娘の顔色が変わった。そして、顔そのものも変わった。吊り上がった目、耳元まで裂けた口、そこに並ぶ白く尖った牙、両手の指先には鋭く、長い爪!
「みぎゃあああっ! ちょっと、アンタ、どういう意味よ!」
 化け猫と化した猫娘が、ねずみ男にすごむ。慌てて身をかわしたねずみ男が、木立ちの陰に隠れながら、言い訳するようにいった。
「ちょ、ちょ、ダメ、化け猫はなし! え~い、わかった、わかったってばよ! うん、酔っ払ってるからな、仕方ねえよな、いっちゃえ! 鬼太郎の奴はよ、ひょっとしたら、もうくたばっちまってるかもしれねえぞ~」
「!!」
 
       ※※※※※
 
 神山の山中では、さとりと鬼太郎の戦いが続いていた。
 四本の足を駆使して、木から木へと飛び移っていく、さとり。狙いを定めた鬼太郎の髪の毛針が宙を駆ける。空気を切り裂きながら、さとりめがけて飛ぶ髪の毛針。だが、発射のタイミングはおろか、その軌道まですべてを事前に読み切っていたさとりは、ぎりぎりまで引きつけてから、最小限の動きでひらりとかわす。
 髪の毛針は鬼太郎最大の得意技といっていい。敵を怯(ひる)ませる先制攻撃から、相手にとどめを刺す切り札まで……数多くの強敵が、鬼太郎の放つ髪の毛針の前に一敗地にまみれてきた。ところが、鬼太郎の心を読み、その攻撃を一瞬早く予知してしまうさとりには通じないのだ。
「くそっ!」と、舌打ちしながら、鬼太郎が右足を大きく振り抜く。その足元から弾丸のように飛び出していったのは、髪の毛針と並ぶもうひとつの得意技、リモコン下駄だ。続いて放った第二撃の左足! リモコン下駄の編隊がさとりに向けて必殺の軌跡を描く。
 だが、この攻撃もまた髪の毛針と同じ運命を辿った。鬼太郎の脳波で自在に操ることができるリモコン下駄だが、肝心の鬼太郎の意思が読まれていては、さとりの死角をつくこともかなわない。複雑な軌道を描きながら、あえなくかわされた下駄編隊はそのまま虚しく主人の足元へと帰還した。
「それでおしまいかな? じゃ、行くぜ!」
 大木の太い枝の上から鬼太郎を見下ろしていたさとりが、不意に跳躍した。眼下へと自由落下しながら、強靭な後ろ足に蓄えた筋力を全開させて、木の幹を蹴飛ばす。めりめりという轟音を響かせながら、鬼太郎めがけて倒れこむ大木!
間一髪。
よけた鬼太郎が体勢を立て直すいとまもなく、また別の木が倒れてくる。次々と襲いくる大木の雨の中を、必死に逃げ惑う鬼太郎。さとりが予知できるのは、鬼太郎の攻撃だけではない。彼がどのコースを採ってさとりの攻撃から逃れるのか――それもすべてお見通しなのだ。それでも鬼太郎がなんとか避け続けていられるのは、その超人的な反射神経ゆえである。だが、それもいつまでもつかはわからない。鬼太郎とて機械ではない。おのずから体力には限界があるのだ。
 
息を切らせ、肩を上下させている鬼太郎を見て、さとりが攻撃の手を止めた。勝利を確信したのか、その口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
「ほらほら、鬼太郎くん、足元がふらふらだよ。そろそろ観念して、俺のいう通りにしな。でないと……本当にここで死ぬことになる」
ふわりと地面に舞い降りたさとりが、じりじりと鬼太郎に近づいてくる。その姿を視界の端で認めながら、鬼太郎がさっとチャンチャンコを脱いだ。
「出たっ! 噂の霊毛チャンチャンコかい? だが、それも同じこと!」
鬼太郎がチャンチャンコを投げつけた。槍のようになって、さとりに向かって飛んでいくチャンチャンコ。さとりはまだ避けようともしない。唇を歪めて、飛んでくるチャンチャンコを眺めている。すかさず鬼太郎がリモコン下駄を飛ばした。チャンチャンコの軌跡を追うように、同じくさとりへ向かっていく下駄。
「ば~か。下駄が来るのもお見通しだよ」
上体を大きく反らせてチャンチャンコをやり過ごした直後、飛んできたリモコン下駄をジャンプしてかわす、さとり。
「お前の攻撃はぜ~んぶ、見えてるんだよ~。ひゃひゃひゃひゃひゃっ……!」
さとりが勝ち誇った笑い声をあげたとき、はるか後方に飛び去ったはずのチャンチャンコが空中でいきなり制動をかけた。急角度でUターンして、そのままさとりの背後を襲う。
「えっ!? 嘘! お前、今、そんなこと考えてないはず――」
さとりの顔から余裕が消えた。襲いかかるチャンチャンコから必死に身をかわした、まさしくその瞬間、がらあきになっていたさとりの臀部に、鬼太郎の髪の毛針が突き刺さった。
「い、いてえっ!」
尻を抑えて、その場にがくりと膝をつくさとり。ゆっくりと鬼太郎が近づいてくる。
「油断したな、さとり」と笑う鬼太郎に、さとりが喰ってかかった。
「なぜだ!? チャンチャンコが戻ってくるなんて……お前、ちっとも考えてなかったはずだ!」
「さすがのお前も、一度に二つの心は読めないみたいだな」
「二つの、心だと……?」
 手元に戻ってきたチャンチャンコを背中に羽織りながら、鬼太郎がいった。
「このチャンチャンコは、ご先祖様の霊毛で編まれたものだ。過去の幽霊族の魂が、この一着に込められているんだよ。わかるか、さとり? チャンチャンコ自体が心を持っているのさ。チャンチャンコが戻ってきたのは、俺が念じたからじゃない。ご先祖様の意思なんだ!」
「!!」
敗北感に打ちのめされたのか、さとりが大きく肩を落とした。
「さとり、いったい誰に頼まれた? 俺を待っているっていうのは――」
 鬼太郎がいいかけたとき、さとりが突然、顔をあげた。
「ば~か!」
 大地を蹴って、鬼太郎の頭上を飛び越えるさとり。降り立ったその先にいたのは――岩陰に身を潜めていた楓だった。
「きゃっ!」
 突然、目の前に現れた化け物を前に、思わず固まる楓。唇から短い悲鳴がもれた。
「さとり! 何をする気だ!」といいながら、駆け寄ってくる鬼太郎に、さとりが応じた。
「お前を殺せって命令は受けてねえんだよ!」
 そういうやいなや、さとりは再び跳躍した。近くに立っていた木の幹に思い切り後ろ蹴りをくらわすと、蹴られた木の幹がその途中からぼきりと折れた。支えを失い、今にも倒れそうになった木のその下には――楓の姿が!。
「楓ちゃん!」
「あばよっ!」と捨てゼリフを残して、さとりはそのまま逃げだした。
ぐらぐらと大きく揺れながら、折れた木の幹が楓の頭上に倒れこんでいく……。
 
楓は目を閉じていた。
ダメだ、潰される……。鱗まみれになって魂を奪われて死ぬのと、ここで木の下敷きになって死ぬのとでは、いったいどちらがマシなのだろう……。
暗闇の中でそんなことを考えながら、楓はなかば覚悟していた。だが――
「……?」
めりめりという耳障りな音が、いつのまにか消えていた。目をつぶっていても感じられた巨大な圧力も、今はもうない。
おかしい。もうとっくに倒れてきてもいいはずなのに……? 楓はおそるおそる目を開けた。
すると――
自分のすぐ前に信じられない光景があった。
「き、鬼太郎さん……!?」
 そう、鬼太郎がいたのだ。倒れてきた大木をその背中で受け止め、必死の形相で立っている、ゲゲゲの鬼太郎が!
 苦しげな顔を少し持ち上げながら、鬼太郎が楓を見た。そして……微笑んだ。
「!」
「……間に合ったね」と安堵の声をもらした鬼太郎は、楓にその場を離れるように目で合図してから、大木の下より身を滑らせた。
どどどどど、どしん!――という轟音をたてながら、地面にめりこむ木の幹。こんなものにもしも直撃されていたら……楓の体はぺちゃんこになっていたはずだ。それを背中で受け止め、しばらくの間、支えていた鬼太郎も、さすがに大きなダメージを受けていた。
「ふう……」と大きく息をつき、その場にへたりこむ鬼太郎。はっと気づいた楓が、その場に慌てて駆け寄っていった。
 
 なぜ、どうして、なんだろう……?
 木立ちの陰に座りこんで、清水をふくませた布で顔を拭っている幽霊族の青年を見つめながら、楓はそう考えていた。訝しげな視線をきっと向けていたのだろう、その気配に気づいたのか、鬼太郎がふいに楓に顔を向ける。
「!」と、どぎまぎしながら慌てて目をそらす楓を不思議そうに見てから、鬼太郎はまた顔を正面に戻しながら訊いた。
「ケガはない?」
「は、はい!」と楓。
「そう。なら、よかった」
 楓は思いきって訊いてみることにした。今、疑問に感じていることを、鬼太郎に。ゆっくりと鬼太郎の近くへ寄っていった楓は、その背中越しに声をかける。
「あの……ひとつ訊いていいですか?」
 鬼太郎が振り返りながら、「ん? なに?」と応じた。
「……どうして、どうしてあんなことを?」
「あんなことって、なんのことさ?」
 まったく要領を得ないといいたげな顔で、鬼太郎が反問した。その顔を正面から見すえながら、楓が言葉を継いだ。
「どうして、さっき、私を助けてくれたんです? あんな危険なマネまでして」
 意表をつかれた――そんな顔だった。なんと答えればいいのかわからない……そう顔に書いてある。それでも懸命にふさわしいセリフを探しているのだろう、鬼太郎の口から少しずつ言葉がこぼれてきた。
「どうして……って……さっきは……そう、危ないって思ったらさ、なんでかな、体が勝手に動いてた……」
 楓は納得できなかった。まるで鬼太郎を責めるような口調になって、さらに訊く。
「でも! 私、鬼太郎さんに、あんなひどいことをいったのに!」
「ひどいこと?」
「鬼太郎さんのこと、悪霊の仲間だ、なんて……」
 うつむく楓。鬼太郎はしばらく楓を見つめたあと、ふと空を見あげた。下を向いたままの楓の耳に、鬼太郎の笑い声がきこえてきた。
「はは……はははは……」
 楓が顔をあげた。
 なぜ? なぜこの人は笑っているの? 意味がわからずに絶句する楓のほうを突然、鬼太郎が振りかえった。
「そっか、そうだよな。考える必要なんてなかったんだ、最初っから」
 憑き物でも落ちたかのようなすっきりとした表情になって、鬼太郎が楓に語りかける。
「ありがとう、楓ちゃん」
「え?」としか返せない楓。どうして自分が礼をいわれるのか、さっぱり理由がわからない。礼をいわれるどころか、なじられたっておかしくないのに……。
楓の混乱をよそに、鬼太郎はさらに続けた。きっぱりと、歯切れのいい声で、楓にこういったのだ。
「ようやくわかったよ。きみのおかげだ。ははは……人助けするのにさ、理由なんかいらないんだよな。ほんとにバカだな、俺……」
「……?」
楓には鬼太郎の真意がわからなかった。彼がこのときなにを悩み、そして今のできごとを通じてなにを解決したのか――まったく理解できない。だが、鬼太郎が今、向けてくれた笑顔を見ていたら……なにも気にならなくなった。目の前で爽やかに笑っているこの人の顔を見ていたら、それ以上の詮索(せんさく)は意味がないと思えてきたのだ。
だから、楓も――
笑ってみた。
そうしたら……気が楽になった。
 
 神山の山頂は、深い深い霧のたちこめる、まさしく「霧に隠されし」場所だった。隣を歩く楓を気にしながら、鬼太郎は注意深く周囲を観察した。
ふいに鬼太郎の髪の毛が一束、まるで角が生えたように屹立(きつりつ)した。驚いたのか、目を見開く楓。彼女を安心させるように小さく微笑んでから、鬼太郎は精神を集中する。
 妖怪アンテナ――周囲の妖気を敏感に察知する、鬼太郎の霊力のひとつである。その妖怪アンテナが、目指す妖怪の居場所を今、はっきりと教えてくれていた。
「向こうだ、あの、霧が一番深い場所に……」と、指をさす鬼太郎。そちらに目をやる楓。白い霧が入道雲のように立ちこめて、なにがあるのかまるで見えない。
「ちょっと待ってて」といいながら、鬼太郎がチャンチャンコを脱いだ。脱いだチャンチャンコを構えた鬼太郎が、まるで団扇でも振るうように周囲の霧をあおぎ始める。
 見る見るうちに晴れていく霧。辺りの景色を覆い隠していた白いもやのカーテンがすっかり消滅すると、二人の目の前に立っていたのは、太く、たくましい幹と、豊富な枝ぶりを誇る一本の大樹だった。その威容を声もなく見つめていた楓に、鬼太郎が声をかける。
「見てごらん。ほら……あれが『天』の――」
 大樹の根元近くに埋め込まれていたのは、まぎれもなく琵琶だった。鬼太郎は楓を促して、その近くへ寄っていく。と、そのとき――琵琶が目を開けた。いや、目だけではない。絃が張られた表面に目と口が浮かび上がり、その胴体から細い手足がにょきりと生えてきたのである。
 できたばかりのその口を開き、琵琶が二人の闖入者(ちんにゅうしゃ)をとがめた。
「なんだ、おめえらは? ひとの安眠を妨害しやがって!」
 霧に隠された大樹で眠りに就いていた琵琶は、ただの琵琶ではなかったのだ。単なる楽器ではなく、琵琶そのものが生きている、そう、琵琶牧々(びわぼくぼく)という妖怪だったのである。
 
「……というわけでさ、俺と一緒に来てくれないかな、琵琶牧々?」
 大樹の根元に腰を下ろした鬼太郎が、目の前で胡坐をかいている小さな妖怪に向かって頼みこんでいた。鬼太郎の横では、好奇心と不安で半々といった顔つきの楓が琵琶牧々と鬼太郎の顔を交互に見やっている。
「う~ん、事情はわかったけどよ……」と、どこか歯切れの悪い琵琶牧々。
「この子の命がかかってるんだ。頼むよ」
 真剣な口調で頭を下げる鬼太郎を見あげながら、琵琶牧々がきまり悪そうな声で応じる。
「実は俺、昔のことはよく知らねえんだよな。ほれ、俺が今の姿に変化(へんげ)したのは、その儀式とやらが終わって、もうずいぶん経ったあとだからさあ……。それに――」
 なぜかいいよどむ琵琶牧々。鬼太郎が先を促した。
「それに……?」
「……なんつうか、ほれ、厄介事(やっかいごと)に巻き込まれるのはごめんっていうか……。できればここでずうっと昼寝していたいなあ……なんて……」
「どうしても、あんたが必要なんだよ!」
鬼太郎の剣幕にびびったのか、琵琶牧々が口を閉ざす。と、それまで黙ってきいていた楓が、おずおずと話に割って入ってきた。
「お願いします、琵琶牧々さん。力を貸してください」
 琵琶牧々の小さな体の前で背筋を折り、彼よりももっと身を低くしながら、手をついて頭を下げる楓。その態度を見て、さすがに恐縮したのか、琵琶牧々が再び口を開いた。
「わかった、わかったよ、お嬢ちゃん。俺、可愛い女の子に弱いんだよね」
狼狽しつつ楓に頭を上げさせてから、鬼太郎に向きなおる琵琶牧々。
「それじゃあよ、ひとつ、お前らを試させてくれ」
「試す? なにをだよ?」
「お前らが信頼できるかどうか、をだ。……この俺を、弾いてみな」
 今度は鬼太郎が狼狽する番だった。
「弾く? あんたをか?」
「だから、そういってるじゃねえか。俺を見事に弾きこなすことができたら、うん、お前らを信頼して、どこへでもついてってやるさ」
 楓と顔を見合わせてから、渋々といった調子で鬼太郎がいった。
「しょうがないな。琵琶なんて弾いたことないけど……」と、鬼太郎が琵琶牧々に手を伸ばそうとしたとき――
「ちょっと待った! 兄ちゃん、お前じゃない。そっちのお嬢ちゃんが弾いてくれ」
「え、わ、私が!?」
 狼狽する順番が、今度は楓に回ってきたらしい。鬼太郎が不服そうに反論した。
「なんで俺じゃダメなんだよ?」
 琵琶牧々が居直ったように告げた。
「決まってんだろ。可愛い女の子に弾いてもらったほうが気持ちいいからだよ! さ、お嬢ちゃん、弾いて、すぐ弾いて、今、弾いて!」
「こいつ……調子に乗りやがって……」と、鬼太郎が立ち上がりかけたとき――
「やってみます、私」と、楓が琵琶牧々に近づいた。
「え? 弾けるの、琵琶なんて?」
「昔、お祖母ちゃんが弾いてたんです。だから、見よう見まねで、ほんのちょっとだけですけど」
 なおも心配そうな顔で、鬼太郎が訊ねた。
「大丈夫?」
「大丈夫、かどうかはわかんないです。でも……」と、言葉を切ってから、楓が顔をあげる。
「やらせてください、私に」
 そういった楓の表情には、一片の迷いもためらいもなかった。
「よっしゃ! 話は決まった! さ、お嬢ちゃん! 俺を手にとってくれい!」
 ひとり、場違いなまでに楽しそうな琵琶牧々が、楓のそばへにじり寄っていく。楓がその体に手を伸ばした……。
 
 鬼太郎と楓は、急ぎ足で山道を下っていた。鬼太郎が背負った風呂敷包みの中には、手足と顔を引っ込めて〝琵琶形態〟に戻った琵琶牧々がしまわれている。
 楓に自身を演奏させた琵琶牧々は、二人に同行することを承諾したのである。
 楓の演奏――おそらく「さくらさくら」だったと思われる――は、お世辞にも上手なものとはいえなかった。たどたどしい指づかいで、一節弾いては立ち止まり、二節弾いてはやり直し……と、その腕前は初心者以下だった。
だが、そのどうしようもない演奏が琵琶牧々の心を打ったのだ。どんなに下手であろうと、一所懸命に指を動かし、絃をつまびこうとする楓の熱意に負けた……と、琵琶牧々はそういった。
 だが鬼太郎は彼のいい分を少々疑っていた。なにしろ演奏中の楓の指が、ふとしたはずみで琵琶牧々の体を撫でるたびに、この小心で臆病者の小さな付喪神(つくもがみ)は「あはん」だとか「ううっ」だとか「気持ちいい……」だとか、怪しげな声をあげ続けていたのだから。
 まあいい……と、鬼太郎は自分を納得させた。今は経過よりも結果が重要だ。こうして琵琶を手に入れることができたのだから、それ以上のなにを望むというのか。
 気を取り直した鬼太郎が、背中の風呂敷を背負い直そうとした、そのとき――ポケットの中から三つ木霊の次女、ヒビキの声がした。
「着信だよ、着信だよ! 猫娘さんから!」
 ポケットをまさぐり、ヒビキが化けたコケシを取り出す鬼太郎。「ちょっと待って」と楓に声をかけてから、コケシを顔の前に持っていく。
「もしもし、鬼太郎だけど……?」
 コケシの顔だけがヒビキのそれに戻ったかと思うと、猫娘の声で喋り始めた。
「あ、鬼太郎! ね! 無事なの?」
 その声はひどく切迫していた。首を傾げながら、鬼太郎が返答する。
「うん、無事だよ……。まあ、途中でちょっとあったけど……」
「やっぱり!」と猫娘。「あのね、さっきね、ねずみ男の奴が――」と、そこまで喋ったとき突然、ヒビキが自分の声に戻って、鬼太郎に告げた。
「キャッチが入ったよ! 砂かけのおばばから緊急連絡だって!」
「緊急連絡? なにかな……? ……あ、きいてただろ、猫娘。悪いけど、ちょっと待っててくれるか。……もしもし、おばば? 鬼太郎だけど」
今度きこえてきた声は、砂かけ婆のそれだった。
「おお、鬼太郎! 捉まってよかったわい!」
 砂かけ婆の口調は、猫娘と同じく切迫感に溢れていた。
「緊急連絡って、いったいなんだい? あ、そうそう、鉦鼓(しようこ)は見つかったのか?」
「それどころではないぞ! 大変なことがわかったんじゃよ!」
 鬼太郎の言葉を断ち切るように、砂かけ婆が大声を張り上げた。
「大変なこと……?」
 コケシの向こうで砂かけ婆が息を呑む音が、鬼太郎の耳にはっきりきこえた。
「いいか、鬼太郎、よ~くきけ! 『かごめ女』――いや、『濡れ女』は、邪悪な悪霊などではなかったんじゃ!」

――「#02」へ続く――

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