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連載「須田一政への旅」第4回

それはどこか、江戸川乱歩の「人でなしの恋」という物語を彷彿とさせた

窓の中の麗しいひと

 早朝の東京銀座。大通りから少し入ったところにある店の前で、なにやら黒い服のおじさんがショーウインドゥにくっつきながら続けざまに鋭い閃光を放っている。一体何を撮っているのかと思いきやおじさんの背後に回ると、向こうにはなんとも麗しきランジェリー姿の一人の「女性」が露わにそこにいる。おじさんの構える中判カメラのレンズは、しっかり女性のガーターベルトあたりに向けられている。何枚かシャッターを押しながら、「はーっ、、、」とため息混じりに微かな声をあげたそのおじさんこそが須田一政。

 残念ながら私は須田さんの「Rei」の撮影現場を見ていない。しかし、容易にその姿が想像できる。そしてそんな撮影を続けたくなってしまった所以も少しわかる。

「 Rei 」というタイトルはギャラリーの長澤氏の命名とのこと。もちろん「麗」だ。私には源氏名に聞こえてしまう。多分須田さんもそう思ったはず。そんな俗っぽさを超越して輝くモノクロイメージ。

 須田さんの「Rei」(2015年・ Akio Nagasawa Publishing)は、ショーウイドゥの中に静かに佇むマネキン人形ばかりを捉えた作品。2012年~2014年にかけて集中して撮られている。当時、トークショーなどの折、須田さんはマイクを向けられると、「今、マネキン人形ばかりを撮っている」と堂々と告白しながらも、ちょっと照れつつ顔を紅らめ答えていたものだ。それはどこか江戸川乱歩の「人でなしの恋」という物語を彷彿とさせた。蔵の中にしまわれた身の丈三尺余りの京人形と夜毎の逢瀬を楽しむ新婚妻のいる男の密かな楽しみ。勝手に妄想するところの究極のエロチシズム。「人形愛」は珍しいわけでもないが、そこに陰影の際だったモノクロイメージを同調させてしまったところに写真家の凄みがある。
 しかし、やはり早朝とはいえ、銀座のランジェリーショップの前で写真を撮っているという風景には特別なものがあったのか、道路工事の人々などが怪訝な視線を送っていたようだ。須田さんの奥様曰く「よく通報されなかった!」というのもわかる。不審者ではないがやはり怪しいことに変わりない。

銀座のランジェリーショップはどこに行ったのか。私には探せない幻の店だった。しかし、かろうじて私を待っているかのような麗しき人がいた。それでも須田さんのようには写らない。

 試しに、早朝ではないが銀座の街角で須田さんと同じようにマネキン人形を撮ってみた。どうも誰かに見られているという意識が強く、また私にはお気に入りの「恋人」もいないこともあり上手く撮れない。難しいのが内蔵フラッシュの反射光。須田さんの作品特有のフラッシュの強い滲みがこの作品群に限ってはほとんどない。恋人をより麗しく、艶めかしく撮るための、細かな絶妙のポジションをそこに見つけている。そのヌメヌメとした執拗さこそが須田さんの表現の真髄。

 「窓の中の麗しきひと」は、今もどこかで妖しい肢体を誰かにたっぷり見せつけているだろう。

                               日本カメラ2020年4月号




古くから様々な読者に支持されてきた「アサヒカメラ」も2020年休刊となり、カメラ(機材)はともかくとして、写真にまつわる話を書ける媒体が少なくなっています。写真は面白いですし、いいものです。撮る側として、あるいは見る側にもまわり、写真を考えていきたいと思っています。