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富安陽子『博物館の少女 騒がしい幽霊』 ポルターガイストを超えた怪異と母娘の再生

 設定、キャラクター描写、物語展開の妙で大きな反響を呼んだ『博物館の少女』待望の第二弾であります。イカルにが新たに巻き込まれるのは、陸軍卿・大山巌と妻・捨松の屋敷で起きる騒霊現象。事件調査のため、幼い二人の子供の家庭教師として屋敷に入ったイカルが知る怪異の真実とは……

 両親を亡くして東京に出たところで上野の博物館の館長に見出され、博物館の怪異研究所の所長・トノサマこと織田賢司の手伝いをすることになった少女・イカル。そこで収蔵品の行方不明事件に巻き込まれた彼女が、その驚くべき結末を見届けて数カ月後――彼女は新たな怪異絡みの事件に巻き込まれることになります。

 それぞれ薩摩と会津の出身者の結婚ということで大いに世間の話題となった大山巌と山川捨松――その捨松の兄・山川健次郎から、大山邸でポルターガイスト現象が起きていると聞かされたトノサマとイカル。調査を依頼されたトノサマは、イカルを大山家の幼い二人の娘・信子と芙蓉の家庭教師として送り込むのでした。
 かつて捨松が博物館観覧に来た際に言葉を交わしたことはあるものの、あまりに境遇の異なる相手に、緊張と困惑を隠せないイカル。しかし捨松と話すうちに彼女に好感を抱いたイカルは、継母を疎んじる二人の子供の心を開くべく、奮闘することになります。

 それと並行して調査を進める中、大山邸で想像もしていなかった事態が進行していることを知るイカル。捨松は会津戦争で亡くなった姉の、二人の子供は病死した実の母の――それ以外の人々も、それぞれ邸内で異なる亡霊の姿を目撃していたというのです。
 そして、大山邸の前身である、江戸時代の松平家の屋敷の過去を調べる中で、イカルは思わぬ因縁の存在を知ることになります。さらに殺人事件までが発生して……

 文明開化の時代を舞台に、実在の人物を配しつつ、一人の少女の成長と、時を超えた怪異の存在を描いた前作。その前作は時代伝奇ホラーともいうべき意外な展開に驚き感嘆させられましたが、本作の方は、時代ホラーミステリともいうべき内容となっています。

 「騒がしい幽霊」のサブタイトルの通り、大山邸で起きるポルターガイスト現象。ポルターガイストといえば、その家に小さな子供や女性がいるのが定番、まさに大山邸もその条件に当てはまるのですが――しかしもちろん、事態がそんな単純なはずもありません。
 何しろ作中ではポルターガイスト現象はほとんど前座――メインとなるのは、見る人によって現れる者が異なる亡霊という、奇怪極まりない事件なのです。さらにその周囲でも数々の事態が進行し、事件は終盤まで何がどうなっているのかわからない、混沌とした様相を呈するのは、前作同様の面白さです。

 しかしそんな中で、思わぬ形でロジカルに――それも歴史ものとしてニヤリとさせられる形で――事件の一端が解決に導かれていくのが楽しい。こんな些細なことが!? と言いたくなるようなことが手がかり・伏線になるのは、まさにミステリの快感であります。
 その一方で、思わず震え上がるような展開が終盤に待ちかまえていたりと、ホラーとしても実に魅力的なことは言うまでもないところであります。(ホラー要素ではないのですが、老齢で曖昧になっている使用人の描写が、リアルすぎて震えました……)

 しかし、時にそれ以上にこちらの心を大きく揺さぶるのは、大山家の母娘を巡るドラマです。

 海外に留学し、女性教育に力を尽くし、そして愛情で結ばれた夫と対等な関係を結ぶ――当時の女性から見れば破格の先進的な境遇にある捨松。しかし残念ながら、そんな女性でも、いやだからこそ周囲に色眼鏡で見られるのは、変わらぬこの国の姿であります。
 そしてそんな捨松の最も身近にいる信子と芙蓉子も、継母である彼女に馴染めず、それどころか反感を感じている状態にあるのです。

 そんな不幸な母娘のすれ違いの姿を、本作はイカルの目を通じて描きます。いや、もちろん描くのはそれだけではありません。イカルの奮闘を通じて、母娘の関係性が修復され、生まれていく姿を、本作は描くのです。
 そしてそれが、ホラーとしての恐怖の絶頂と重ね合わせて描かれるクライマックスは、これはもう作者ならではの見事な盛り上がりなのであります。

 当時の出来事や人物を盛り込んだ時代ものとして、独創的な怪奇現象を描くホラーとして、巧みな構成で展開するミステリとして――様々な要素がハイレベルで融合した本作。
 レギュラーキャラの思わぬ出自が描かれたりと、シリーズものとしての展開も楽しく、この先の物語も大いに楽しみにしているところです。


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