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【ミトシャの植物採集】 第10話 ローズマリー

作:石川葉 絵:茅野カヤ

 ミトシャは冬の森を抜けて、雪の少ない荒野を旅していました。
「冬の姿はさびしいね」
 お互いの頭をぎゅっとくっつけあって寒さをしのぎながら旅を続けます。

ぎゅううう

 からっ風に吹きさらされながら歩いていると、遠くにこんもりと緑の生い茂っている所が見えてきました。
「行ってみよう」
 さっそくミトシャはその方へ向かいます。近づいてくると、だんだん足元にも冬でも緑色の植物が広がってきます。その真ん中あたりに、緑の蔦におおわれたお屋敷が見えてきました。
 門の扉は開け放してありましたから、ミトシャはおそるおそる通り抜け、そのお屋敷の扉をノックしました。
「ごめんください!」
 すると扉はすぐに開かれました。すうっと爽快感のある香りが三つ首兎の鼻をひくつかせました。
「いらっしゃい。こんな冬の季節にお客様なんて珍しい。どうぞおあがりくださいな」
 促されて入った部屋はフレッシュな香りで満たされていて、旅の疲れが少しずつ癒されてゆくようでした。
 広間には、似たような姿の植物が三人いました。
「わたしたちはローズマリー。三姉妹なの」
「わたしはミトシャです。神様のお使いで、エデンガーデンから出て行った人を訪ねています。みなさんはエデンガーデンにいましたか?」
「ええ、もちろん」
 とローズマリーは答えます。
「なつかしく麗しい故郷、エデンガーデン。今すぐにでも帰りたいわ」
 それなら! とミトシャは前のめりになります。
「わたしといっしょに帰りましょう。年に一度、エデンガーデンが開かれる日も近づいてきました」
「それもいいわね」
 あごに指を当てながら、考える素振りでローズマリーは言いました。
「でも、まずはお茶の時間にしましょう。三つ首兎さんは、旅でさぞかしお疲れでしょうから」
 隣の部屋に行くと、たくさんの甘いお菓子が並んでいます。
「ちょうど午後のお茶の時間でしたの」
 夢のようなテーブルを見て、ミトシャはよだれをおさえることができず、足元にたくさんのスズランを咲かせました。
「まあ、おもしろい! あなたは、いつでもお花を咲かせることができるのね! それならわたしたちも負けていないわよ。季節に関係なく花を咲かせることができるんだから」
 そう言うと、三姉妹のローズマリーは体中に紫色の小さな花を咲かせました。
「素敵!」
 ミトシャが歓声をあげました。そしてすかさずカメラを構えてローズマリーのポートレートを撮影しました。

ローズマリーのポートレート

 そうして、お茶の時間となりました。あらためてミトシャが帰郷のことを尋ねるとローズマリーは答えました。
「エデンガーデンには戻りたい。でも、やっぱりまだ早い気がしています」
「出会う植物のみなさんがそうおっしゃいます。なぜですか?」
「こわいのよ」
 ローズマリーが言います。
「エデンガーデンは神様の光で満ちていて、わたしの悪いところがくっきりと浮かびあがってしまうから」
 ミトシャは、そんなことはありません、と言おうとしましたが、胸に手を当てると、自分のした悪いことが思い出されて苦しくなりました。それでこう言いました。
「分かります。でも神様は、そんなあなたを愛して待っていてくださいますよ」
 ミトシャは自分に言い聞かせるようにしゃべります。
「救い主を信じているでしょう? クリスマスのお祝いもしたでしょう?」
 もちろん、とローズマリーの三姉妹は答えます。
「わたしたちは『マリアのバラ』とも呼ばれているの。救い主を心から愛しています。だから、」
 ローズマリーは、一度、言葉を切りました。
「その名に恥じない自分になりたいの」
「神様はそのままの姿でいいとおっしゃいます。悔い改めて、心から救い主を信じているなら」
 ローズマリーは、エデンガーデンのこと、考えてみるわ、と言って紅茶をひと口飲みました。
「でも、やっぱりこわい。神様にふさわしい自分になりたいの。三つ首兎さん。あなたはこの家に入る前に、緑の中を歩きましたか?」
 問われて、ミトシャは荒野に緑があることを心地よく感じたことを伝えました。
「ここは、人が争いをして、荒れ果ててしまった土地なの。わたしたちは、その人たちとなんの関係もないけれど、この荒れた土地に同情をしたの。わたしたちは、よい行いを何もしてこなかった。それで、気の向くままにエデンガーデンを出てしまったの。だから、恐ろしい炎の剣の天使に通してくださいと言えずに、この小夜色の世界にとどまっています。少しでもよい行いができたら、その時は堂々とエデンガーデンに戻りたいと思っています。いいこと、というのは、この荒野を緑いっぱいの場所にすること。今は冬だからより一層荒れ果てて見えるけれど、春になれば、植物が回復しているのが分かるわ。ぜひ、見に来て欲しい。それを少しの贖罪として、働きたいと思っているの」
 ミトシャは、救い主を信じているなら、それは必要ないことだ、と言おうと思いました。でも、ミトシャにもまだ確信がありませんでした。ローズマリーも神様のお使いをしているのかもしれないと考えました。

 その晩は、ローズマリーのお屋敷で、ミトシャはたらふくご馳走を食べました。三姉妹と変わるがわるダンスのパートナーを務めました。やっぱり、頭が重くて、ごろんごろんと転がってしまいましたけれど。

ミトシャの植物採集プラントハント 第10話 おわり

***

 ミトシャの植物採集プラントハント、お楽しみいただけましたか? 
 さて、小夜色の世界でのローズマリーはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。

出典: THE NEW YORK PUBLIC LIBRARYより

ローズマリーは医学で使用された最も古い植物のひとつ。古代エジプトでは墳墓の中から発見され、古代ギリシアやローマ時代から優れた薬効があると知られていた。記憶力を高め、頭脳を明晰にし、若さを保って老化を防ぐ植物と信じられ、多くの本草書に記録されている。中世のフランスの病院では、伝染病予防のためジュニパーとともに焚かれていた。14世紀、イギリスで疫病が流行した際には、イングランド王エドワード3世に嫁いだ娘の身を案じてその母がローズマリーの枝を送ったという。ローズマリーの名は聖母マリアの伝説に由来しているといわれている。聖母マリアがヘロデ王の軍隊に追われ、幼いキリストとエジプトに逃れる途中、青いマントを白い花の咲く灌木に掛けて眠ったところ、朝には花がマリアの清らかさを象徴する青色に変わっていた。そこから「ローズ・オブ・マリー(マリアのバラ)」と呼ぶようになったともいう。常緑で香りがいつまでも残ることから、中世では不変の愛と忠誠のシンボルとされ、いまでもヨーロッパでは魔よけのハーブとして、伝統的な祭礼や儀式に使われている。

出典:ハーブのすべてがわかる辞典 ナツメ社 p.222より

 ローズマリーは、アロマオイルとして使われたり、肉料理などでもよく見かけると思います。本当にいろいろな場面に利用されています。その香りの凄烈さにいつも目が開かれます。植えられているローズマリーを撫ぜてその匂いを嗅ぐのがとても好きです。可愛らしい花は季節を問わずに咲くということ。散歩の時に探してみてください。

 次回の『ミトシャの植物採集プラントハント』は
 イバラ
 お楽しみに! 
 それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。

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