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レイトショー|詩

夜の映画館へ
レイトショーをみにゆこう

夜中にみるのは
静かなドキュメンタリーがいい
淡々と誰かの人生を辿る物語がいい

一枚ずつページをめくるように
小説を読むような確かさで
人生の紆余曲折を
偶然や必然のような出逢いと別れを
カメラのレンズ越しに見つめよう

ある部分は自らと重ねて
またある部分は自分ではないと安堵して
映像のひとコマひとコマに
勝手な感情を投げ掛ける

スクリーンに照らされる客席
まばらに座る人影が
同じ思いで映画をみている人影が
小さなロウソクの灯のように
温かく優しく映る

右足を引きずる太った男
腰を曲げ手すりを頼りに歩く老女
ポップコーンとコークを手にして
連れだって席につく夫婦
目深に野球帽を被った
若いのかどうか分からない男
何に惹かれてこの映画をみにきたのだろう

わざわざレイトショーを選んだ人たち
この映画館の
このスクリーンの
それぞれの席に座るまでには
一人ひとりに物語があったのだろう

足の悪い男の人生は
腰の曲がった老女の人生は
映画にはポップコーンが欠かせない
あの夫婦の人生は
野球帽に隠された人生は
いったいどんな物語なのだろう

レイトショーにワクワクはいらない
ハッピーエンドも
バッドエンドも
正解や不正解も
正義や悪も

水道の蛇口から流れる水が
ただ渦を巻いて流れ去るような
何も特別なところがない
そんな映画がぴったりで

映画が目的なのか
レイトショーが目的なのか
もしかしたらそのどちらでもないのか
映画をみながら考えはじめる

面白かった?
そう訊ねられると答えに迷うけれど
スクリーンで辿った物語の
何分の一かは人生の糧になる

分厚い小説を読み終えた後の
あのパタンと本を閉じた時の感覚を
真っ黒なエンドロールに感じたら
レイトショーの役目は終わり

映画の感想を語り合うとか
その後レストランで食事をするとか
そんなエピローグのような続きはいらない

同じ時間を過ごした人達が
少し互いを気遣いながら席を立ち
無言で夜の闇に別れ
それぞれの家路へとつくだけ

ただハンドルを握り
街路樹をライトで照らしながら
夜道を静かに帰るだけ

夜の映画館へ
レイトショーをみにゆこう


2021/5/4

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