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生乳破棄問題 「バターにする」じゃダメなわけ

近年よく話題になる生乳の破棄問題。牛乳のもととなる「生乳」が余ってしまい、なくなく破棄してしまうケースも見られます。昨年末からは酪農家が辞めてしまう事態も増えています。

危機的な状況に陥っている酪農業界ですが、一体なぜこのような事態になったのでしょうか。

都内でミルクスタンドを立ち上げた私 木村充慶は、朝日新聞のWebメディア「withnews」の連載として、店舗の立ち上げや事業の継承、そして、牛乳にまつわる様々な記事を書かせてもらっています。

今回、冒頭で述べたような厳しい状況の酪農業界の現状について記事を書かせてもらいました。

<前編>

<後編>

親子でつくるミルクスタンド ←担当している連載
ミルクスタンドをつくるきっかけから、立ち上げ、そして、訪れている牧場の話などを連載として記事を書かせていただいております。

朝日新聞「withnews」


withnewsでは2本に分けて編集してもらいましたが、一連の流れとしてまとめた記事にしたく、noteでも記事にすることにしました。こちらではwithnewで書ききれなかったことも交えて解説しています。

なお、私は政府の政策などには精通しているわけではないので、現状の政策についての良し悪しは論じません。

ミルクスタンドを経営しながら、全国各地の牧場を巡ったり、業界関係者とお話させてもらったりしています。それらの活動を通じて理解していることを中心に、消費者に近い立場として考えられることを書かせてもらっています。

※約1万字程度の長い文章になりますが、お付き合いください。


生乳破棄問題、穀物高騰…課題で溢れる酪農業界

コロナ禍になり、牛乳のもととなる「生乳」の破棄問題が出始めました。夏休み、年末年始、年度末など需要が落ち込むタイミングでよく発生しています。

牛から搾りたての無殺菌の「生乳」は殺菌された後、牛乳や、バター、チーズ、ヨーグルトなど様々な乳製品として加工されます。

しかし、コロナ禍に入り、学校閉鎖に伴い給食での供給がストップしたり、緊急事態宣言などでの飲食控えなどもあり、消費が激減し、生乳が大量に余ってしまう事態に陥りました。

余った生乳をなんとか消費しようと、問題が起きそうになる度に政府や酪農団体、乳業メーカーなどが「牛乳を飲みましょう」「牛乳や乳製品を料理に使いましょう」といったキャンペーンを立ち上げています。

生乳破棄以外の問題も起こり始めています。昨年末には一部の牛乳の価格が上がりました。スーパーなどで牛乳も10円以上値上がりしている商品もありました。

さらに、昨年後半からは農家家の経営が深刻になっているというニュースも出始めました。牧場を辞める「離農」の決断をした酪農家も少なくありません。現在、酪農業界は危機的な状況に陥っています。


なぜ破棄しないといけないのか

生乳の「生産と消費」の調整はそもそもとても難しいものです。傷みやすい生乳を、牛乳や様々な乳製品として加工しなければいけません。そのため、長年に渡り、政府を中心に組合、業界団体、乳業メーカーなどが一体となって需給の調整をしています。

出典:農林水産省「牛乳乳製品の製造工程」

特に大きな問題となったのは2014年ごろの深刻な「バター不足」です。その影響から、政府は国内の生産量を上げるべく、牧場の大規模化を推進しました。

その結果、国内の生産量の半分近くを占める北海道では、大規模化した「メガファーム」と呼ばれる牧場が増えました。2019年ごろから生産量が上がり、乳製品が安定して供給できるようになりました。

一般的には牧場では大体100頭くらいが飼われているのですが、メガファームとなると、数百頭、数千頭に及びます。

酪農家の数と牛の飼育頭数
〜。飼養規模で見ると、1965年には1戸あたり平均3.4頭だったのが、1985年には25.6頭に。平成に入ると、数百頭、数千頭を飼養する「メガファーム」と呼ばれる経営形態も登場。2021年には飼養規模が97.6頭と飛躍的に拡大しています。
詳細はこちら

出典:日本乳業協会「酪農と乳業について」

しかし、その矢先に、新型コロナウイルスが蔓延しました。小中学校の休校、緊急事態宣言による外食控えなどにより、乳製品の消費が激減し、大量に余ってしまいました。そこで、「生乳」の量を減らすようになりました。

牛は生き物…すぐには生乳の量が減らせない

ただし、牛は生き物です。消費の状況によってすぐに量を減らすことはできません。

産まれた子牛は二年半近くして“大人”になり、子どもを産むことで生乳を出すようになります。搾乳期間は人間と同じくらいの10ヶ月程度です。その間にも妊娠し、次なる牛を産めるようにします。

乳が出切った後は、数ヶ月ほど休んだ上で、また出産します。出産を繰り返しながら、牛乳を出してくれます。

全国的には平均3回ほど妊娠して牛乳を出し、牛乳が出づらくなったら、役目を終え、最後は人間が食べるお肉になります。

一度生まれたら、大体5〜6年は生き続けることになります。

東京・八王子の「磯沼ミルクファーム」の子牛。すやすや寝ています

参考)乳牛のことを知ろう|
牛が産まれてから命を終えるまでのサイクルや、牛の1日、牛の種類などが紹介されています。

出典:農畜産業振興機構

しかも、生乳は絶えず牛の体の中で作り続けられてしまうので、搾らないと病気になってしまいます。なので、生乳は生産され続けてしまうので、すぐに減らすことはできません。

そのような状況で、生乳を減らす要請がきたらどうなるのか、というと生乳を破棄するしかありません。搾らないといけないので、生乳は溜まってしまうので、捨てるしかありません。

しかも、生乳を破棄しても、牛たちが生き続ける限り、餌を食べ続けます。経費は発生し続けてしまいます。そのため、なくなく殺処分する酪農家もいます。

天塩にかけて育ててきた牛から、ようやく搾ることができた生乳を破棄するだけでも辛いですが、牛そのものまでも処分することは酪農家にとってはあまりにもつらいことだと思います。


日本の酪農の構造 〜生産と消費が大きく異なる〜

生乳の破棄問題には、そもそもの生乳の「生産と消費」の構造も関係します。

牛は暑さに弱く、寒さに強い生き物です。4つの胃を使ってじっくり餌を発酵させながら消化するため、体温が高く保たれるからだと言われます。そのため、夏は生乳の生産は少なく、冬は増えます。

「磯沼ミルクファーム」の放牧地。反芻しながらゆっくりしている牛

他方で、消費はその逆です。夏はたくさん飲まれるため消費量は大きく、寒い冬は消費が大きく落ち込みます。

このギャップを埋めるため、消費が拡大する夏に基準を合わせつつ、生乳があまる冬に、比較的賞味期限が長く保存の効く、バターや脱脂乳、チーズなどの乳製品を製造します。

できた乳製品は乳業メーカーなどの巨大な倉庫に保管します。そうすることで、消費の状況に合わせて安定して供給を行えるようにしています。

出典:農林水産省「NEW(乳)プラスワンプロジェクト」

地域間の差も活かしています。全国の生産量の半分近くを占める北海道ですが、消費量は多くありません。

そのため、消費の大半を占める東京などの都市部に、牛乳や乳製品を送ります。そうすることで、全国の消費のバランスも調整しています。

出典:農林水産省「畜産・酪農をめぐる情勢」


同じ生乳なのに…牛乳用とバター用で値段が違う

生乳は大きくわけて、牛乳などの飲用向けと、バター、脱脂粉乳、生クリーム、チーズなどの加工向けで販売価格が異なります。

地域によって異なりますが、最近だと大体飲用乳は120円程度、加工向けは75円程度です。

牛乳は賞味期限が短いため輸入品は入ってきませんが、加工品である乳製品は日持ちするため輸入品が入ってきます。

日本は海外と比べて、えさの原材料費が高いと言われています。それは土地が狭く大規模化できなかったり、政府の補助が少なかったり、様々な理由があります。そのため、乳製品が輸入されると価格で負けてしまいます。

そこで、国産の乳製品を守るため、加工向けの生乳は価格を安くして、乳業メーカーが安く乳製品を作れるようにしています。


しかし、加工向けの費用だと、酪農家の原材料費を下回って赤字になってしまう可能性があります。特に北海道のように、加工用の生乳が多い場所では、売上が大きく下がってしまいます。

そのため、販売価格に補給金という補填をすることで、酪農家の売上を安定させています。

参考)加工原料乳生産者補給金制度
輸入品が入ってくる加工向けの生乳には1kgあたり約10円程度の補給金を酪農家が支払われます。一方で、輸入品が入ってこない乳飲料については補給金はありません。

出典:農林水産省


減産の理由は倉庫がいっぱいだから

新型コロナウイルスで消費が落ち込み、生乳が余り始めたことがニュースになると、「バターや、チーズにすればいいのでは?」というコメントをよく見ました。

「磯沼ミルクファーム」で行われたバター作り体験の様子

前述のように、すでに様々な乳製品にすることで需要と供給の絶妙なバランスをとっています。その中で、新型コロナウイルスの影響でバランスが崩れて、生乳の大量の余りが発生しました。

初期は、バターや脱脂粉乳などを大量に製造し、倉庫に保存していましたが、徐々にいっぱいになったのが現在の状況なのです。なので、もう倉庫の余力がないので、生乳を減産するしかなくなってしまったのです。


余った生乳をチーズにしようという話も一時期出たと言いますが、チーズはバターや脱脂粉乳のように長く在庫できるものではありません。長期間熟成するチーズもありますが、日本ではまだまだ大規模に製造するほどの力はありません。

ちなみに、チーズには、生乳からそのままつくる「ナチュラルチーズ」と、一度作ったチーズを再度加熱してつくる「プロセスチーズ」があります。一般的には「プロセスチーズ」が多いのですが、その原料の多くは輸入ものに依存して作られてきました。

そのため、国内の生乳はまず飲用向けに仕向け、その次に加工用として、バター、脱脂粉乳、チーズという流れで製造されるようになっていると言われます。そのため、すぐにチーズを大量に製造するように仕向ける体制ができていなかったとも言われます。

※国産ナチュラルチーズを大規模に作っていこうという気運もありますが、また機会があったら紹介します。最後のまとめでも少し書いております。


「生活に困っている人たちの支援として配ったら?」

余った生乳を活用し、「政府は生活困窮者や途上国に乳製品を支援すれば良いのでは?」という意見もあります。

ただし、少量ならともかく大量の乳製品を支援に使うにはそれ相応の仕組みが必要です。

国家間の契約はもちろん、相手国への物流、脱脂粉乳(配送するためには賞味期限の長い乳製品にする必要がある)などを置いておく倉庫、現地での供給ルートの開拓など、様々なもの、人を用意しないといけません。その仕組みを構築するのに膨大な時間もかかります。

しかも、毎年余るかもわからない中で支援を続けても、安定して支援できず、かえって迷惑になることもあります。

途上国への支援に使う場合、本来その国にビジネスとして乳製品を輸出したいと思っていた国との関係が悪くなる可能性もあります。

鮮やかな打開策はそう簡単には見出せません。難しい状況の中で、生乳が余り続けてしまっているのです。


最近の酪農危機

この不安定な生乳の生産状況の中で襲ってきたのが、ウクライナ危機を発端とする穀物や燃料の高騰です。

牛は草を食べるイメージが強いですが、実際にはとうもろこしなどの穀物が入った「配合飼料」をよく食べています。穀物は栄養成分が高く、生乳の生産量を増やせるからです。しかし、その配合飼料の多くは海外に依存していました。

とうもろこしなどが入った「配合飼料」

ところが、昨年のウクライナ危機を発端にして、輸入穀物が2倍近くに高騰したと言われます。ウクライナやロシアは穀物の巨大輸出国であったために、世界の穀物市場が混乱したのです。

また、そもそも食糧需要が増えている中国が買い占めようとしていたり、とうもろこしの主要生産国であるアメリカではとうもろこしを原料とした燃料である「バイオエタノール」に活用し始めたり、様々なことが複合的に絡み合い、混乱に拍車がかかりました。


さらに、配合飼料だけでなく、「粗飼料」と呼ばれる牧草の値段も高騰しています。北海道では牧草の生産も盛んなので、ある程度地域でまかなえていますが、それ以外の都府県では土地が足りなく、多くが輸入に依存しています。

輸入元であるアメリカやオーストラリア、カナダの牧草はここ2年で上がり続けています。

農林水産省「飼料をめぐる情勢」

配合飼料、粗飼料を合わせたえさを、牛1頭あたり1日で50kg以上を食べるといわれます。酪農家の主要な原材料費であるえさの価格高騰が大きなコストになってしまいました。


さらに、重機などに使う燃料も高騰しています。えさ、重機の燃料とダブルでコストが膨らみ、酪農の経営を圧迫することになってしまいました。

出典:農林水産省「世界のとうもろこし生産量と輸出量/日本の輸入量」


価格が上げられない牛乳

「原材料が高くなったのであれば、販売価格を上げればいいのでは」と思う方も少なくないと思いますが、生乳の場合はそう簡単にはいきません。

生乳はそのまま消費者に売ることができません。殺菌して初めて「牛乳」やその他の乳製品になります。

そこでキーとなるのが、各地域ごとにある「指定生乳生産者団体」(=指定団体)です。主に農協などの組合などでつくられる団体ですが、指定団体が牛乳をあつめ、乳業メーカーに販売します。そして、乳業メーカーが殺菌して消費者に販売してくれます。

その指定団体が、乳業メーカーと一年に一回価格の交渉をします。そこで、決定した価格で、生乳は1年間、一律で売買されます。

出典:農林水産業「指定団体制度の概要 」

古くは酪農家が乳業メーカーと直接交渉していたのですが、立場の弱い酪農家を守るために指定団体が代行して交渉するようになりました。

なので、本来は酪農家を守る制度なのですが、実態としては、どのように交渉しているか見えづらい状況になっている側面もあります。

さらに、様々な立場の人が関わっているので、いち酪農家が交渉に直接関わることはできません。

そのため、酪農家が経営が厳しくなり、「販売価格を変えたい」と思ってもすぐに変えられないという実態になってしまっています。

それでも、穀物や燃料のあまりの高騰を踏まえて、昨年、一部の地域では年度の途中にもかかわらず、「乳価」が上がりました。

その影響もあり、スーパーで牛乳の価格が上がりましたが、それだけでは酪農家の飼料・燃料高騰分のコスト増加分を補うまでには至りません。


厳しい中で減産の要請…六次化も簡単ではない

そのような状況の中で、今回、生乳の減産をするように指定団体が要請しました。

酪農家にとって主要な売上である生乳販売ですが、思うように交渉もできず、なくなく生乳を破棄し、売上が減ってしまいました。

農家が生産から加工、販売まで行う「六次化」で直接消費者に販売する手もあります。

牛乳やヨーグルト、チーズ、アイスなどを販売する酪農家もいます。牧場や、道の駅などで買ったことがある人も少なくないと思います。

「磯沼ミルクファーム」が運営する「TOKYO FARM VILLAGE」。自家製のヨーグルトなどを販売

しかし、その製造のためには、数千万にも及ぶといわれる初期投資がかかります。しかも、製造スペースを作っても、商品開発を行ったり、販売のために営業を行ったり、ECサイトを作ったり、様々な作業が発生します。

ただでさえ、毎日牛の世話をしなければいけない酪農家にとっては大きな負担で、それを多くの人に強いるのは簡単ではありません。


「余っているなら安く売れば?」

withnewsに記事を公開した後、記事やSNSで「余っているなら安く販売すればいいのでは?」というコメントが多く寄せられました。

たしかに生乳を捨てるくらいなら、何かに活用できたほうが良いですし、心情的にはよく分かります。

しかし、そもそも加工用の生乳には、販売価格に補給金を上乗せし、酪農家の売上を成り立たせているます。なので、製造量を増やせば増やすほど税金が増えてしまいます。

また牛乳を牧場から集めて、殺菌し、全国のスーパーに流通するのにも当然コストがかかります。その費用を負担しながら安売りするのは乳業メーカーとしても簡単にできません。

何より、一度価格を下げたら、元に戻すのはそう簡単ではありません。「一時的な措置として値下げをやればいいのでは」という声もありましたが、給与が上がらない現在の日本で、下がった価格を上げるのは容易ではありません。

そもそも一律で値下げしないと、値下げをしないで販売しようとする商品の邪魔になってしまいます。

穀物や燃料が高騰しており、今後さらに価格を上げなければならない状況の中で、価格を下げるのは現実的ではありません。


子牛もただ同然…

酪農家の収入は生乳の販売の他に、乳牛の子牛の販売というのもあります。

牛が生乳を出すのは子どもを産むからです。生まれた子牛はメスならそのまま乳牛として育てられます。

ただし、オスも生まれます。オスの子牛は畜産用の市場で販売されます。育成のための牧場に行き、子牛がある程度大きく育てられたら、食用の肉になります。

生まれて数週間後の子牛。ホルスタインに和牛を掛け合わせた交雑種

実はみなさんがよく食べる牛肉には、和牛と呼ばれる黒い牛だけでなく、乳牛と呼ばれる白黒柄のホルスタインなどもあります。

一般的に和牛の方が高価ですが、乳牛のホルスタインも美味しいと言われています。そこで、ホルスタインのオスも肉にするために育てます。

今までは、ホルスタインのオスの子牛は10万円以上で販売できていたのですが、最近になり、千円くらいになることも増えました。

ひどい場合は販売できず、牧場に戻すこともあるといいます。育てるコストもかかるので、最悪の場合は殺処分することにもなります。

価格が急落した理由も穀物の高騰です。子牛を買い取った畜産業者も育てるためには穀物が必要なのです。

その穀物が高騰してしまいました。「せっかく育てるなら、より高価になる和牛を」と考えるため、オスのホルスタインの子牛は価格が下がってしまいました。


問われる酪農業界

生乳の破棄、穀物や燃料の高騰、生乳の販売の仕組みなど、酪農にまつわる様々な課題が複雑に絡み合って、今のような酪農の危機になっています。

現在も「牛乳飲みましょう」「牛乳や乳製品を使って料理を使いましょう」といったキャンペーンを政府や業界団体、乳業メーカーなどが行っています。

もちろん、一時的な効果はあるのですが、何度もやってしまうと消費者は飽きてしまい、毎回同じような効果を得るのは簡単ではありません。


最近では、「輸入の乳製品を減らして、国内のものを食べよう」という声が業界関係者、酪農家からもよく上がります。

NHKのクローズアップ現代でも、輸入品の代わりに国内の乳製品を買おうという提言をしていました。

国と国とで行われる「国家貿易」で、海外のバターなどを毎年約14万トン近く輸入しています。今回、北海道の生乳の減産計画では、輸入量と大体同じくらいの約14万トンを減らす計画になっています。「輸入分と破棄分が同じ量であれば、国家貿易をやめて、国内のチーズを買おう」という話です。

ただ、国家貿易は国と国との交渉になります。国内の事情で毎年のように変えていたら、当然相手国との関係が悪くなる可能性もあります。

穀物が中国などに買い負けてしまっているような状況を踏まえると、同じような問題が起こりかねません。


意見われる酪農家

著者は酪農家のLINEグループに入ったり、多くの酪農家とSNSで繋がっていますが、最近では、毎日のように酪農家たちがこのような議論をしています。

テレビや新聞などでこの問題が取り上げられるたび、「北海道の酪農家VS都府県の酪農家」「大規模酪農家VS小規模酪農家」などで意見が二分されることも少なくありません。

そのような中で、「消費者に酪農の厳しい状況を理解してもらいたい」というまとめをよく聞きます。ミルクスタンドを経営している筆者としては、それはなかなか難しいなと思っています。

牛乳を飲まず、豆乳や代替ミルクを選ぶ人も増え、牛乳以外でも栄養が取れる中で、一方的に酪農家の経営危機だけを伝えたら、さらなる牛乳離れにもつながりかねないなと危機感を持っています。

そもそも、酪農以外でも厳しい業界がある中で、酪農家の支援の必要性だけを声高に叫びすぎると、消費者の気持ちが置いてけぼりになるのではないかなと思います。


まとめ① 価格上がる中で消費者が納得できる関係を

価格の優等生と言われた牛乳ですが、穀物や燃料の高騰を考えると、このままの価格の維持は厳しいのではないかと感じます。

これまでも農家を支える多額の税金によって牛乳や乳製品の価格が抑えられてきましたが、さらなる税負担には疑問を持ちます。牛乳を飲んでいない人が多い現状を考えると、その人たちの負担が増えるのは違うと思うからです。なので、価格が上がっていくことは仕方がないことだと思います。

ただし、酪農業界の実態に関心のない消費者との距離がますます広がっていく可能性はあります。

だからこそ、消費者に厳しい状況を一方的に伝えるだけではなく、消費者と対話していく機会が必要だと思います。

そのためには酪農家自身が業界の外にどんどん出ていき、多額の補助金によって支えられ、がんじがらめになっている業界の仕組みだけに頼らない、それぞれの酪農スタイルを作って実践していく人が増えてほしいなと考えます。

意見が凝り固まって内部での争いまで生まれる現状から、小さくても新しい動きが生まれ、少しずつでも変わっていってほしいと思います。

現在、多くの酪農家が深刻な経営状態なので、短期的には、政府が中心になって、経営が厳しい酪農家の支援は必要だと思います。

ただし、その先で「消費者に現状をわかってほしい」という意見を発信するだけではなく、相互のコミュニケーションを多くの場所でうみ、酪農家と消費者にとってより良い「生産と消費」の環境が構築されればいいなと思います。

具体的にいうと、できる方は商品を作って製造するまでの「六次化」をしてたり、牧場をどんどん公開して、地域内外の多くの人に牧場を見てもらええるようにしたりできればいいなと思います。

消費者と対峙することで何が求められているかを肌で感じられます。そこから、少しづつでも変化が生まれていくのではないかなと思います。


まとめ② バターと脱脂粉乳の最適なバランスをつくるために

需給調整で肝となるバター、脱脂粉乳ですが、この2つは同じ生乳からできます。

生乳を分離して、クリームと脱脂乳ができます。クリームから空気や水分を抜いてバターができ、脱脂乳を乾燥させて脱脂粉乳ができます。

農水省の資料によると、バターは100kgあたり5kg、脱脂粉乳は100kgあたり9kgできます。

出典:農林水産省「牛乳乳製品の製造工程」

しかし、同じ生乳から同時にバターと脱脂粉乳ができるのですが、バターの方が需要が高いため、両方をちょうどうまく消費することができません。

生産量を脱脂粉乳の需要に合わせると、バターが足りなくなります。逆に、バターの需要に合わせると脱脂粉乳が余ります。

2014年に起こった「バター不足」でも深刻な社会問題になったので、バター不足は避けなければいけません。そのため、バターの生産量を維持せざるを得なく、結果として脱脂粉乳の在庫が増えてしまいます。

そこで、この脱脂粉乳をどのようにするかが鍵になります。現在では、脱脂粉乳を作る前の「脱脂乳」(水分を抜く前のもの)を何かしらの製品に活用しようという動きも出てきていますが、まだまだ着手ができていません。

しかし、脱脂乳を使った乳製品(例えばパルミジャーノ・レッジャーノチーズのようなチーズ)を広げるというのは一つの可能性かなと感じます。

乳製品は1万年近い歴史があり、様々な乳製品が世界中にたくさんあります。なので、それらの乳製品からヒントを得て、新たな乳製品づくりにチャレンジするのもいいのではないかと思っています。

※ユーラシア大陸の牧畜や乳文化について研究されている、帯広畜産大学の平田先生の書籍には、世界中の様々な乳製品が紹介されています。


まとめ③ 需要が下がる牛乳を盛り上げる

人口減少や牛乳離れに伴って、牛乳の消費が落ちていくと言われます。そのため、今までのバターや脱脂粉乳による需給の調整だけでなく、国産のナチュラルチーズの生産を拡大させていこうという考えがあります。

食が多様化する中で、様々な料理に使えるチーズは消費が見込めるため最も効果的だと思います。近年では国産ナチュラルチーズの人気が広がっており、世界的に評価されるチーズも現れてきました。

また、ヨーロッパでは生乳生産拡大が見込まれない状況の中、中国などではチーズの市場が拡大すると言われています。この流れはとても良いなと思います。

他方で、牛乳の消費が下がり続けるのをただ傍観し、他の乳製品の製造をするだけでいいのでしょうか。私は牛乳でできることがもっとあるのではないかと思っています。

牛乳は今まで指定団体が乳業メーカーと交渉する前提で、色々な牧場の牛乳をまぜる「合乳」が前提でした。もちろん、効率的に生産できますし、味を均質化する効果もあります(均質化した方が味が安定するので、料理に使いやすいと言われます)。

ただし、本来は牧場ごとに牛乳の味はかなり異なります。牛の品種、餌、育て方、地域、牧場主の考えなど、様々な要素が複雑に絡みあって、他のものとは違う牛乳となります。

私はこの違いもっと伝えることで、牛乳自体の価値を底上げできるのではないかなと思っております。

クラフトビールがビールの多様性を生み、ビール市場を底上げしたように、牛乳でも多様性を生むことで、もう少し違う市場を作れないかなと思っております。

ちなみに、著者は需要が下がると言われる牛乳をなんとかしたいと考えて、私は全国のこだわりを持つ牧場の牛乳を販売する「クラフトミルクスタンド」をつくりました。


話が少し飛躍しますが、牛乳は他の乳製品の広がりをも助けるキーになるものだと思います。

牛乳は様々な乳製品のベースとなるものです。チーズにしても、バターにしても、ヨーグルトにしても、こだわりの乳製品の多くは生乳にこだわりを持って作られています。

だからこそ、こだわりの牛乳の価値を広げることが、こだわりの乳製品を広げる一つのキーにもなると思います。


最後に

現在の酪農業界の課題や、構造などを解説しながら、最後にまとめとして今後必要と思われることをお伝えしました。

まとめの部分は私見も多いですが、消費者と向き合ってきた立場として感じていることを踏まえて書かせてもらいました。

これが絶対的な正解とも思いません。ただし、簡単な正解がないからこそ、様々な人たちが仮説をもって様々なチャレンジすることが必要なのではないかなと思っております。

牧場の廃業が増え、生乳の生産基盤が揺らいでいる待ったなしの酪農業界ですが、厳しい状況だからこそ、今までにない新しいもの・ことが登場し、そこから業界が改善され、よりよい形に変わっていけばいいなと思っています。


武蔵野デーリー
木村充慶

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