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夜の電車|詩

夜の帳がおりるころ
線路のみえる駐車場で
電車がくるのを待っている

小さく鳴るステレオ
小さなシートに納まって
楽しみを浮かべた小さな瞳

線路は大きなカーブを描く
道行く車のライトの列が
等間隔で流れてゆく

暗い車中で待つ二人
父は鼻唄を歌いながら
2歳の息子は足を揺らしながら

今日の出来事を話したり
晩御飯の相談をしたり
いつもの時間はいつもの通り

夜空に優しく警笛が響くと
レールの軋む音とともに
四角い塊が姿を現す

来た来た、電車来たよ
目を大きくして身を乗り出す
ステレオの音が頭から消える

明かりのついた電車の窓は
宙に浮かぶ映画のフィルムみたく
コマ切れに中の乗客を映し出す

一瞬で過ぎ去る窓の向こうは
時が止まったように静かで
一人ひとりの表情までも見えた気がして

街をすぎて川沿いを走り
何にもない田んぼの間を通り抜け
次の駅目指して走る電車

暗い夜に浮かぶ車窓の灯が
一列に連なって滑る様は
狐の嫁入りを見るような気持ちにさせる

綺麗だね
一日の終わりとノスタルジー

お客さん乗ってるね
窓枠から覗くドキュメンタリー

行っちゃったね
寂寥が尾を引くメランコリー

夜の電車の美しさ
見知らぬ人の人生が微かに薫る
もはやそれは電車ではなく

夜の電車の儚さ
手がかりのない闇夜にあらわれる
小さな窓の灯りに心が揺れる

車中の人々はどこへ向かうのだろうか
車両と共に右左に揺られて
どこへ帰ってゆくのだろうか

見知らぬ人同士で肩を並べ合い
暗がりの窓の外から見知らぬ人に見守られ
目に見えない偶然が紐づいてゆく

僅か数秒の出来事
同じ景色をみて
同じことを感じて

物も言わず電車を見送る二人は
何もかも分かり合えた気がして
いつまでも忘れない気がして

今日はもう帰ろうか
また明日こようね
夜の電車をみようね

夜の電車を


2021/6/18
ユリイカ 2021年10月号 佳作

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