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第59回 カウンセラーのTシャツと言葉のサラダ 初詣を終えて、ゴールデングローブ賞とナウシカの世界観を体験する

カウンセラーとスタッフの日常会話の記録です。

Mi代表:深層心理学が専門のカウンセラー。Mitoce代表。
すたっふ:カウンセラー見習いのスタッフ。少々オタクらしい。


Mi代:宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』がゴールデングローブ賞を受賞しました。

すた:ああ、そうですね、おめでとうございます。

Mi代:あの先品が海外でも評価されるのはうれしいですが、ほかのノミネート作品をみると、受賞するのは当然なのかなと考えたりもしました。

すた:というと?

Mi代:ノミネートされたのが、ディズニーの作品の『マイ・エレメント』と『ウィッシュ』、あとは新海誠監督の『すずめの戸締り』、あとは『スパイダーマン』と『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』です。
そういった作品と比べると『君たちはどう生きるか』が選ばれるのは当然かなと。作品の持つメッセージの強さから考えるとですが。従来のアニメ作品とは大きく違うテイストだと思うので。

すた:私はスーパーマリオを観ましたが、マリオ好きには良いでしょうが、私はあまりマリオを知らなかったので、なんだかよくわからない映画でした。

Mi代:そうかもしれませんね。マリオファンにはたまらないシーンがたくさんあるようですが、そうでない人には楽しめないかもしれませんね。次はアカデミー賞の選考があるのですが、『千と千尋の神隠し』以来の受賞が期待されます。
あと今日は、初詣に出掛けてきたのですが、そこで宮崎駿を思い出す光景に出会いました。

すた:どうしたのですか?

Mi代:私はオフィスからしばらく歩いたところにある戎神社に行きました。そこは以前は八幡神社だったのが、戎神を勧請して戎神社になった場所です。地域の小さな神社という趣で良かったですね。丁度、十日えびすの時期でしたので、境内に屋台も出ていて。「商売繁盛笹もってこい!」という音楽が流れていて、それに合わせて大阪のおばちゃんが、笹をもって踊っているという光景でした。最近は大きなお祭りだと、屋台で売っているものも値段が高いのですが、近所の子どもも買えるような値段で。スマートボールもあったりして、懐かしさを感じました。
ちなみに八幡神も戎神も水や海と関連のある神様ですね。私の訪れた神社は川の近くにあり、渡し船が昔出ていた場所です。水上交通の要所ともいえるので、そういった水に関連する神様が置かれたのだと思います。
その帰り道に河川敷を歩いてきました。そこは葦の原が1キロ近くも続く場所です。1月の寒い日なので葦は枯れていましたが、2メートル以上の枯れた葦が川の中に群生しています。その隙間に、水鳥のカモなどが泳いでいて、にぎやかに鳴いていました。
この葦の原の辺りは、再生された干潟で。以前に護岸工事で失われていた川岸に土を戻して、干潟を再生した場所なのです。そこの光景をじっとみていて、人間と自然との関係について思い巡らせていました。

すた:どのような思いですか?

Mi代:その川辺にある葦の原の光景は、100年ほど前には日常の光景としてみられたと思います。数百年前も多分、その川には葦の群生がみられてたと思います。それが近代化の中で失われた。しかし、土を戻すことで干潟が再生しました。都会に流れる川でシジミが取れるそうです。すごいですね。
このとき、人間ができたことは護岸を整備したことと土を戻すことです。人間の努力によってシジミがとれるような干潟を再生できたという人もいるかもしれませんが、あくまで人間ができるのは条件を整えただけだなと思って。シジミを含めた多様な水生動物をもたらし、水生植物を育てたのは自然の力としか言えない。それは人の直接的な手によって行われたのでなく、生態系の自然回復力によって再生したといえるのではないでしょうか。あくまで人間は手助けをしただけともいえる。あとは何千、何万、何億という生物が働いた結果として回復した。それは人間の能力を超えていますよね。人間ができることはあくまで限られている。条件をある程度整えるだけだなと。これは心理療法にもあてはなるなと思って。


春に撮影したの葦の原

すた:自然治癒力の話ですね。

Mi代:そうですね。心理療法でも同じように、できることはあくまで自然治癒力が働くように、条件を整えるだけじゃないかなと。条件を整えると、あとはこころが自然治癒力を発揮するのを待つしかない。だから心理療法で「この症状には、こういうアプローチで良くなった」という単純な対処法は、表面的な話なのじゃないかなと。
「川にたくさん魚を連れてきました。それで川に魚が戻った」と話しているようなもので。魚が自然と増えていくような環境を創れているわけではない。でも、そんなセラピーが多いのではないかなと。あたかも「自分たちの技法で治した」かのように主張するセラピーば多いかなと。そして、そのようなセラピーは、本来の自然治癒力を活かしきれず、いずれ行き詰まるのかもしれない。

すた:それは認知行動療法とかですか? たしかに表面的に症状消失を目指すセラピーだけだと、上手くいかないことがそのうち出てくるだろうと思いますが。でもMi代表のように色んな条件を整えて、自然治癒力が発揮されるのを待つというセラピーができる人は、どんどん減っていくと思います。

Mi代:今回はそのあたりも考えて、結局、自然に合わせたものは残るのじゃないかなと思いました。あくまで表面的なかかわりは、効果が続く期間も短い。でも自然に沿った営みはもっと長い年月をかけて残ってきていたものです。自然治癒を支えるような心理療法は、案外残る余地はあるのかなと思いました。私が取り組んでいるような、こころを深層構造で考えるということは、仏教思想でいえば唯識思想ですが、もうすでに1500年以上の歴史があります。認知行動療法はまだ半世紀程度です。やはり歴史を越えて残ってきたものの重さはあるかなと思います。というか自然という営みに、結局人間はかなわないと思います。
あと、この辺りは風の谷のナウシカにもつながる話だなと。

すた:結局、Mi代表はオタク系の世界に戻る…。

Mi代:というか葦の原の様子をみて、マンガ版『風の谷のナウシカ』を思い出したのです。ナウシカの世界観では人類は滅び去り、地球を浄化するものとして腐海が現れます。マンガ版ではその腐海が尽きて、自然が回復した場所が描かれるんですね。そこには水草の上を飛ぶ水鳥がいます。そういった光景を思い出しました。
今回、見ていた葦の原の向こう側には、高層ビルが立ち並んでいます。つまり一方にはコンクリートに囲まれた現代の街の様子がみえる。しかし、その近くでは人類が文明を持つ前から繰り返されていたであろう、川をめぐる自然環境の営みが続けられている。
そういうことを考えたとき、もし今の人間の都市文明が何らかの事情で崩壊したらどうなるのだろうかと。それはデストピアの発想にもなりますが、地球上から人間が絶えたとしても、高層ビルなど人工物はある程度残るだろうなと。しかし長い年月を経て少しずつ腐食していく。そして自然に包まれた世界に戻るかもしれない。それは何万年後の世界だろうなど、と考えていました。このあたりはゲームでは『Last of US』であり『ホライゾン』の世界観につながり、または手塚治虫の『火の鳥』にもつながる話です。
ということで、新しい未来への展望が見えてきた初詣となりました。新年ですので今年もよろしくお願いします。

すた:なんか、良く分からない話で始まりましたが。Mi代表らしいと思います。今年もどうぞよろしくお願い致します。

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