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ある冬の日のお仕事(前編)

ヘルバ・フロールに移住して二度目の冬を迎えた。朝早くから、この国らしいからっ風がびゅうびゅう吹いている。太陽の光が差し込んでも、ぼくはまだ布団にくるまっていた。

「さむ……。何もやりたくなぁい」

いつもなら、ヨウカンぬいちゃんたちが家のことをパパッとやってくれるんだけど、年末のお休みで旅行に行ってしまった。いまこの家には誰もいない。

いい加減、起きてご飯を作ろうかなと思ったとき、ちりんちりーんと玄関のベルが鳴った。

「しらたき殿!」
「おーいしらたき! 生きてるか!」

げ! カシアさんとキュンだ。こんな朝はやくから来るってことは、仕事の依頼にきまってる。イヤだなあ。めんどくさいなあ。

「はーい、生きてるよー」

とりあえず心配させないように大きめの声で返事をした。まだ起き上がる気分じゃない。ぐるんと寝返りをうって、頭から布団をかぶろうとしたらまたベルが鳴った。

「しらたき殿! 仕事ですよ! すぐに来てもらわなければ困ります!」

ああ、やっぱりだ。「しごと」という音が布団に潜っていてもはっきり聞こえる。これ以上、抵抗したら、あとで二時間はお説教をくらうかもしれない。素直に従うことにした。

ぼくはブラシで髪の毛をサッとなでたあと、いつものツナギを着て、冬用のコートを羽織った。カバンの中に干し肉と堅めのパンが入っている。朝ごはんはそれでいいや。髪の毛はちょっとハネてるけど、これくらいなら大丈夫でしょ。

玄関の戸をガラッと開けると、すぐ目の前にカシアさんが立っていた。何か言いたそうな顔でこちらを睨みつけている。たがいの鼻がくっつきそうなくらい近い。ぼくは気まずくなって、そっと半歩下がった。

「え、えへへ。寒くて布団から出られなかったの」

へにゃっと半笑いして言い訳すると、カシアさんは肩をスンと下ろして深いため息をついた。そのうしろで、キュンは「いつものことじゃねえか」と笑っていた。

ふたりとは、ぼくがまだ別の国に住んでいたときに知り合った。冒険者たちが集まる酒場で飲み仲間を探していたら、奥のテーブル席から大声が聞こえてきた。他のお客さんが騒いでいても聞こえるくらい、よく通る低い声だ。近づいてみると、カシアさんがキュンにお説教をしていた。

「カミルレの騎士たる者が賭博に興じるなど……恥ずかしくないのですか!」

カシアさんは、キュンの前に置かれている宝石を指差して怒鳴った。どうやらカジノの景品らしい。どんな効果があるのかは知らないけど、景品になるくらいなんだからかなりレアものなのかな。

「カミルレの騎士がカジノに行っちゃいけないなんて規則に書いてなかっただろ。ちゃんと勝って景品もらってきたし。全然恥ずかしくねーよ」

キュンは口をとがらせて、ブロンドの髪を指に絡ませた。

「規則に書いてなくとも、騎士としてふさわしい行動というものがあるでしょう! そこの貴方もそう思いませんか!」
「え! ぼく?」

いきなり話を振られてびっくりした。ほかの人に言ったのかと思ったけど、カシアさんはたしかにぼくを見ていた。

「え、えっと……。騎士っぽい行動ってあると思うし、それを大切にするのはいいことだと思うよ。で、でも、そのおかっぱのお兄さんの言い分もちゃんと聴いてあげたほうがいいんじゃないかな?」

キュンは突然現れた味方に眼をキラキラさせた。カシアさんは、そうだねと言わなかったぼくをじいっと見つめている。

なんだかヘンな雰囲気になっちゃった。

「あ、あの。ぼく、飲み仲間を探してただけなんだけど……。よかったら、最初から話を聞かせてよ」

この気まずい雰囲気を変えようと、ぼくは空いた椅子に座って、二人の話に耳を傾けた。

ここまでは覚えているんだけど、その後の話がぜんぜん思い出せない。覚えているのは、たくさんお酒を飲んで、のどが焼けるまで喋ったことと、宿のベットに倒れ込んで日が沈むまで寝たことだけだった。けれど、それからぼくたちは一緒にご飯を食べたり、困ったときに助け合ったりするようになった。

ふたりが国へ帰るとき、ぼくも一緒についていくと決めた。当時のぼくは、あれこれと思い悩んでばかりで、早くやり直せる場所を見つけなきゃと焦っていた。いきなりここで暮らしたいと無理を言ったのに、彼らは仕事も、住む家も、全部なんとかしてくれた。もちろん、ふたりにはとても感謝している。

けれど、ぼくにはどうしても不満なところがひとつあった。

「ねえ、キュン。今日はなんの依頼?」
「犬を探してほしいんだと。散歩してたら逃げちまったらしい」
「え、なにそれ。駆け出し冒険者の依頼じゃん!」
「まあいいだろ。運動になるし」
「よくない! この国平和すぎ! もうちょっとなんかあったっていいのに!」
「平和なのはいいことじゃねえか」
「そうだけど……」

ヘルバ・フロールは、よその国と争っていないし、凶暴なモンスターもあまり居ない。だから騎士団の人たちも、住民に頼まれて畑仕事とか、おつかいとか、逃げた犬を探すとか、駆け出し冒険者みたいなことばかりしている。

カシアさんもキュンも、戦うと強い人なのに、外に出ればたくさんやりがいのあるお仕事があるのに、どうしてこんなことやってるんだろう。

目線を下に向け、そんなことをウーンと考えて歩いていたら、前を歩いていたカシアさんが急に止まった。顔を上げると、丸太でできた素朴な一軒家が視界に入った。玄関から少し離れたところには、空っぽの犬小屋が建っている。そっか、もう依頼人のおうちに着いたんだ。

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