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【ミトシャの植物採集】 第11話 イバラ

 作:石川葉 絵:茅野カヤ

 エデンガーデンで何不自由なく過ごしていた時を思い出して、ミトシャはひとつため息をつきました。
 春が近づき、エデンの門が開かれる日はもうまもなくです。
 ため息をついたミトシャの鼻先をひとひらの蝶々がかすめて飛んでゆきました。

(おいしい木の実をあふれるほど食べていたっけ)
 懐かしくなり、追い出された時のように、おいおいと泣き出したい気分になりました。
 そこをぐっと我慢します。
「だってわたしのせいだもの」
 ミトシャはひとりつぶやきます。
 ミトシャは自分の行った悪さを思い返しています。

 いつでも春の陽気に満ちているエデンガーデンですが、その日はとりわけ心地のよい日でした。


蝶を追いかけて遊ぶミトシャ

 蝶を追いかけて駆け回っていたミトシャは、しだいに森の奥のほうへと向かうのでした。そして、森の奥で不思議な穴を見つけました。
 三つの首でそれぞれ交互にのぞきこんでみましたが、奥に何があるか、暗くてまったく分かりませんでした。
 首を傾げて座っていると、その穴から一匹のハエが飛んで出てきました。
 そのハエがしゃべります。
「おい、三つ首。お前はおれのすみかを壊したな!」
 ミトシャはお互いの首を見合わせてからうなずき
「そんなことはしていないよ」
 と答えました。
「いいや、確かにお前が壊した。昨日、蜂蜜を食べただろう」
 ミトシャは確かに昨日、ミツバチの巣を壊して蜂蜜を食べました。
「でもあればミツバチの家だろう?」
 ラトが言います。
「おれはあの家にいそうろうしていたんだ。お前のせいで、住むところがなくなって、こんな暗い穴底暮らしさ」
 ミトシャはそのハエのことをあわれに思いました。
 ハエはブンブンとうなっています。
「でもまあ、ゆるしてやらないこともない」
「どうやって」
 ミトシャは身を乗り出しました。
「このガーデンエデンの真ん中に生えている二本の木からその実を取ってくるんだ」
「それは神様に禁止されていることだからできないよ」
「じゃあ、おれの寝床を壊したことを神に訴える!」
 ミトシャはお互いの顔を見合わせて、それぞれ口を開きました。
「わかった」とラト。
「わかった」とレト。
「できない!」と、セトは叫びます。
「ラトもレトもダメだよ! 神様の言いつけを守ろうよ。神様に怒られたっていいじゃないか。正直に言おうよ。きっとゆるしてくれるよ」
「あの実を持ってくれば黙ってるってこのハエが言うんだ。バレなきゃいいじゃないか」
 セトの訴えにラトが答えます。レトもうなずいています。「人の家を壊したなんて聞いたなら、神様、もっと怒ると思うよ」
 二つの首に引っ張られてセトとミトシャの体は園の真ん中につれて行かれました。

そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。
創世記 3章6節

出典:聖書 新改訳©2003 新日本聖書刊行会

 このように聖書に書かれている通り、三つ首兎の瞳にもそれはとても麗しいものでした。セトもすっかり魅了されてしまいます。気がつけば、夢中でその実をもぎとっていました。
 すぐにハエに届けようと森の奥に向かいましたが、穴やその周りをいくら探しても姿が見当たりません。
「このままじゃ悪くなっちゃうよ」
 爛々とした瞳のラトが言います。
「食べちゃおうか」
 レトも今にもよだれが垂れそうです。
 セトだけは、そんな気持ちになれないでいました。なぜなら、その実は食べてはいけないのはもちろん、触れてもいけないと神様に言われていたからです。
 その時です。
「ミトシャは、どこにいるのか」
 神様の声がすぐそばで聞こえました。その声を聞いてミトシャはふるえあがり、その実を落としてしまいました。ころころと茂みの向こうへ転がってゆきます。
「ミトシャよ。お前は、言いつけをやぶってしまったのだね」
 それは、ミトシャが聞いたことのない、神様の悲しい声でした。
「ミトシャ、わたしはお前をこの園から追放する。悪いことをしたら、その罰は受けなくてはならない。分かるね? その罪のゆえに、」
 バーン、と何か扉の閉まるような大きな音がしました。ミトシャが驚いて振り向くとそこには、あの天使と炎の剣があるのでした。もう、エデンガーデンには入ることができないことをミトシャはさとりました。

 それでも神様は、ミトシャをあわれんで、植物採集者の仕事を与えられたことは物語のはじめにお話ししましたよね。ミトシャはその実をもぎとりましたが、食べることはしなかったので、今も神様の声を聞くことができます。おそろしくて姿を見ることはできませんでしたが。

 そして洋服を着ることを覚えたミトシャは、今日も神様のお使いとして探検帽をかぶり、植物たちのゆくえを追いかけています。
 その時、ぶんぶんとうなる羽音が聞こえてきました。
「おや、お前はあの時の三つ首兎じゃないか」
「お前は、あの時のハエ!」
「悪いことをすると追い出されちゃうんだ。もう、神様のことなんて嫌いだろう? いっしょに悪いことをして楽しく遊ぼうぜ」
 ハエはホバリングをしながら、ニタリと笑っています。
「お前が、ぼくらをだましたんだ!」
 ラトが食ってかかります。
「なんのことかな?」
 ハエはとぼけてゆうらゆうらと飛び回っています。
「お前のせいだ!」
 ラトがハエに殴りかかろうとした時、ひゅっと空が裂けるような音がしました。ミトシャとハエの間にするどい鞭がしなりました。
「屍肉に群がる飛ぶ者。疾く去りなさい」
 その鞭を振るった人は、全身棘だらけの緑の人でした。

鞭を手に持つイバラ

 ハエはたちまち飛び去りました。
 ミトシャは緑の人にお礼を言いました。
 緑の人は答えて言いました。
「どういたしまして。君は植物採集者のミトシャだろう。知っているよ。君がエデンガーデンから追い出されたことも」
 ミトシャは悲しい顔になりました。
「僕もね、神様にひどいことをしたことがあるんだ」
 ミトシャははっとして、その緑の人を見上げました。
「僕はイバラ。神の子の額を傷つけて、血だらけにした張本人さ。人となられた神様に、とこしえの昔から預言されていたこととはいえ、とんでもないことをしてしまった。神様を苦しめることは、とても罪深いんだ。
 それでも、忘れてはいけないよ。僕や君の代わりに罪を背負ってくださった方がおられることを。だからこうやって君は神様からお仕事をもらえるんだ」
「その方はどなたですか?」
「僕が苦しめたその方だよ。君も旅の間に出会えるといいね。僕はひと足先にエデンガーデンに戻っているよ。そのことを記念したお祭り、復活祭に君もエデンガーデンに帰ってくるだろう?」

 一年に一度開かれるエデンガーデンの門、その日が近づいていました。
 去ってゆくイバラの背中を見ながら、自分は神様を傷つけたのだ、そのことが罪なのだ、と考えるのでした。

ミトシャの植物採集プラントハント 第11話 おわり

***

 ミトシャの植物採集プラントハント、お楽しみいただけましたか? 
 今回は、どうしてミトシャがエデンガーデンを追い出されてしまったのかについてのお話でした。このくらいならいいだろう、と考えて、私も小さな悪いことを重ねてしまいます。それは、確実に神様の目には悪と写っているのです。ですが、イエス様の十字架のゆえに、人の罪は赦されています。ミトシャもきっとそうでしょう。次回は、イエス様が十字架で死なれ、そこから復活したことをお祝いする復活祭の物語となります。お楽しみに。今は、今回の物語の登場者についてお話ししましょう。

生命の樹 出典: THE NEW YORK PUBLIC LIBRARYより

 エデンガーデンの中央には二本の樹、生命の樹と知恵の樹があります。人間は知恵の樹の実を食べたので、善悪の知識を得たとされています。このときエバを唆したのが蛇、サタンです。では、ミトシャに声をかけたあの蝿は何者でしょう。


ベルゼブブ 出典:wikipediaより

 それは蝿の王と呼ばれるベルゼブブでしょう。サタンの一人です。サタンはいつでも人間を誘惑しようと狙っています。ですからイエス様に常に頼って生きることが大事です。そして、この蝿の王を追い払ったイバラは、私たちの世界では、このような感じです。

Han-thorn 出典: THE NEW YORK PUBLIC LIBRARYより

 こちらが、イエス様のイバラの冠かは、定かではありません。色々な説があるようです。

 多くの研究者が、キリストの冠を作った「イバラ」はZizyphus spina-christ だと信じ、事実種名もこの考えにもとづいてつけられています。このとげのある植物は、十数メートルの高さになることもよくある樹木で、兵士たちが使った植物である可能性もありますが、証拠から見るとパリウルス・クリスティ Paliurus spina-christi の方に分があるようです。

出典:聖書の植物事典 八坂書房 p.79より
Han-thorn 出典: Artveeより

 イエス様の被ったイバラの冠がこちらです。

 次回の『ミトシャの植物採集プラントハント』は
 エデンガーデン
 
ミトシャの旅のひとつの終着点です。
 お楽しみに! 
 それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。

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