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銀の電灯│詩

海に突き出るようにつくられた公園の
子供達が遊ぶ広場の真ん中に
一本の銀色の電灯が立っていた

海の方から空が藍色に変わり
夕方6時になると
銀の柱の天辺に
ふっと明かりが灯る

その合図とともに
人影が減ってゆく広場の寂しさと
あちこちの家で家事する母親の気配が
子供達の帰る足を早めていく

帰ると人がいる家は温かい
いや、人がいても冷たい家もあろうが
それでも、誰かがいる気配というものは
その家を温めてくれる

明かりの漏れる家から
夕飯の香りの漏れる家から
人の母親の気配を感じながら
鍵の掛かった玄関を開け
冷えた暗がりを押し退けて
居間の蛍光灯の紐を引く

重たい木の雨戸
風呂に水を張り湯釜に火をつける
親の帰りを待つ間に
宿題を広げて時計を見る

公園はもう夜の中
潮騒と風の音だけが広場を遊ぶ

その端っこが
雨戸の隙間から漏れ聞こえてくる
風呂の湯加減を時折見に行き
また宿題に戻る

ずっと遠くから
スクーターバイクの音が聞こえてくる
雨戸の外でけたたましいエンジン音が鳴り止むと
作業着姿の父が大きな声で帰りを告げる

公園はもう夜の中
潮騒と風の音だけが広場を遊ぶ

宿題を片付けて
ランドセルの教科書を入れ替える
熱い風呂をものの5分で出た父は
冷えた缶ビールのプルタブを開ける

冷えていた家の空気が
生き物みたいに変わってゆく
でも、二人の時間は二人とも苦手だ
毎日繰り返されるこの時間は

公園はもう夜の中
潮騒も風の音も闇の中

母が帰るまでの時間は
6畳の居間の狭さが疎ましい

プロ野球を見ながらビールを飲む父は
今日の学校での出来事をたずねたりしない
父はこの家の冷めたい空気を知らない

この家の銀の電灯は
この小学生だったのかもしれない
この家に明かりを灯して
父と母の帰る場所を温める役目は

夜に立つ銀の電灯よ
物言わず明かりを灯す電灯よ
何かを欲しがるとしたら
それは隣に並ぶ兄弟だったのだろうか
それとも別の公園だったのだろうか

誰にも分け隔てのない夜と風に
押し流されて浮かぶ小さな家
あの家にも銀の電灯は立っていた

2024/3/24

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