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【ミトシャの植物採集】 第9話 ヤドリギ

作:石川葉 絵:茅野カヤ

 みなさ〜ん! あけましておめでとうございます! なんでも日本では『うさぎどし』というものに当たるらしいではないですか。ミトシャの年だよ〜。また、たくさんの植物を紹介しますので、どうぞ、この一年もよろしくお願いします!

ハッピーニューイヤーミトシャ

 それでは、ミトシャの棲む小夜色の世界に戻りましょう。小夜色の世界も今は冬の真っ只中です。小夜色の世界の冬は長く暗く厳しいです。それでも植物たちが暮らしてゆけるのは、人のような姿になって過ごしたり、冬眠をするようになったからかもしれません。
 そんな季節の中を、とぼとぼ歩いている姿がありました。三つ首兎のミトシャです。
 右首のラトが言います。
「冬に動いている植物なんていないから、帰ろうよ」
 左首のレトが言います。
「そうしよう。クリスマスのお祝いをしたヒイラギの家に泊めてもらおうよ」
 真ん中首のセトが答えます。
「ダメだよ! 冬に元気な植物だってきっといるんだから! ヒイラギやモミノキだってそうでしょう」
 ラトが言います。
「彼らには、冬じゃなくたって会えるじゃん。冬しか会えない植物なんていないんだよ」
 三つ首兎は、それぞれに言いたいことを言いながら歩いていました。
「あれ、ここ、どこだろう?」
 ミトシャは言い合ううちに森の中へと迷い込んでしまったのでした。
 冬の森は暗く、不気味です。恐ろしい姿の影や、奇妙な鳴き声が聞こえてきます。
 人の姿をしていない植物たちも、かさかさの腕を伸ばして、今にもミトシャに襲いかかりそうです。
「早く森から出なくっちゃ」
 慌てるミトシャの後ろから不気味な鳴き声が追いかけてきます。
 怖くなったミトシャは、とうとう走り出しました。真っ暗な森の中を闇雲に駆け回ります。
 もう、すっかり息があがって、ミトシャは走れなくなりそうでした。その時、遠くの方に、ともしびのようなあかりが見えました。
「あかりだ!」
 窓からこぼれる光だと思ったミトシャは、さらに速度をあげました。
 ひときわ光るそれは、大きな木の上にありました。ミトシャが近づくと、するすると降りてくるではありませんか!
「こんな真冬に、森の中を歩いているなんて君は誰だい?」
 金色に光っているのは、人の姿をした植物でした。

金色に光るヤドリギ

「わたしはミトシャ。道に迷ってしまって」
「そうかい。僕はヤドリギっていうんだ。冬の間、葉が散ってしまう落葉樹のかわりに冬の森をにぎやかにするのが僕の仕事さ」
 暗い冬の森にぽつぽつとともしびが灯ってゆきます。それはヤドリギの実の光でした。
「そして君みたいに冬の森に迷いこんでしまった人をもてなすことが喜びなんだ。しかもひとりなのに三人分なんて嬉しいね。もちろん、僕の家に寄ってくれるよね。といっても、それも落葉樹のブナの家なんだけれどね。冬の間、寝室で眠ったきりになるブナの代わりに過ごしているんだ」
 ミトシャはヤドリギに案内されて、大きなお屋敷の中に入りました。
「わあ!」
 ブナの家はオーナメントで飾り付けられ、クリスマスがまだ続いているようでした。
「これを食べ終わるまではクリスマスは終わらないよ。ぜひ、誰かといっしょに食べたいと思っていたんだ」
 テーブルの上に用意されたのは、丸型の大きなパイでした。
「これはガレット・デ・ロワというお菓子なんだ。このパイには秘密が隠されているんだよ」
 ヤドリギは、三つ首兎に一切れずつ、パイを分けてくれました。自分の前にもひとつ置きました。
「さあ、召し上がれ」
 いただきま〜す、とあまいお菓子が大好きなミトシャはそれぞれむしゃむしゃと食べ始めます。その時、真ん中首のセトの前歯にカチンと何かがぶつかりました。
 セトが怪訝な顔をしてつまむと、それは天使の形をした小さな人形でした。
「おめでとう! 君が今年の王様だよ。ガレット・デ・ロワにはフェーブという陶器の人形を入れるんだ。それが当たった人にはこの冠をあげよう」

冠を戴くミトシャ

「この王冠をかぶる君にはきっと素敵なことが起こるに違いないよ」
 ヤドリギとミトシャは夜更けまで楽しく過ごしました。丸くて大きなガレット・デ・ロワもぺろりと平らげてしまいました。
 ヤドリギが言います。
「僕は、他人にやっかいになってばかりいるから、いつか誰かにおもてなしをしたいと願っていたんだ。それがガレット・デ・ロワの日にかなってとても嬉しいよ。君はこんな冬の森で何をしていたんだい?」
「わたしは、神様のお使いで、エデンガーデンから出て行った人の様子をお知らせするのです。あなたはエデンガーデンに住んでいましたか?」
「うん。僕は、エデンガーデンの光が大好きだ。でも、この常夜の世界の冬には明るさがないだろう? だからその明かりになるためにやってきたんだ。いつか、みんながエデンガーデンに戻るときになったら、そうだな、ブナの肩に乗せられて帰ろうかな。それまでは、エデンガーデンを思い出すための光を灯しつづけるつもりだよ」
 ヤドリギとミトシャは神様の話やクリスマスの話をたくさんしました。夜更けまでクリスマスの讃美歌もたくさん歌って過ごしました。

ミトシャの植物採集プラントハント 第9話 おわり

***

 ミトシャの植物採集プラントハント、お楽しみいただけましたか? 
 さて、小夜色の世界でのヤドリギはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。

出典:Artvee より

このヤドリギは、聖地やシナイの、エジプトミモザやアカシア・セヤル Acacia seyal を含む、いろいろなとげのあるアカシアの灌木や木に、ふんだんに寄生しています。このヤドリギの花が満開になると、花の色が燃えて輝くような色なので、灌木や木が炎に包まれているように見えます。そのようすは、宿主植物の緑の葉と黄色い花に対して、きわだった対照を作り出します。

出典:聖書の植物辞典 八坂書房 p.40より

 こちらの引用文はヤドリギの花についてですが、この物語では、冬に実をつけたヤドリギが登場しています。ボタニカルアートでは白色の実ですが、わたしは金色の実をつけたヤドリギを見たことがあります。花屋さんに飾られていたのですが、それは色の乏しい季節に圧倒的な存在感がありました。最近は、過剰に刈り取られて数が減っているらしく残念なことです。
 物語や引用文にあるように、ヤドリギは寄生植物です。鳥に種を運ばれて、その糞から発芽します。辺りが枯れた木々の中、ひときわ目立つ植物です。

古くからヨーロッパでは宗教的に神聖な木とされ幸運を呼ぶ木とされてきた。冬の間でも落葉樹に半寄生した常緑樹(常磐木)は、強い生命力の象徴とみなされ、西洋・東洋を問わず、神が宿る木と考えられていた。
人類学者のジェームズ・フレイザーの著作『金枝篇』の金枝とは宿り木のことで、この書を書いた発端が、イタリアのネミにおける宿り木信仰、「祭司殺し」の謎に発していることから採られたものである。古代ケルト族の神官ドルイドによれば、宿り木は神聖な植物で、もっとも神聖視されているオークに宿るものは何より珍重された。
セイヨウヤドリギは、クリスマスには宿り木を飾ったり、宿り木の下でキスをすることが許されるという風習がある。これは、北欧の古い宗教観に基づいたもので、映画や文学にもたびたび登場する。

出典:Wikipedia

  とても神秘的ですね。
 また、今回はガレット・デ・ロワよいうお菓子も登場しました。フランスで公現祭というお祭りの時に食べられるお菓子です。公現祭とは、

また、スペイン語圏、ポルトガル語圏やイタリアでは、子供たちがプレゼントをもらうのは伝統的にはクリスマスではなく公現祭の日(1月6日)である。東方の三博士がイエスに贈り物をもってきたという聖書の記述にちなむ風習である。

出典:Wikipedia

 このようなお祭りで、クリスマスから公現祭までをクリスマスの時と考えてもよいようです。年が明けてもクリスマスのお祝いは続きます。

 次回の『ミトシャの植物採集植物採集プラントハント』は
 ローズマリー
 お楽しみに! 
 それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。

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