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連載「須田一政への旅」第9回

「雀島」 須田さんはこの島がどうしても気になり、夜中に車を走らせそこに行くこともあったという

新天地「房総」と「雀島」

 須田さんが長年住み慣れた神田から千葉に引っ越したのは1987年。以来、房総半島を飽きるほど車で走り回り熱心に写真を撮ってきた。「犬の鼻」(1991年・ IPC)は最初に引っ越した千葉市稲毛区天台を起点に、まさに犬の匂い付けのように近間を中心に徘徊して撮ったカラー作品。実に楽しげに毎日シャッターを押し続けているのがよくわかる。近隣の夏祭り、お嬢さん、家族旅行。下町とも少し違う「近所田舎」のあちこちに出没し撮っている。写真集には写真とともにつぶやきが文章として堂々と大きく添えられているのが珍しい。とにかく楽しくてしょうがないといった当時のポップで私的な新天地の日記だ。
 一方で趣のある小冊子「房総風土記 」(2015年・Supperlabo)はポラロイドフイルムによるスケッチのような作品。撮影は稲毛からさらに外房にも近い千葉市のニュータウンに引っ越した1996年頃ではなかったか。神田生まれの町っ子だった須田さんが、夜になれば真っ暗、緑に全方位囲まれたような静かすぎる土地に移った。さてどうするか。

「犬の鼻」と「房総風土記」。「凪の片」(東京都写真美術館 2013 )、「SUDDENLY」( Place M 2016)などにも房総は登場している。そして「かんながら」(2017)へ。それらの写真を貫く「雀島」の存在は特別だ。


 それが案外気に入って、さらに房総に深入りし、県道沿いの奇妙なスナックや土地の老人しか来ないような片隅の温泉などを面白がって訪ねる日々が続く。その見聞録は須田さん独特の口調で、こちらもそんな風景をのぞいてみたいと思わせるエキセントリックなイメージに満ちていた。

多分、今も房総にはなんらかの「謎」がありそう。観光地は別の日常や非日常をかき集めていく作業。ビールでも飲みながら、須田さんからそんな町や風景やエキセントリックな人物の話をもっと聞きたかった。

 しかし、時系列としては2011年に「Sign」 ( placeM)と「雀島」(PGI)を新作展として発表している。東日本大震災の後ということもあるが、それまでの須田さんらしいスナップショットの切り口から若干の変化が見て取れる。特に「雀島」はいずれ侵食が進み岩となるといわれている外房の波打ち際に見える小さな「島」。しばらくここで集中して撮っている。また房総での作品には度々登場する。須田さんはこの島がどうしても気になり、夜中に車を走らせそこに行くこともあっという。そこまで惹きつけられるほどの被写体だったのだ。いったいそれはなんだったのか。一度私もその風景を実際に見たいと思ってきた。しかしながら、このコロナ禍に阻まれ、春のいい時期に出かけられなかった。今度こそと梅雨の合間に計画したものの、東京の感染状況は再び悪化した。またもや叶わぬ願い。私の「須田一政への旅」はこの「雀島」の前に立ち尽くすまでは終わらない。
 ともあれ、須田さんの房総の日々は、東京下町の土着的な生活習慣からすっかり離れた新鮮な日常体験であるとともに、「写真」そのものが彼岸へと導かれるひとつの必然であったのだろう。彼岸は「悟り」でもある。

房総半島は今でも昭和時代あたりの緩い空気感が充満している土地も多い。何年か前、家族で行った海水浴。40年前の私の「遠い夏」とまるで変わらない風景が押し寄せてきた。房総は今も面白い。

                         日本カメラ2020年9月号

古くから様々な読者に支持されてきた「アサヒカメラ」も2020年休刊となり、カメラ(機材)はともかくとして、写真にまつわる話を書ける媒体が少なくなっています。写真は面白いですし、いいものです。撮る側として、あるいは見る側にもまわり、写真を考えていきたいと思っています。