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超短編小説

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不思議な世界観の超短編小説をまとめました。
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2022年2月の記事一覧

超短編小説《花びら》

カラスが桜の木の上に石を落とした。カラスが落とした石は桜の花のうちの数枚に当たりそのうちの一枚の花びら散った。気付いていないだけで本当は他の花びらも散っているのかもしれないし、実はその散った花びらも石が当たったことが原因で散ったものであるかどうかも分からない。散った一枚の花びらは地面に落ちて私の身体に被さった。私は暫しの間、身動きが取れなくなってしまったが、隣を歩く仲間の蟻の助けを借りて、とうとう一枚の桜の花びらから逃れることができた。そんな蟻一匹のことには気をとめない様子で

超短編小説《カーテン》

或日の朝のこと、カーテンの隙間からこぼれる朝日を顔に浴びて、Kは目を覚ました。 キッチンからはパンが焼ける薫りとコーヒーを注ぐ音がしている。旅先であっても朝のキッチンからのこのような便りは朝を透明なものにする。透明に染められた朝が純黒の珈琲に溶け込んでいくにつれて、透明な紙に書かれた黒いインクの文字のように昨晩の記憶の断片が浮かび上がる。 「昨日までの私は今日の私とはまるで違う。」 それがKが感じた一番最初のことだ。 「何もかもが嘘だったらいいのに。」 そんなことを考えるまで