2022年のベスト歴史・時代小説
大晦日ということで、2022年の歴史時代小説の私的ベストを三作品挙げたいと思います。その三作品とは以下のとおり――
『仁王の本願』(赤神諒 KADOKAWA)
『戴天』(千葉ともこ 文藝春秋)
『孤剣の涯て』(木下昌輝 文藝春秋)
(『仁王の本願』は厳密には昨年の作品ですが、12月末発売ということでここで扱います)
『仁王の本願』は、戦国時代後期の加賀を舞台に、朝倉・上杉・織田と戦いを続けた本願寺の杉浦玄任を主人公とした物語。一向一揆によって「百姓ノ持チタル国」となった加賀ですが、舞台となる時代はまさに内憂外患――強大な戦国武将たちだけでなく、腐敗しきった加賀の支配層と文字通り命懸けで戦い続けた玄任の姿が描かれます。
作者の作品は、戦国時代を舞台とした「悲劇」が多くを占めます。しかしそれは決して悲しく辛いだけの物語ではなく、一つの信念を貫くためにすべてを賭けた者たちを描く物語であります。この世には苦難がどれほどあろうとも守るべき正しき道がある、一生を費やしても追い求めるに足る理想がある――そんな信念を。
これこそ私がこの作者の作品をこよなく愛する所以ですが、今年は『はぐれ鴉』『友よ』と名品が続いた中で特に本作をここで挙げるのは、この要素が特に強いためであります。
加賀一向一揆の理想を守るために内外の権力と対峙する玄任の姿を通じて、「民主主義」の脆さと儚さを、そして同時に大切さと力強さを描く本作。物語に込められた祈りにも似た希望に、強く心を打たれました。
また『戴天』は、私が文庫版の解説を担当させていただいた『震雷の人』の姉妹編ともいうべき物語。同じく安史の乱を舞台としながらも、主に地方の視点から乱を描いた『震雷の人』に対し、本作は乱の起きる前の時点から、長安を中心に物語が展開していくことになります。
男の証を喪った元軍人、楊貴妃の婢、若き仏僧という個性豊かな三人の主人公から描かれていくドラマチックな物語の面白さはもちろんのこと、本作で特に印象に残るのは、彼らの「敵」である、玄宗皇帝に重用された実在の宦官である辺令誠の存在でしょう。
人間の心を壊し、意思を奪っていく「権力」の恐ろしさ、悍ましさの象徴というべき絶対権力者・辺令誠――しかし彼もまた、かつては主人公たちと同様に、権力に虐げられた者であることを本作は描きます。
本作は、そんな辺令誠の姿を描いた上で、彼と主人公たちの辿る道の違いを描くことで、人間が権力に抗う術を、その一つの希望を描きます。「英雄とは、戴いた天に臆せず胸を張って生きる者」――その英雄たちを描く物語は、同時に我々一人ひとりが如何にあるべきかを強く訴えかけるのです。
一方、『孤剣の涯て』は、大坂の陣を舞台に、徳川家康を狙った奇怪な「五霊鬼の呪い」を巡る事件に巻き込まれた宮本武蔵が、怪人・宇喜多左京(坂崎出羽守)らを向こうに回し、呪いの真相に迫る物語です。
内容的にストレートな伝奇ものであり、そして『敵の名は、宮本武蔵』や『宇喜多の楽土』のキャラクターたちが登場する一種のスターシステム(というより後日談)的賑やかさがまず印象に残りますが――本作は、実は直接的な内容以上に、「呪い」との戦いを描く物語であります。
それぞれの出演作において、呪われた――呪いによって怪物に変えられた存在であった武蔵と左京。その呪いの結末はそれぞれに大きく異なる二人が対峙する呪いは、これまで描かれたものとは比べものにならない強さを持ちます。
「呪い」とは決して超自然的なものではなく、言葉や行動によって他者の意思を支配し、(かけられた者にとって悪い方向に)規定するもの――作者が描いてきた「呪い」との対決の総決算という印象もある本作は、その「呪い」が我々と無関係ではないこと、そしてそれを乗り越える可能性を描くのです。
以上三作品、あえて順位をつけませんが、いずれの作品にも共通するのは、人間の生を歪める権力の存在とそれとの対峙、そしてそれを乗り越える希望の存在を描く物語であることはおわかりいただけるかと思います。
本年は始まった時からは想像もつかぬほどの激動の、そして事態は刻一刻悪化していく一年であったと感じます。そしてそれはこの先も続くものでしょう。そんな現実を、過去のある時代と場所に照らして描きつつ、「それでも」と言ってみせる――今回挙げた作品は、いずれもそんな作品であります。
確たる、変えられない現実に対して「それでも」と言ってのける――それは(時代)伝奇が持つ本来強い力です。来年も、そんな「それでも」と謳い上げる物語を期待したいと思います。
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