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折紙の世界を超えて【折紙作家・勝川東】

2022年8月5日から香川県三豊市の三豊鶴で実施される「酒蔵Art Restaurant」
150年前に作られた歴史ある酒蔵の中に、現代アーティスト24名による作品が展示・販売されるほか、シェフ8名が週ごとにコース料理を振る舞います。

今回は、8月26日(金)〜28日(日)に在廊する折紙作家、勝川東(かつかわ ひがし)さんをご紹介します!

プロフィール

1998年千葉県柏市生まれ
現在、香川県三豊市在住

幼少より折紙に親しみ、東京大学折紙サークル「Orist」に所属。折紙自体を楽しみながら、芸術としての在り方も模索しています。本職の自然電力の事業で四国に赴任し、そのまま香川県三豊市に移住。武道、将棋、書道が趣味。
正方形1枚を折り畳むという手段の特性の下、生き物などを折り方から創作しています。モチーフの特徴に沿ってテーマを表現しつつ、命を宿すような造形で、手段の制約が強いことを忘れさせる作品を目指しています。

制作を始めたきっかけ

セミ

ー折紙を始めたきっかけはなんですか?

ずっと虫が好きで、小さい頃から虫を触ったり、家で飼ったりしていました。そんな中で、幼稚園で折紙の手裏剣など沢山作っていたら、母親が「世界中のカブトムシが折れる折紙の本」をプレゼントしてくれたんです。そこから折紙にはまって、年長になる頃には、普通の人がやらないような難易度の高い折紙をやっていました。

それ以来、折紙が特技となり、中学、高校時代にはもっと上達したいと思うようになりました。
高校生の頃、有名だった東京大学の折紙サークルのことを知り、入部したいと思ったことが東京大学を志望した理由の一つでした。

ーサークルではどんな活動をされていたんですか?

当時のサークルの活動は、部員が週3回ほど集まって、折紙をしたりボードゲームをしたりというものでした。
運動部に注力していた私は、普段の活動にはあまり行けませんでしたが、私にとって大きかったのは、半年に1度の文化祭でした。サークルではその度に折紙の展示会をしており、知名度もあってかなり多くのお客さんに見てもらえました。私はそこに向けて、毎回幾つか新作を折っており、おかげで上達することができました。

テーマは、高校時代の深海魚から始まり、ポケモンを経て、最近は虫などの生き物へと変わってきています。
虫好きに原点回帰している気がします。

ー改めて折紙の世界について教えてください。「折紙が上達する」というのはどういう意味なんでしょうか?

大前提として折紙には、誰かが考案した折り方を再現するものと、折り方から考えて制作するものの、二段階があります。前者を「習作」、後者を「創作」と呼びます。尚、折紙で「自分の作品」と称する場合、一般的には創作にあたります。

基本的に、習作に必要な技能が無いと、創作はできません。まず、習作の技能から説明します。最初に、「言われた通りに折れること」が大事です。折紙の本や動画を見て、その工程を理解して最後の形まで辿りつけるか、ということです。線が複雑だったり、工程が立体的なほど、難しくなります。高度な習作では、本のような工程図ではなく、折紙の設計図である「展開図」のみを元に折り畳むものもあり、ここまで来ると上級者です。また当然ながら、言われた通りに折って完成まで至るには、すべての工程を正確に行う技術が必要になります。これらの理解・技術が洗練されていくことが、最も分かりやすい上達と言えますね。

その次に、完成形を仕上げる上手さというものがあります。作品としてカッコよくできるかということです。工程を完遂しても、まだ紙の塊でしかないですから、そこに命を吹き込む作業に、その人のセンスや技術が問われます。これらの技能が高く、習作を極めている人というのは、実は世界中に沢山います。

―習作だけでも途方もないですが、それができる人が世界中にいるというのも驚きですね。

最近は、普通の本屋さんにも難しい折紙の本が増えていて、パズルを解くような楽しさから、大人も子供もハマる方が増えています。

さて、やっと創作の話になります。創作のプロセスは、紙のどの部分が、作りたいモチーフのどのパーツになるかを考えて、紙の面積という資源を配分するというものです。そのため、作品は単体の具体物が多いです。資源配分には、数学的な設計理論があるのですが、それを駆使すると紙に触らずに創作ができます。ちなみに私は設計理論を極めてはおらず、実際の紙での試作と、パソコン上での幾何学的な試行錯誤を並行しています。そのような折紙作家さんが多いだろうと思いますが。こういったプロセスで、より複雑なモチーフを創作できるようになることが、折紙の上達と言えるでしょう。

余談ですが、習作が完璧でなくとも創作はできます。創作にも色々な段階があり、いじっていた紙が偶然何かに見える、それも創作なのです。多くの創作はそのように始まりますが、私はそこから自分が創りたいものを目指す中で、習作と創作が上達していきました。これは外国語の習得に近いと思います。単語や文法を知らなくても通じる所から、流暢に話すためにそれらの知識や実践を積むわけです。そして、それを駆り立てるのは、あの人と話したい、あのモチーフを創り上げたい、という想いです。

ー折紙の世界って奥が深いんですね!

折り紙の世界と芸術の世界について

雀蜂の展開図

ー折紙を極めてきた勝川さん。今回三豊鶴の展示で、芸術(アート)としての折紙に挑戦するとのことですが、そもそも折り紙の世界と芸術の世界は大きく異なるものなんでしょうか?

難しいところですね…
「複雑な折紙」というもの自体、戦後に展開してきた業界で歴史が浅いので、元々芸術の文脈に乗っておらず、業界としてもそこを志向していない、ということが現状だと考えています。更に言えば、折紙が好きな人は、美術・芸術という話には関心が薄いことが多いです。その理由として、折紙の制作プロセスがパズルのようで、それを完遂すること自体が目的になりがち、ということがあります。それは習作で折り方を再現することと、創作で折り方を考案すること、どちらにも当てはまります。

そもそも折紙は、表現手段としては難しい立場にあります。紙一枚で制作する際の話ですが、そのプロセスは制約そのものです。言ってみれば、写実性や、対象を表現する直接性では、絵や彫刻には太刀打ちできません。
そして先程述べたような、プロセスの自己目的化が起きやすいので、完成物をどうするか、何を表現するのか、という観点が劣後してしまう、という問題があります。更に、見てくれる方も「これが折紙だなんて信じられない!」と喜んでくれるのですが、それは作品に対する感動ではないのではないか、という違和感があります。

もちろん、折紙を折紙として突き詰めた結果、芸術の域に達している方々もいらっしゃいますし、また鑑賞者が何に感動したとしても、それも含めて芸術の営みなのだとも思います。ただ、折紙の世界から芸術の世界へ向き合うならば、表現手段としてどうか、作品としてどうか、ということから問う必要があると考えています。

私は根本的には折紙作家です。上記のようなプロセスで、好きなモチーフを創作すること自体が、やっぱり楽しいのです。そして折紙作家として、作品はカッコよくしたいですし、誰かに感動してもらえたらと思います。そのような思いが広がって美術・芸術というものに関心があり、それに堪えうる作品を制作していきたいです。

その中で念頭に置いているのは、折紙の文脈でも良い作品であり、折紙の文脈から外れても良い作品であり、しかも表現手段としての折紙の長所が発揮されている、ということです。ちなみに折紙の数少ない長所の一つとして、紙の塊の厚みが自然と生まれること、特にパーツの根元に紙が集まりやすいので、生き物の制作に向いていると考えています。あとは、私の趣味嗜好の話ですが、概念や現象が好きなので、具体物のモチーフに抽象表現を宿らせる制作が主流になりつつあります。

ゴキブリの作品

−そんな中で、今回の三豊鶴「酒蔵 Art Restaurant」は現代アート作品の展示・販売イベントになりますが、なぜ参加しようと思ってくれたのでしょうか?

私は、現代アーティストになりたいわけではありません。一方で、芸術の文脈を考える上で、現代アートが何であるかを知り、そこでの折紙の在り方を追求したいです。また私の制作の発想が、安直に言うと現代アートに近いものなのかとも思っています。そのような時に、今回のお話を頂き、是非取り組みたいと思いました。

私は、現代アートの定義として「社会に開かれていること」を考えています。例えば、上記のゴキブリの作品、自分、及び社会に対するメッセージを込めています。よく見てもらうと、ゴキブリの左側の触覚が切れていて、右下の足の部分は骨になっているのがわかると思います。これは、「生きた化石」と呼ばれるゴギブリが、これまでずっと同じ形で生息してきたわけですが、「先行き不透明な時代に生きる我々は、これまでの形では生きていけないのではないか、しっかりアンテナを張って生きなければならない」ということを表現しています。

実は、このゴキブリの作品は、現代アートとは何かを真剣に考えてから、自分なりの現代アートとして初めて制作した作品です。はっきり言って発展途上です。そんな中で、今回の機会に改めて現代アートと向き合い、更に視野を広げたいと考えています。しかも、移住先の三豊での一大イベントということで、他の作家の方々にも引けを取らない作品を形にして、イベントに関わる方や来場者の方に感動してもらいたいと思っています。

展示コンセプト

ー今回の展示コンセプトについて教えてください。

私はこれまで、作品のメッセージであれ、折紙が楽しいという想いであれ、100%自分の文脈で制作しています。しかしこの三豊鶴という空間は、人の醸造、その歴史や地域性、まさに社会との関係の象徴のような場所です。今回、鑑賞や空間などとの間に生まれる関係、つまり制作者自身で完結しないものを作りたいと思っています。

今回の展示では、3つ作品を作ります。
・鑑賞者の方も折紙に触れて、作品自体に参加してもらえるもの
・他の作家さんとテーマを交換して制作して、共鳴が生じるもの
・三豊鶴という圧巻の空間に即したもの

ご来場いただく皆様へメッセージ

8月26日(金)〜28日(日)に在廊予定です!
私の作品を、折紙としても楽しんでほしいですし、折紙の文脈から外れた作品としても、感動してもらえたらと思っています。好きなように見ていただいて、少しでも「いいな」と思ってくれたら嬉しいです!

三豊鶴「酒蔵Art Restaurant」とは

皆様のお越しをお待ちしております!