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1分で読める青空文庫の短編←小説・詩・随筆おすすめ30作品

私のNAVERまとめからの移転記事です。オリジナルは2013年に作成しました。
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青空文庫から1分くらいで読める短いものを独断で30本、チョイスしてみました。

小説・童話 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : 


芥川龍之介 『商賈聖母』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/3813_27308.html

 天草(あまくさ)の原(はら)の城の内曲輪(うちくるわ)。立ち昇る火焔。飛びちがふ矢玉。伏し重(かさ)なつた男女の死骸(しがい)。その中に手を負つた一人の老人。老人は石垣の上に懸けた麻利耶(マリヤ)の画像を仰ぎながら、高声に「はれるや」を唱(とな)へてゐる。
 忽ち又一発の銃弾(じうだん)。
 老人はのけざまに仆(たふ)れたぎり、二度と起き上る気色は見えない。白衣の聖母は石垣の上から、黙黙とその姿を見下してゐる。おごそかに、悠悠と。
 白衣の聖母? いや、わたしは知つてゐる。それは白衣の聖母ではない。明らかに唯の女人である。一朶(いちだ)の薔薇(ばら)の花を愛する唯の紅毛の女人である。見給へ。その女人の下にはかう云ふ金色の横文字さへある。ウイルヘルム煙草商会、アムステルダム。阿蘭陀(オランダ)……
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入力:土屋隆
校正:松永正敏


宮本百合子 『声』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/4180_14772.html

 或、若い女が、真心をこめて一人の男を愛した。そして、結婚し、三年経った。けれども、或日その若い女は、
「ああ苦しい、苦しい! 可愛い人。私は貴方が可愛いのよ、だけれども苦しくて、息がつけない」
と、泣き乍ら、男の傍から逃出して仕舞った。
 逃げはしたが、女は他に恋した男があったのではない。彼女は、生れた親の家へ戻った。そして、黙って、二粒の涙をこぼし、頭を振り、やがて寂しく微笑んで縁側に坐った。
 朝眼を覚すと、一日中、月の出る夜になっても、女は、いつも同じ縁の柱によって居る。
 母親は不思議に思い、娘に
「お前、どうしていつも其処に居るの? 内へお入りな」
と云った。
 娘は、微笑した。然し、翌日も、その柱からは離れなかった。
 柱には、縦に深く一本割れ目がついて居た。女は、きっとその割け目に耳をおしつけて居た。(それを、母親は知らない。)彼女は、そうやって耳をつけ、柱の奥から、嘗て自分の恋をした、今も可愛い男の声を聴いて居たのだ。自分を抱いて名を呼ぶ声、向い合って坐り、朝や夜、種々の物語をした、その懐しい声を聞いて居たのだ。

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入力:柴田卓治
校正:磐余彦


田中貢太郎 『葬式の行列』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000154/files/42274_16442.html

 鶴岡(つるおか)の城下に大場宇兵衛(おおばうへえ)という武士があった。其の大場は同儕(なかま)の寄合があったので、それに往っていて夜半比(よなかごろ)に帰って来た。北国でなくても淋しい屋敷町。其の淋しい屋敷町を通っていると、前方から葬式の行列が来た。夕方なら唯(と)もかく深夜の葬式はあまり例のない事であった。大場は行列の先頭が自分の前へ来ると聞いてみた。
「何方(どなた)のお葬式でござる」
 対手(あいて)は躊躇(ちゅうちょ)せずに云った。
「これは大場宇兵衛殿の葬式でござる」
「なに、おおばうへえ」
「そうでござる」
 行列は通りすぎた。宇兵衛は気が転倒した。そして、家へ帰ってみると、玄関前に焚火(たきび)をしたばかりの痕(あと)があった。それは葬式の送火であった。
 大場は其の晩からぶらぶら病になって、間もなく送火を焚(た)かれる人となった。

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底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
   1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
   1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito


岸田國士 『女九歳』
http://www.aozora.gr.jp/cards/001154/files/44420_21823.html

 Y子はK病院で扁桃腺の手術をすることになつた。
 Y子は九歳で、春夏秋冬、風邪をひいた。
 Y子は母親と、K子叔母ちやまと、女中とに連れられて家を出た。
 Y子はその日、平生よりもはしやいでゐた。そして、時々、溜息を吐いた。
 裸にされ、手術室にはひると、そばに母親も、K子叔母ちやまも、女中もゐなかつた。
 Y子は、一寸泣きたさうな顔をしたが、やがて、夢中で口をあいた。――母親が、鍵孔から、息をこらして、中の様子を見てゐることなど、勿論知らなかつた。
 突然、Y子は泣き出した。喉がチクツとした。
「さ、もう一度、口をあいて……」
 お医者さんが云つた。
 母親は、鍵孔に眼を押しつけた。
 Y子は泣きながら、大きな口を開いた。
 こんどは、母親が泣きたくなつた。
 そのことを、あとで、K子叔母ちやまと女中とに話したら、二人とも、また泣きたくなつた。
 Y子は、喉に氷をあてゝ、ちよつと、得意さうに眼をつぶつてゐた。

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入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄


新美南吉 『ラツパ』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/43409_16108.html

 オヂイサンハ イナカニ ヒトリボツチデ クラシテ ヰマシタ。
ダンダン ミミガ トホク ナツタノデ、ミヤコニ ヰル ムスコノ トコロヘ、
「ミミガ トホク ナツタカラ、ヨク キコエル キカイヲ カツテ オクツテ クレ。」
ト イツテ ヤリマシタ。

 ムスコハ、イロイロ サガシタガ、アマリ ヨイ キカイガ ナイノデ、ラツパヲ カツテ、
「コレヲ サカサマニ シテ ミミニ ツケテ、ラツパノ シリカラ キキナサイ。」
ト イツテ ヤリマシタ。

 オヂイサンハ、ソノ ラツパヲ ヨロコンデ ツカツテ ヰマシタガ、ミミハ ドンドン トホク ナツテ、トウトウ ツンボニ ナリマシタ。
ソレデモ オヂイサンハ、
「アノ ラツパデハ キコエナク ナツタカラ、モツト ヨク キコエルノヲ オクツテ クレ。」
ト ムスコニ テガミヲ ヤリマシタ。
ムスコハ イロイロ カンガヘテカラ、マタ マエノ ラツパト オナジ ラツパヲ オクツテ、
「コノ ラツパヲ ミミニ ツケルト ワタシノ コヱガ キコエマス。」
ト イツテ ヤリマシタ。オヂイサンハ、ソノ ラツパヲ ミミニ アテテ ミマシタ。ソシテ、
「アア キコエル キコエル、ナツカシイ ムスコノ コヱガ キコエル。」
ト イツテ ヨロコビマシタ。

ケレド ソレハ、オヂイサンノ ミミガ キイタノデハ アリマセン、ココロガ キイタノデス。

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入力:高松理恵美
校正:川向直樹

※まとめ主が適時改行を付与しました。


新美南吉 『サルト サムライ』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/43398_16104.html

 五ニンノ サムライガ タビヲ シテ アル ヒ ヤマミチヲ トホリカヽルト、木ノ 下ニ 一ピキノ サルガ ヰマシタ。
「アノ サルヲ キラウ。」
「サウダ、ワタシガ キル。ワタシハ モウ 一ツキアマリ カタナヲ ヌカナイノデ、ウデガ ムヅムヅスル。」
「イヤ、ワタシガ キル。ワタシノ カタナハ ヨク キレル。」
「ダメダ ダメダ、キミラノ ウデデハ サルヲ トリニガシテ シマフ。ワシガ キル。」
「オネガヒダ、ワタシニ キラセテ クレ。」
 ケレド、ヨク ミルト、ソノ サルハ ビヨウキニ カヽツテ ウゴケナク ナツテ ヰマシタ。ビヨウキノ サルヲ キツテモ シカタナイト イフノデ、五人ノ サムライハ、ソノ サルヲ ツレテ ユキマシタ。ヤガテ サルハ、ビヨウキモ ナホツテ 五人ノ サムライニ ヨク ナレマシタ。トコロガ、マイニチ イツテモ イツテモ ヒロイ ノハラデ タベモノガ ナイノデ サルヲ コロシテ タベナクテハ ナラナク ナリマシタ。
「オマヘ キレ。キリタイノダラウ。」
「イヤ、オマヘ キレ。オレノ カタナハ ハガ コボレテ ヰル。」
「オマヘハ ドウダ、ウデガ ムヅムヅシテルンダラウ。」
「ウーン、ダメダ、オナカヾ イタイカラ。」
 ソノ ウチニ ノハラノ ムカフニ ムラガ ミエテ キマシタ。
「アツ ムラダ。アソコヘ ユケバ タベモノハ アル。サルハ コロサナクテ ヨイ。」
 五ニンノ サムライハ サルヲ キラナクテ ヨカツタ コトヲ、メニ ナミダヲ タメテ ヨロコビマシタ。

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入力:高松理恵美
校正:川向直樹


夢野久作 『医者と病人』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/46717_27675.html

 死にかかった病人の枕元でお医者が首をひねって、
「もう一時間も六カしいです」
 と言いました。
「とてもこれを助ける薬はありません」
 これを聴いた病人は言いました。
「いっその事、飲んでから二、三日目に死ぬ毒薬を下さい」

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入力:川山隆
校正:土屋隆


夢野久作 『懐中時計』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/46823_27680.html

懐中時計が箪笥の向う側へ落ちて一人でチクタクと動いておりました。
 鼠が見つけて笑いました。
「馬鹿だなあ。誰も見る者はないのに、何だって動いているんだえ」
「人の見ない時でも動いているから、いつ見られても役に立つのさ」
 と懐中時計は答えました。
「人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ」
 鼠は恥かしくなってコソコソと逃げて行きました。

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入力:川山隆
校正:土屋隆


夢野久作 『狸と与太郎』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/46723_27697.html

与太郎は毎日隣村へ遊びに行って、まだ日の暮れぬうちに森を通って帰って来ました。
「あの森は狸がいていろいろのものに化けるから、日の暮れぬうちに帰らぬと怖ろしいぞ」
 とお母さんが言いきかせているからです。
 ある日、太郎はうっかり遊び過ごして真暗になって帰って来ました。森の中に入ると、忽ち一丈もある位の一つ目入道が出ました。
「ヤア。大きな伯父さんが出て来た。眼玉が一つしかないんだね。面白いなあ。僕と一緒にうちへ遊びに来ないかい」
 と与太郎は言いました。一つ目入道は見ているうちにロクロ首になりました。
「ヤア。綺麗な首の長い姉さんになった。変だなあ。どうしてそんなに長くなるの。もっともっと長くして御覧」
 と言いました。ロクロ首は今度は鬼の姿になりました。
「オヤ、鬼になった。お節句の人形によく似てる。可笑(おか)しいなあ。もっといろんなものになって御覧」
 化け物は与太郎がちっとも怖がらないのでつまらなくなって、狸になってしまいました。それを見ると与太郎は真青になって、
「ワア狸が出たあ。化けると大変だ。助けてくれ」
 と言いながら一所懸命逃げて行きました。

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入力:川山隆
校正:土屋隆


詩 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :


岡本かの子 『山茶花』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/4543_15434.html

ひとの世の男女の
行ひを捨てて五年
夫ならぬ夫と共(ともに)棲(す)み
今年また庭のさざんくわ
夫ならぬ夫とならびて
眺め居(ゐ)る庭のさざんくわ

夫ならぬ夫にしあれど
ひとたびは夫にてありし
つまなりしその昔より
つまならぬ今の語らひ
浄(きよ)くしてあはれはふかし
今年また庭のさざんくわ
ならび居て二人はながむる。

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入力:門田裕志
校正:土屋隆


若山牧水 『樹木とその葉 冷たさよわが身を包め』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000162/files/2626_20343.html

冷たさよ
わが身をつゝめ

わが書齋の窓より見ゆる
遠き岡、岡のうへの木立
一帶に黝(くろ)み靜もり
岡を掩ひ木立を照し
わが窓さきにそゝぐ
夏の日の光に冷たさあれ

わが凭る椅子
腕を投げし卓子(てーぶる)
脚重くとどける疊
部屋をこめて動かぬ空氣
すべてみな氷のごとくなれ

わがまなこ冷かに澄み
あるとなきおもひを湛へ
勞れはてしこゝろは
森の奧に
古びたる池の如くにあれ

あゝねがふ
わが日の安らかさ
わが日の靜けさ
わが日の冷たさを

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入力:柴武志
校正:浅原庸子


寺田寅彦 『星』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/24400_15385.html

天幕の破れ目から見ゆる砂漠の空の星、駱駝(らくだ)の鈴の音がする。背戸(せど)の田圃(たんぼ)のぬかるみに映る星、籾磨歌(もみすりうた)が聞える。甲板に立って帆柱の尖(さき)に仰ぐ星、船室で誰やらが欠(あく)びをする。

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入力:Nana ohbe
校正:松永正敏


宮澤賢治 『星めぐりの歌』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46268_23911.html

あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の  つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。

オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。

大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

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入力:田中敬三
校正:土屋隆


宮澤賢治 『月夜のでんしんばしらの軍歌』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46266_23909.html

ドツテテドツテテ、ドツテテド、
でんしんばしらのぐんたいは
はやさせかいにたぐひなし
ドツテテドツテテ、ドツテテド
でんしんばしらのぐんたいは
きりつせかいにならびなし。

ドツテテドツテテ、ドツテテド
二本(ほん)うで木(ぎ)の工兵隊(こうへいたい)
六本(ぽん)うで木(ぎ)の竜騎兵(りうきへい)
ドツテテドツテテ、ドツテテド
いちれつ一万(まん)五千人(せんにん)
はりがねかたくむすびたり

ドツテテドツテテ、ドツテテド
やりをかざれるとたん帽(ばう)
すねははしらのごとくなり。
ドツテテドツテテ、ドツテテド
肩(かた)にかけたるエボレツト
重(おも)きつとめをしめすなり。

ドツテテドツテテ、ドツテテド、
寒(さむ)さはだへをつんざくも
などて腕木(うでぎ)をおろすべき
ドツテテドツテテ、ドツテテド
暑(あつ)さ硫黄(いわう)をとかすとも
いかでおとさんエボレツト。

ドツテテドツテテ、ドツテテド、
右(みぎ)とひだりのサアベルは
たぐひもあらぬ細身(ほそみ)なり。

ドツテテドツテテ、ドツテテド、
タールを塗(ぬ)れるなが靴(くつ)の
歩(ほ)はばは三百(びやく)六十尺(じうしやく)。

ドツテテドツテテ、ドツテテド
でんしんばしらのぐんたいの
その名(な)せかいにとゞろけり。

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入力:田中敬三
校正:土屋隆


内村鑑三 『寒中の木の芽』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000034/files/1215_9222.html

一、春の枝に花あり
  夏の枝に葉あり
  秋の枝に果あり
  冬の枝に慰(なぐさめ)あり

二、花散りて後に
  葉落ちて後に
  果失せて後に
  芽は枝に顕(あら)はる

三、嗚呼(ああ)憂に沈むものよ
  嗚呼不幸をかこつものよ
  嗚呼冀望(きぼう)の失せしものよ
  春陽の期近し

四、春の枝に花あり
  夏の枝に葉あり
  秋の枝に果あり
  冬の枝に慰あり

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入力:ゆうき
校正:ちはる


原民喜 『原子爆弾 即興ニスギズ』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000293/files/4768_6659.html

夏の野に幻の破片きらめけり

短夜を※[#「血+卜」、232-3、読みは「たお」か]れし山河叫び合ふ

炎の樹雷雨の空に舞ひ上る

日の暑さ死臭に満てる百日紅

重傷者来て飲む清水生温く

梯子にゐる屍もあり雲の峰

水をのみ死にゆく少女蝉の声

人の肩に爪立てて死す夏の月

魂呆けて川にかがめり月見草

廃虚すぎて蜻蛉の群を眺めやる

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入力:ジェラスガイ
校正:砂場清隆


随筆 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : 


宮本百合子 『オリンピック開催の是非』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/3942_12988.html

 日本へオリンピックを招致しようとしたときの雰囲気を思いおこします。日本へよばなければ意地でも承知せぬという気分が示されていたことがきつく印象されています。何の意地によってそのやめられるのでしょうか。はじめにも終りにもある無理の感が与えられるのを遺憾と思います。
〔一九三七年十一月〕

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入力:柴田卓治
校正:磐余彦


宮本百合子 空の美
http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/3869_13043.html

 空の美しさという場合、大抵広々とした空、晴やかな空などという。
 郊外に住むようになってから、私は更に種類の異う空の美があることを知った。それは、大都会の上の空――大都会のペーヴメントに立って仰ぐ空の美しさだ。空はそこでは、ただのん気に広々としてはいない。高い建物、広告塔、アンテナ、其等の錯綜した線に切断され、三角の空、ゆがんだ六角の空、悲しい布の切端のような空がある。
 屋根と屋根との狭いすき間からマリが落ちたような月の見える細長い夜の空、郊外の空にない美があるのを感じる。
〔一九二六年八月〕

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入力:柴田卓治
校正:磐余彦


芥川龍之介 『私の好きなロマンス中の女性』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/4871_21840.html

一、ロマンスの中の女性は善悪共皆好み候。
二、あゝ云ふ女性は到底この世の中にゐないからに候。

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※「婦人画報」編集部からの「一、私の好きなロマンス中の女性 二、並にその好きな理由」というアンケートへの答えとして掲載された。
入力:砂場清隆
校正:高柳典子


芥川龍之介 『比呂志との問答』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/3791_27338.html

僕は鼠(ねずみ)になつて逃げるらあ。
ぢや、お父さんは猫になるから好い。
そうすりやこつちは熊になつちまふ。
熊になりや虎になつて追つかけるぞ。
何だ、虎なんぞ。ライオンになりや何でもないや。
ぢやお父さんは龍になつてライオンを食つてしまふ。
龍?(少し困つた顔をしてゐたが、突然)好いや、僕はスサノヲ尊になつて退治(たいぢ)しちまふから。

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入力:土屋隆
校正:松永正敏


太宰治 『純真』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/46599_24916.html

 「純真」なんて概念は、ひょっとしたら、アメリカ生活あたりにそのお手本があったのかも知れない。たとえば、何々学院の何々女史とでもいったような者が「子供の純真性は尊い」などと甚だあいまい模糊(もこ)たる事を憂い顔で言って歎息(たんそく)して、それを女史のお弟子の婦人がそのまま信奉して自分の亭主に訴える。亭主はあまく、いいとしをして口髭(くちひげ)なんかを生やしていながら「うむ、子供の純真性は大事だ」などと騒ぐ。親馬鹿というものに酷似している。いい図ではない。
 日本には「誠」という倫理はあっても、「純真」なんて概念は無かった。人が「純真」と銘打っているものの姿を見ると、たいてい演技だ。演技でなければ、阿呆である。家の娘は四歳であるが、ことしの八月に生れた赤子の頭をコツンと殴ったりしている。こんな「純真」のどこが尊いのか。感覚だけの人間は、悪鬼に似ている。どうしても倫理の訓練は必要である。
 子供から冷い母だと言われているその母を見ると、たいていそれはいいお母さんだ。子供の頃に苦労して、それがその人のために悪い結果になったという例は聞かない。人間は、子供の時から、どうしたって悲しい思いをしなければならぬものだ。

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入力:蒋龍
校正:土屋隆


太宰治 『小志』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1602_18105.html

 イエスが十字架につけられて、そのとき脱ぎ捨て給(たま)いし真白な下着は、上から下まで縫い目なしの全部その形のままに織った実にめずらしい衣だったので、兵卒どもはその品の高尚典雅に嘆息をもらしたと聖書に録されてあったけれども、
 妻よ、
 イエスならぬ市井(しせい)のただの弱虫が、毎日こうして苦しんで、そうして、もしも死なねばならぬ時が来たならば、縫い目なしの下着は望まぬ、せめてキャラコの純白のパンツ一つを作ってはかせてくれまいか。

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入力:土屋隆
校正:noriko saito


岸田國士 『「文壇波動調」欄記事 (その一)』
http://www.aozora.gr.jp/cards/001154/files/44333_20524.html

□鏡に顔を映して見て――へえ、おれはこんな面をしてゐるのか――と、今更らしく、変な気持ちになることがある。
自分の書いた脚本が上演されて、それと同じ驚きを感じるなどは、惨めだ。(國)

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入力:tatsuki
校正:Juki


村山槐多 『京都人の夜景色』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000014/files/46407_26309.html

ま、綺麗やおへんかどうえ
このたそがれの明るさや暗さや
どうどつしやろ紫の空のいろ
空中に女の毛がからまる
ま、見とみやすなよろしゆおすえな
西空がうつすらと薄紅い玻璃みたいに
どうどつしやろえええなあ

ほんまに綺麗えな、きらきらしてまぶしい
灯がとぼる、アーク燈も電気も提灯も
ホイツスラーの薄ら明かりに
あては立つて居る四条大橋
じつと北を見つめながら

虹の様に五色に霞んでるえ北山が
河原の水の仰山さ、あの仰山の水わいな
青うて冷たいやろえなあれ先斗町の灯が
きらきらと映つとおすわ
三味線が一寸もきこえんのはどうしたのやろ
芸妓はんがちららと見えるのに

ま、もう夜どすが早いえな
お空が紫で星さんがきらきらと
たんとの人出やな、美しい人ばかり
まるで燈と顔との戦場
あ、びつくりした電車が走る
あ、こはかつた

ええ風が吹く事、今夜は
綺麗やけど冷たい晩やわ
あては四条大橋に立つて居る
花の様に輝く仁丹の色電気
うるしぬりの夜空に

なんで、ぽかんと立つて居るのやろ
あても知りまへんに。

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入力:浦山敦子
校正:noriko saito


寺田寅彦 『木蓮』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/1696_10187.html

 白木蓮は花が咲いてしまつてから葉が出る。その若葉の出はじめには実に鮮かに明るい浅緑色をしてゐて、それが合掌したやうな形で中天に向つて延びて行く。丁度緑の焔をあげて燃ゆる小蝋燭を点しつらねたやうにも見える。
 紫木蓮は若葉の賑かなイルミネーションの中から派手な花を咲かせる。濃い暗い稍(やや)冷たい紫の莟(つぼみ)が破れ開いて、中からほんのり暖かい薄紫の陽炎(かげろう)が燃え出る。さうして花の散り終るまでにはもう大きな葉が一杯に密集してしまふ。
 桜でも染井吉野のやうに花が咲いてしまつてから葉の出るやうな種類が開花の魁(さきがけ)をして、牡丹桜のやうな葉と一緒に花をもつやうなのが、少しおくれて咲くところを見ると、これには何か共通な植物生理的な理由があるらしい。
 人間でもなんだか、これに似た二種類があるやうな気がするが、何が「花」で何が「葉」だかが自分にはまだはつきり分らない。

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入力:もりみつじゅんじ
校正:多羅尾伴内


若山牧水 『樹木とその葉 夏のよろこび』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000162/files/2627_20347.html

 底深い群青色(ぐんじやういろ)の、表ほのかに燻(いぶ)りて弓形に張り渡したる眞晝の空、其處には力の滿ち極まつた靜寂(しじま)の光輝(かがやき)があり、悲哀(かなしみ)がある。

 朝燒雲、空のはたてに低く細くたなびきて、かすけき色に染まりたる、野に出でて見よ、滴る露の中に瓜の花と蜂の群とが無數に喜び躍つてゐる。

 向日葵(ひまはり)の花、磨き立てた銅盥(かなだらひ)の輝きを持つて、によつきりと光と熱との中に咲いてゐる。歩み移る太陽の方にかすかに面を傾くるといふにもこの花のあはれさが感ぜられる。づばぬけて大きいだけになほ。

 夜。空氣も濡れ、燈火も濡れ輝いてゐる。ほのかに汗ばむアイスクリームの湯氣。

 晝寢。したゝかに吸ひ太りたる蚊のよちよちとまひゆける下、疊よ、氷の如く冷かなれ。

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入力:柴 武志
校正:浅原庸子


原民喜 『屍の街』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000293/files/4778_6653.html

私はあのとき広島の川原で、いろんな怪物を視た。男であるのか、女であるのか、ほとんど区別もつかない程、顔がくちゃくちゃに腫れ上って、随って眼は糸のように細まり、唇は思いきり爛れ、それに痛々しい肢体を露出させ、虫の息で横たわっている人間たち……。だが、そうした変装者のなかに、一人の女流作家がいて、あの地獄変を体験していたとは、まだあの時は知らなかった。
「なんてひどい顔ね。四谷怪談のお岩みたい。いつの間にこんなになったのかしら」と大田洋子氏は屍の街を離れ、田舎の仮りの宿に着いたとき鏡で自分の顔を見ながら驚いている。それから、無疵だったものがつぎつぎに死んでゆく、あの原子爆弾症の脅威を背後に感じながら「書いておくことの責任を果してから死にたい」と筆をとりだす。こうした必死の姿勢で書かれたのがこの「屍の街」である。銅色に焦げた皮膚に白い薬や、油や、それから焼栗をならべたような火ぶくれがつぶれて、癩病のような恰好になっていた。これは、この著者が目撃した、惨劇の一断片であるが、こうした無数の衝撃のために、心の傷あとはうずきつづけるのだ。著者は女性にむかってこう訴えている。
 生きなくてはならない一人の女の右手が、永久にうしなわれて行くのでしたら、戦争そのものへの抗議と憎悪が日本中の女の胸に燃え立つはずです。

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※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:ジェラスガイ
校正:大野晋


歴史に残る文書 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : 


宮澤賢治 『雨ニモマケズ』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/45630_23908.html

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩

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入力:田中敬三
校正:土屋隆


坂本竜馬 『船中八策』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000908/files/4254_16911.html

一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。
一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公議に決すべき事。
一、有材の公卿・諸侯及(および)天下の人材を顧問に備へ、官爵を賜ひ、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。
一、外国の交際広く公議を採り、新(あらた)に至当の規約を立つべき事。
一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。
一、海軍宜しく拡張すべき事。
一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。
一、金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事。
 以上八策は、方今天下の形勢を察し、之を宇内(うだい)万国に徴するに、之を捨てて他に済時の急務あるべし。苟(いやしく)も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並立するも亦敢て難(かた)しとせず。伏(ふし)て願(ねがは)くは公明正大の道理に基(もとづ)き、一大英断を以て天下と更始一新せん。

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入力:志田火路司
校正:土屋隆


勝海舟 『大勢順応』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000354/files/46191_21757.html

憲政党が、伊藤さんに代つて、内閣を組織した当時、頻りに反対して騒ぎまはつた連中も、己れは知つて居るよ。だが随分見透しの付かない議論だと思つて、己れなどは、独りで笑つて居たのさ。御一新の際に、薩摩や、長州や、土州が政権を執れたとて、なに彼等の腕前で、迚も遣り切れるものかと、榎本や、大鳥などは、向きになつて怒つたり、冷やかしたりした連中だ。所がどうだ、暫くすると、自分から始めて薩長の伴食になつたではないか。何も大勢さ。併し今度の内閣も、最早そろ/\評判が悪くなつて来たが、あれでは、内輪もめがして到底永くは続くまいよ。全体、肝腎の御大将たる大隈と板垣との性質が丸で違つて居る。板垣はあんな御人よし、大隈は、あゝ云ふ抜目のない人だもの、とても始終仲よくして居られるものか、早晩必ず喧嘩するに極つて居るよ。大隈でも板垣でも、民間に居た頃には、人の遣つて居るのを冷評して、自分が出たらうまくやつてのけるなどゝと思つて居たであらうが、さあ引き渡されて見ると、存外さうは問屋が卸さないよ。所謂岡目八目で、他人の打つ手は批評が出来るが、さて自分で打つて見ると、なか/\傍で見て居た様には行かないものさ。

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入力:ふろっぎぃ
校正:浅原庸子


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