連載「須田一政への旅」第7回
須田さんはもう、憑かれたようにシャッターを押す「陰陽師」のようなそんざいへと脱皮していた
ポラロイドとRUBBER(ラバー)の秘儀
「これ作品として発表してしまっていいんですか?」恐る恐る私が聞くと、須田さんは力強く「全然いいですね!」といった。1994年、後輩の映像制作会社をそそのかし、私が編集人として作り始めた「電子写真集CLIP」。その第二集は須田一政「Trance Trunk」だった。
その裏表紙に書いた私のキャッチコピー。
『ポラロイド写真の無機質な排出音。じれったい画像。あたかもその部屋に居合わせたかのような共犯関係が刺激的だ!』。
3.5インチフロッピーディスク2枚からなるこの電子写真集に須田さんの作品を載せたいと考えた時、直感的にこのポラロイドカメラで撮影されたシリーズを思い浮かべた。これまでにない須田さんの写真に対して、若干の抵抗があったのは、エロチックな写真そのものの表現性ではなく、あの「風姿花伝の須田一政」がこんな写真を撮っていることを露わにしてよいものかという、案外古い価値観が私の頭によぎったからだ。
しかし、ポラロイド写真独特の風合いとその秘密めいた「行為」は、どこか根源としての欲望を匂わせるものがあり、怖いもの見たさも手伝い、PC上で見せる儚い画像として結実させたかったという矛盾もあった。
須田さんが、もともとこのRUBBER(ゴム)に惹きつけられていった所以は、2012年に刊行された写真集「RUBBER」(PlaceM)の解説でご本人が述べられている。『私自身はラバリストではない、(中略)自身の「なんかヘン」なものへの過剰な興味、質感の魅力を、視覚による快楽に昇華させるための撮影なのだ。(中略)私は反射する光に特別な執着がある。ラバーの柔らかい照りと曲線の美しさは平面に移し変えてもより近いかたちで残したいと考えた』。きれいにまとめられているが、簡単にいえば「見る快楽」。特有のフェティシュな妄想が実際の舞台としてそこで演じられていることを楽しんでいたようだ。
その舞台は、都心のある所だと聞いたことがある。幸か不幸か、私はそこに誘われたことはなかった。だからだろうか、こちらの妄想もまさにゴム風船のように膨らみ、ポラロイドカメラの音だけが汗ばんだ室内に響きわたる、そんな風景をイメージさせたのがこの電子写真集ということになる。
当時、須田さんはすでにもう「風姿花伝」の時代から自身を昇華させ、ひたすら「至福」を求めながら、憑かれたようにシャッターを押す「陰陽師」のような存在へと脱皮していたのだ。撮影は秘儀であり、RUBBERに身を包んだ女性たちは「人形(ひとかた)」として、そして呪文が生んだポラロイド写真は「護符」として。陰陽師・須田一政ならではの新たな表現世界がここから始まった。
日本カメラ2020年7月号
古くから様々な読者に支持されてきた「アサヒカメラ」も2020年休刊となり、カメラ(機材)はともかくとして、写真にまつわる話を書ける媒体が少なくなっています。写真は面白いですし、いいものです。撮る側として、あるいは見る側にもまわり、写真を考えていきたいと思っています。