小説のはなし

大学時代、とにかく金のなかった私は古本市場やブックオフで安く買える小説の類を読み漁っていました。中でも貴志祐介や鈴木光司などのホラー系は何故か値が落ちやすく、だいたいどれも100円程度で買えましたので大変お世話になりました。

私は怖いのが大の苦手でありながら怖い話好きというまぁ一定数いるであろうクラスターに属しておりまして、読んでいてゾッとしたり、なんだか後ろが気になったり、頭を洗うのに目を閉じるのが怖くなったりと様々影響が出るわけです。
中でも ”リング” なんかは読んだことのある方も大勢いらっしゃると思いますが、あれなんかは当時震えて読みました。松嶋菜々子と真田広之演じる映画版のイメージが強いかもしれませんが、活字で読む物語は自身の想像力が豊かであればあるほど恐ろしく、生々しく襲いかかってきます。

ホラーというのは非常に幅広く、SFを内包していても、ヒューマンドラマを内包していても成り立つ非常に懐の深いジャンルだと言えます。
冒頭に書いたような小説をいくらか読んだあと、
「ホラー書くのって簡単じゃね?怖かったらええんでしょ。」
などとポン菓子より軽い考えを持った大学時代のわたしはいくらかトライしてみたことがあります。
結果、以下のことがわかり挫折しました。

1.怖いだけだと面白くない

当たり前にあたりまえのことですが、ただただ怖いだけの物語はただただ怖いだけで面白くないです。読み手の気をひくもの、続きが気になるものを置いてあげて、むしろ恐怖はその気になるものの解明を妨害するようなファクターになることが多い気がします。
リングでは ”ビデオテープを見たものが死ぬ” という謎が配置されていて、かつ ”ダビングすると助かる” というヒントが与えられ、読み手はものすごく気になります。何故?どうして?という気持ちがガソリンになり、ページを繰っていけるのだと思います。

2.怖いとわかると怖くない

禅問答のような感じですが、
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「バァっ!」
と言ってロッカーからホッケーマスクの男が飛び出してきた。
洋子は、
「キャァァ!」
と甲高い悲鳴をあげて逃げ出した。
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これでは怖くない訳です。書き手の視点で見ているので他人感があり入り込めません。人が遊んでいるゲームを見ているようなもので、距離があって安全であり、字面通り以上の感慨はやってきません。また状況描写もまったく無いので、いったいどういう状況で、何が怖いのかがわかりません。

かと言って、
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月明かりが窓枠の影を落とす廊下に、同じ型のロッカーが整然と並んでいる。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、自分のローファーが立てる足音が少しの反響を伴って聞こえるのみだった。俯き、目だけで左右を確かめながら歩いていた洋子は、並んでいるロッカーの一つに目を向けた。
他と同じように見えるが、どうしてかその一つが気になった。確かめなくてはいけない気がした。
ゆっくりと方向を変え、そのロッカーへ近づいていく。
ー止めたほうがいい。
自分の中からそんな声が聞こえてくるようで、しばらく逡巡する。
しかし確かめずに通り過ぎる事への恐怖、また少しばかりの好奇心に負け、ゆっくりとロッカーのドアを開いた。
「バァっ」
凄まじい後悔の念が洋子の中を駆け巡る。視界の隅にホッケーマスクが映った。”殺人鬼”、”殺される”という文字が脳を埋め尽くす。
反射的に振り返り、今来た方向に駆け出した洋子は、自身の口から悲鳴が漏れている事にも気付かなかった。
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とした場合、確かに情景描写や登場人物の視線が豊かになったので ”それっぽい” 文になりましたが、怖いかと言うとそうでもないと思います。
理由は単純で、”全部説明しちゃってる” からです。
「はい、今から怖い雰囲気になりますよ。何か出ますよ、これ開けると出ますよ。はい出ました。」
てな感じで、読み手が展開を完全予想できる上に恐らく予想よりしょうもない結果が出てくるので、怖くないし面白くないしなんかスカしててかったりい文。という感情になってしまいます。要はこれも ”怖いとわかるので怖くない” パターンです。
私を含めプロでない方が物を書く際に陥りがちな所だと勝手に思っているのですが、”それっぽい” 文を書けてしまうとそれだけで満足してそればっかり磨こうとしてしまい、肝心な中身というか組み立てが疎かになってしまいます。

読み手の予想を反する、非常にベタなホラー演出ですと
ーーーー
ゆっくりと方向を変え、そのロッカーへ近づいていく。
ー止めたほうがいい。
自分の中からそんな声が聞こえてくるようで、しばらく逡巡する。
しかし確かめずに通り過ぎる事への恐怖、また少しばかりの好奇心に負け、ゆっくりとロッカーのドアを開いた。鍵はかかっていない。
中には誰かの教科書、バスケットシューズ、日記帳がはいっていた。
洋子はしゃがみ込んで日記帳を手に取った。表紙には
「DIARY Kenta,Sasaki」とある。
「ササキ、ケンタ……。」
聞いたことのない名前だった、ページをめくってみると、小さな字でびっしりと書き込まれているが、暗くて文字が判別できない。
「さっきまでは月明かりで明るかったのに……あかる…え?」
洋子の前方はまだ月明かりで照らされている。自分がしゃがみ込んでいる場所だけ、ちょうど暗くなっているようだ。
日常生活の中で、こうやって影が落ちるケースは1つしかない。
誰かが後ろに立っている。
全身から汗が吹き出すのを感じた。鼓動が高まり、手が冷たくなっていく。
足音は聞こえなかった。ドアが開いた音も聞いていない。どうして、なぜ、どこから。誰なの。焦りが更に鼓動を早め、思考能力を奪っていく。
刹那、耳元で、
「バァっ」
という声がした。洋子は弾かれたように立ち上がり、そのまま全力で駆け出した。足がもつれ何度も転びそうになる。
ー誰だったのどうして私なのいつ来たの誰だったの追いかけてきてない大丈夫なの誰なのどうして私がこんな目に遭うの助けてだれか助けてよ助けてよ!
どこをどう走ったのか、気がつくと昇降口に来ていた。
ーーー
というような感じになると思いますが、これはもう手垢がついている手法であり何ら意外性も裏切りもないので、さっきよりマシですがこれでも「おお怖い」とはならないと思います。
ホラー小説はそのホラーたる部分が難しすぎました。


3.落とすのが難しい

ホラー文庫の場合、超常現象だったり霊障だったり、人智を超えたものが原因でしたってケースが多いのですが、これにみんなが納得できる落ちをつけるのってとても大変です。なんとでも言えるからです。
ーーー
車のエンジンに取り憑いた悪霊がアクセルワイヤーを引き、車を谷底へ落としたのだ。
ーーー
と言われても、「いやまぁ、はぁ」となりますよね。これを成立させるには車のエンジンに悪霊が取り憑くことに正当性というか、ストーリーを与えないといけません。
実はハンドメイドのエンジンで、昔の技術者が高みを目指しすぎるあまり自身とエンジンが一体化してしまい、主人公はそれと知らず購入した旧車に乗っていた。とか、こういう荒唐無稽を現実味に落とさないといけないのですが、現実をテーマにしたものより難しい気がします。


という訳で今回はホラー小説を書こうと思ったけど書けなかった話でした。


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