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【ミトシャの植物採集】 第8話 ヒイラギ

作:石川葉 絵:茅野カヤ

 甘くかぐわしい香りがミトシャの鼻をくすぐりました。匂いに誘われてふらふらとミトシャは茂みの方へ歩いてゆきます。
「痛い!」
 セト、ラト、レトのミトシャ三羽はいっせいに叫び声をあげました。
 いったい、なにがあったのでしょう?
 どうやら茂みを作っているとげとげの葉っぱで手を引っ掻いたようです。
「どうしたの?」
 そのとげとげの葉っぱを体じゅうにまとった小さな植物があらわれました。

とげとげ葉っぱの子どもの姿

「おけがをしたの? あたし、おくすり取ってくるね」
 そういうやいなや、その小さなとげとげ姿は駆けてゆきます。
 またたくまに戻ってくると、先ほどの甘い匂いに似たクリームを傷口に塗り付け、絆創膏を貼りました。
 ミトシャはその手際のよさに感心しました。
「ママのお薬ぬったから、すぐによくなるよ」
「ありがとう。君はこの辺に住んでいるの?」
「そうだよ。ついてきてよ。お家を案内してあげる」
 とことこと歩くとげとげ姿の後ろをミトシャはついていきます。
 しばらく歩くと、こちらもまた、とげとげの葉っぱにくるまれた家が見えてきました。ミトシャは立ち止まります。
「あれが、あたしのお家!」
 ミトシャは心配そうにつぶやきました。
「傷だらけにならないかなあ……」
 そんな声は耳に入らないようで、とげとげ姿は「おともだち、つれてきたよ〜!」とその家の中に入っていきます。
 ミトシャもおそるおそる、その家の中に入りました。
「おじゃましま〜す……。わあ!」
 家の中に入ったミトシャは、思わず歓声をあげました。
 その部屋の中央に、りっぱなモミノキが立っていたのです。
「みてみて〜!」
 とげとげ姿がモミノキに抱えられてミトシャに手を振っています。そして、モミノキの方を向くと、その体にいろんなの形をしたオーナメントをつけてあげるのでした。

オーナメントの飾り付け

 その家の中は、たくさんのオーナメントで飾り付けられていました。
「「「クリスマスだ!」」」
 ミトシャは三羽そろって声をあげました。
「クリスマスおめでとう〜!」
 とげとげ姿がモミノキにおろされて、ミトシャにオーナメントを手渡します。
「好きなところにかざっていいよ」
「こんにちは。わたしたちはヒイラギ。この子はわたしの娘です。三つ首の兎さんには初めてお目にかかります。さあ、どうぞあたたかい葡萄酒を飲んでください」
 甘いにおいはテーブルからただよってきます。おいしそうなごちそうも用意されています。
 ミトシャはテーブルに着きましたが、その途端にそわそわしはじめました。招待されていないのに、席についちゃっていいのかな……。うつむき加減のミトシャにモミノキが声をかけました。
「兎さん、立派なカメラを持っているじゃないか。食事の前にわたしたちを撮ってくれないかな。わたしたちは、もうすぐ家族になるんだが、特別な式を挙げたりはしないのでね。よかったらお願いできないかな」
「もちろん、喜んで!」
「悪いね。食事の前に仕事をさせちゃって」
「これは仕事じゃなくて神様のお使いなんです」
 もみの木はほお、と声をあげました。
「それはどんなお使いなんだい?」
「はい。神様はエデンガーデンから出ていった植物のことをとても心配しているので、今、どんな風に過ごしているのかお知らせするのです。そしてできれば、エデンガーデンに帰ってきて欲しいと思っています」
「そうか。エデンガーデンは懐かしいな」
 モミノキは遠い目をしました。
「ヒイラギのおふたりもエデンガーデンにいましたか?」
 すると、ふたりは顔を見合わせて、うつむきながら首を振りました。
「わたしたちは、エデンガーデンの外で生まれた者です。ですから、本当は、このようにクリスマスをお祝いする資格などもないのかもしれませんね」
「そんなことありません!」
 ミトシャが大きな声をあげました。みんなびっくりしていっせいにミトシャの方を向きます。
「神様は、この常夜の世界のことも、とても気にして心配しています。だからわたしにお使いを頼んだんです。それにクリスマスは、エデンガーデンの外の人にも救いが与えられた、大事な日です。救いの御子がお生まれになったことをお祝いする日ではないですか。さあ、みなさんの写真を撮りますよ。神様を慕う人がこんなにたくさんいるんだって、お知らせしなくてはなりませんから!」

モミノキとヒイラギ親子の肖像

 写真を撮ったあと、みんなでお祈りをしてクリスマスのお祝いの食事をはじめました。
 とても穏やかで和やかな時間でした。
 ミトシャはエデンガーデン生まれではない人も神様をとても慕っているのだとお伝えしなくては、と心に決めました。もちろん神様はそのことをご存知で、祝福を与えてくれるに違いありません。だったら、とミトシャは考えます。神様を知らない人に神様のことをお伝えすることも大事なことかもしれないな、と思いました。

ミトシャの植物採集プラントハント 第8話 おわり

***

 ミトシャの植物採集プラントハント、お楽しみいただけましたか? 
 さて、小夜色の世界でのヒイラギとモミノキはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。

出典: THE NEW YORK PUBLIC LIBRARYより

 ツタとヒイラギ Ilex aquifolium は、いつも宗教儀式や祭礼と結びついています。ツタは、古代ギリシア人がバッカスに捧げた植物の一つでした。ヒイラギは、ローマ人が農神祭(紀元前673~640年)に使いました。知人や仲間に、葉のついたその枝を贈るのは、友情のしるしでした。キリスト教の教会は、ヒイラギやツタを使う習慣を取り入れましたが。これは、人々の習慣は、非難して抹殺するよりも、取り入れる方がやさしい、という長年の経験にもとづいて、異教の礼拝の特色や要素を取り入れる政策に従ったものでした。

出典:聖書の植物事典 八坂書房 p115-116より

 ヒイラギはクリスマスの装飾として、よく用いられますが、元々は別の宗教に使われていたモチーフのようです。今回の物語に登場するヒイラギは、キリスト教徒の植物になっていますが、エデンガーデンにいなかったということは、誰かにイエス様の福音を伝え聞いて、クリスチャンになったのでしょうね。

出典: THE NEW YORK PUBLIC LIBRARYより

「モミ」は、「えり抜きの」「上質の」樹木として、よくレバノンスギと並べて語られます。レバノンでは、レバノンスギといっしょに生育していた、と考えてもよいでしょう。ソロモンの寺院の建築にあたって、その材は、床、天井、戸用の木材、また船の甲板のたるき、楽器、特にハープやリュートの材として使用されていました。

出典:聖書の植物事典 八坂書房 p232より

 モミノキはクリスマスツリーとしてよく知られています。ヒイラギに飾り付けられて、自らクリスマスをお祝いする象徴となっています。実はモミノキを使うことも元々は異教の慣習であったと言われています。今回登場するモミノキは、エデンガーデンにいましたから、元々、イエス様への信仰があるのかもしれませんね。

 家族となるヒイラギとモミノキですが、実際にそういうことはあるのでしょうか。見た目が異なっても、信仰を同じくするものがいっしょになることはおかしなことではありません。心が大事ということです。
 クリスマスの季節です。家族のこと、心のこと、信仰のこと。鈴の音を聞くたびに、ミトシャといっしょに少し考えてみませんか?

 次回の『ミトシャの植物採集プラントハント』は
 ヤドリギ
 お楽しみに! 
 それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。

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