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コンビニバイトで誤って通報ボタンを押したらお札が一千万を超えた話

*スズメを指差したらコンビニバイトがはじまった*

もう10年以上前のこと。
私は敬愛する武者小路実篤(愛称むしゃさん)の後輩になりたくてなりたくて、猛勉強をしていた。
むしゃさんの母校、それは東京帝国大学。
現在の東京大学であった。

むしゃさんと一緒の学校行きたい!の一念で頑張ったものの不合格。
(ちなみにむしゃさんは明治39年に入学して翌年中退しているのでどうせ一緒にはなれない。ってかもう亡くなられてる)

それでも東大目指して、浪人生活がはじまった。自宅にこもって誰とも会わない日々。
受験ノイローゼなりかけの私を心配し、母はよく散歩に連れ出してくれた。
ある時、私はスズメを指差して言った。
「あ、ちゅんちゅん!」
頭が英単語やら歴史用語に支配されていたせいだ。

「…そうだね、ちゅんちゅんだね、スズメ、ね。」母は憐みに満ちた目で優しく教えてくれた。
が、社会と繋がってないとこの子ヤバい、と母は危機感を覚えていたらしい。

かくして私はコンビニでバイトをすることになった。バイト自体はじめての経験だった。

*エア尻けっとばしで知るポンコツ*

お世話になったのは大手フランチャイズのコンビニ。
アラフォーの女性店長は気さくで明るい人だった。店長とおしゃべりするために来るお客さんも多く、ちょっとした地域の憩いの場になってた。
コンビニは人間味のない場所だと思い込んでいたので嬉しい驚きだった。

この店は自動扉ではなく、手動の重いガラス扉だったのだが、店長はそれを気にしてよくこう言った。
「お年寄りや、足の不自由な方が来たら、レジがどれだけ混んでようが、すぐドアを開けにいきなさい!
さもなきゃ、しりをけっとばすからね!」

店長は、困っている人に気づける優しい人だった。

そして「尻をけっとばすからね!」が口癖の人でもあった。


おでんのコンニャクをお客さんの足元に叩きつけてしまったとき、
袋詰めがヘタすぎてお客さんが代わりに詰めてくれたとき、
弁当についてたソースをレンジで温めて爆発させたとき、
店長のエア尻けっとばし、を何度もいただいた。

勉強ばかりで頭でっかちの私は、コンビニではてんでポンコツであった。


*気づかれず押すと自分も気づけない*

その中でも最大の尻けっとばしエピソードを聞いてほしい。

コンビニの仕事を一通り教えてもらい、一人でレジに立ちはじめたころのこと。
店長は留守で、古株の主婦Sさんと二人だけだった。

Sさんは穏やかだけど生真面目なタイプで、一緒にいると少し緊張する。
「私はおにぎりを並べるのが一番好きなんですけど、Sさんはどの作業が好きですか?」
と聞いたら(今考えるとのんきな質問だ…)
「どれが好きか決めると嫌いなものができちゃうから、考えないわ」
と答えられた。いつもちょっと耐えてるように見える、そんな人。

「私バックヤードにいるから、レジよろしくね。何かあったらすぐ呼び出してね」
Sさんはそう言って在庫整理にいき、私は初めてレジにひとりで立った。

すごい!ほんとにコンビニの店員みたい!とひとりでウキウキしていたら、お客さんが三人も並んだ。
しかも一人目は住民税の支払いでややこしそう。

呼び出しボタンを押そう。
すぐに状況判断できる自分、カッコイイ!
手探りでボタンを探す。
お客に気づかれずに押すのに憧れてたんだ〜、とこっそり悦に入ってボタンを押した。

カチリ!

ボタンは力強く押し込まれた。違和感を覚える。
前に練習で押した時はこんなんじゃなかった。
レジ下をこわごわ覗き込んで確認。

あー!!やってしまった!
通報ボタンを押してしまった!

通報ボタンについて、昨日店長に説明されたばかりだった。
「いーい、これ押すと警察に直接通報がいくから。強盗が来たときとか、ヤバい時はとっとと押していいからね。

で、押すとすぐ警察から電話がくるの。
それに出られなかったら、強盗に捕まってるってことで、即パトカーが数台駆けつけてくるから。

それと、もし間違えて通報しちゃった時は、電話で間違いだって伝えて。
それでも強盗に言わされてるかも、ってことでパトカー1台は確認にくるんだって。

いーい、しっかり覚えときなさいよ。
忘れたら尻けっとばすからね!」

あーーー、昨日教えてもらったのに…!
店長ほんとにごめんなさい!


*電話にでなくちゃ、街は騒然*


とにかく冷静に対処しなくては。
ひとまず正しい呼び出しボタンを押してSさんを呼ぶ。

「Sさん、あの、私、今、実はその…」
レジに向かってくるSさんに事情を説明しようとするがテンパって全然言えない。
「お話はお客様への対応が終わってからね。」
優しく諭され、Sさんは隣のレジに入ってしまった。

いやでもこれは、たぶんすぐじゃないと。ああでもお客様を待たせてる…。
あわあわしてると電話が鳴った。
これが警察からの電話ってやつだ!でなきゃっ!

「あの!電話っ!私!でます!」
でようとするとSさんに
「お客様が先!無視して。」
とピシャッと言われた。ああ普段ならそうでしょうが、でも今はこれは…。

ピロロロロロ、ピロロロロロ、ピロロロロロ

電話が切れたらパトカーが何台も来てしまう!
脳内では、連なったパトカーに街は騒然。
微妙な知人らがコンビニを取り囲む。
そこに手錠をかけられ、うつむいた私が連行されていく…。

ああ私、悪いことしたっけ?
無駄に警察を呼んでしまった罪?
でも自分で呼んだから自首ってことで罪軽くなる?
いや、呼んだのが罪なんだってば。

頭がぐるぐるするけど、惰性でお客様対応。
住民税の紙にハンコをポンポン。

ピロロロロロ、ピロロロロロ、ピロロロロロ

呼び出し音8回目。そろそろ切れてしまう?
やはりでるべき?

そこに救世主!次のシフトのMさん登場。
「あ、オレ電話でますよ。」
と私服のままひょいと受話器をとってくれた。神!

「はい、え?警察!?」
Mさんの驚いた声が店内に響く。
私は自分と通報ボタンを交互に指差し、自首をした。おじぎぺこぺこ。顔がカッカとほてる。
無事Mさんに伝わった。
「あ、はい、すみません、こちらの間違いで押してしまったようで〜」
よかった、パトカー1台コースだ…よかった…。

私が質問するたび、ため息つくから苦手だったMさん、ありがとう。
電話とってくれて、ほんとにありがとう。

*止まらぬポンコツが錬金術を起こす*

ひとまずできることは終わった。気を取り直して、お客さんをさばかねば。
人の良さそうなおじさまで、何も言われてないけど、結構待たせてしまっている。

「お待たせしました。お預かり金額の確認を致します。」
平静を装って万札のカウントをはじめる。14万あるはず。
札をきれいに整え、おうぎ形にして一枚ずつめくる。ちょっとマジシャン気分。私もうまくなったものだわ。

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんまん…」

…え?せんまん?なにその額?
まだ数えるお札あるんだけど。
次、億いくんだけど?!

「失礼いたしました!もう一度!いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん…」
あー!!また違う!!!

ふふっとお客様が笑ってくれた。なんていい人。ほんとにポンコツでごめんなさい。

「もう一度、失礼します!えっと、いち…」
落ち着け、自分!
いちの次はなんだ?じゅうじゃない!
いちの次は……にっ!

「いち、に、さん…」
やった!数え方を思い出した!すごいぞ自分!これで東大合格間違いなしだ!

ようやっと14万を数え、深々とお辞儀をしてお客さんを送りだす。
これで私も心おきなく連行されよう…。

その後、安全確認にきてくれた警察官に謝罪。
連行はされなかった。
警察官はちらりと店内を見回し、去っていった。(知能犯が隠れてたら多分やられてた)

「あんたって子は、も〜!」
あとで店長に謝ったところ、エア尻けりを何度かいただきました。
が、それだけ。
「これで分かったから、もうしないでしょ。」
とあっさりお咎めなしのかっこよさ。
一生この人についていこう、と心に決めました。(半年でバイトはやめたけど)

*さあ、オチをつけてみよう*

このくだらないお騒がせ話から何が言いたいのか。

受験勉強より、コンビニバイトの方がずっと学べるぞ!と。
浪人して若き一年を無駄にするより、社会と関わった方がいいよ、と言いたい。
だって、英単語も歴史用語も公式もなんも覚えちゃいないけど、コンビニのことはいっぱい思いだせる。

警報ボタンを押した時のひやっとした気持ち

暇だと時計が驚くほど進まないこと

イチゴミルクとシュークリームを毎日買うイケメン会社員

店長の明るくからっとした話しぶり


役に立つわけじゃないけど面白い。
いきいきとした雑多な記憶が、私の中に今もある。

店長、頭でっかちでポンコツな私を見捨てず育ててくれてありがとう。
今でも私は自分から扉を開けるようにしているよ。
変なボタンを押さないように気をつけてるよ。
だから尻けっとばさないでね、店長。


ちなみに東大はリベンジならず、むしゃさんの後輩にはなれませんでした。残念!







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