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『東西怪奇実話 日本怪奇実話集 亡者会』 明治~昭和の文豪怪談ベスト盤

 2020年に復活した平井呈一の『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』と同時に刊行された、怪奇実話集の日本編であります。明治末期から昭和にかけての文豪たちの怪奇実話作品を集成した、圧巻の一冊であります。

 怪奇小説界の泰斗・平井呈一の伝説の一冊である『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』。本書は、その復活にリスペクトを捧げつつ、日本版を編纂するという意欲的な試みの末に誕生したのが本書であります。怪奇実話、それも文豪・文化人たちによるそれを集めたその充実ぶりは、そのラインナップを紹介するだけで明らかでしょう。
 まず第一部では、明治から昭和にかけての怪奇実話ときたらこの二人、というべき田中貢太郎の「怪談短篇集」全編と、平山蘆江の「妖艶倫落実話」から怪談部分を収録。
 そして第二部では、本書誕生の発端たる、平井呈一ゆかりの人々――小泉八雲・小泉一雄・小泉時・小泉凡・野口米次郎・瀧井孝作・芥川龍之介・佐藤春夫・稲垣足穂の作品・随筆が集められています。
 そして第三部は怪奇実話界に冠たる十人――泉鏡花・喜多村緑郎・小山内薫・岡本綺堂・畑耕一・橘外男・牧逸馬・黒沼健・徳川夢声・長田幹彦による怪奇読み物から構成されています。

 正直なところ、明治~昭和にかけての実話怪談や文豪による怪談文芸は、類書が多い印象があります(というより編者は本書と同じなのですが)。しかし本書は巻頭の田中貢太郎による「冕言」からラストに至るまで、全編これ読みどころという印象で、ベスト盤ともいうべき一冊であります。
 普段であれば一作ずつ紹介したいところではありますが、何しろこれだけの数がある中ではそうもいかず、以下に特に印象に残ったものを挙げていきたいと思います。

「怪談短篇集」(田中貢太郎)のうち「築地の川獺」
 実質的に本書の巻頭に掲載された本作は、川獺に化かされるという何とも江戸時代の香りただよう内容なのですが――特筆すべきはその怪異の予兆の表現。簡潔な中に悽愴な印象すら漂う表現の見事さは、作者ならではというべきでしょう。
 その他、今となってはまた別の味わいが漂う、哀切な「月光の下」が印象に残ります。

「妖艶倫落実話(抄)」(平山蘆江)から「怪談小文」
 実話といっても当時の芸能ゴシップ集というべき原著から、本書には怪談絡みのエピソードが収録されています。その中でも本作は尾上梅幸(六代目)と将来を約束しながらも、梅幸は結局別の女性と結婚したため、若くして亡くなった女性の物語。怪談としてもさることながら、これを実名で書くのか、という内容に驚かされます。

「如意輪観音の呪い」(小泉凡)
 本書には八雲・一雄・時・凡と四代に渡る作品が収録されていますが、その中でも掉尾を飾る本作は、タイトルのとおり庭に置かれた観音像を巡る直球の怪異譚。その前の「荏原中延のころ(抄)」と、ある意味表裏一体の内容で、平穏な日常の陰の静かな恐怖を味あわせてくれます。

「首くくりの部屋」(佐藤春夫)
「黒猫と女の子」(稲垣足穂)

 こちらは師弟による、同一の物件に対する怪異譚。原話(?)というべき佐藤春夫の「化物屋敷」は『日本怪奇小説傑作集1』に収録されていますが、それとは微妙に角度を変えて描かれる二作品の内容が興味深い。
 特に足穂の作品は、題名に当たる部分の意味不明な味わいが、いかにも「実話」感があって良いのです。

「蒲団」(橘外男)
 おそらく本書に収録された作品の中で、最も有名ではないかと思われる本作は、正直なところ「実話」という印象はなかったのですが――なるほど再読してみると、冒頭と結末で史実に連結しているのに驚かされます。
 しかし、内容的には曰くありげな蒲団を仕入れた古着屋に次々と不気味な出来事が――というシンプルな物語が、結末に至り、ぎゃああああと言いたくなる展開をいきなり見せるのは、さすが作者ならではというべきか。

「雲散霧消した話」(黒沼健)
 世界中の人体消失譚・神隠し譚を集めた作品ですが、その中にラヴクラフトが含まれているという、ラヴクラフト警察が飛んできそうな一編。「アルハザードのランプ」か! とツッコミたくなりますが、かねてから噂に聞いていた、一編を読めただけでも満足です。

「心霊術」(長田幹彦)
 掉尾を飾る本作は、昭和の心霊術ブームの内面を語る貴重な内容――なのですが、そこであっけらかんと語られる心霊現象の凄まじさと、それと同じレベルで語られる超心理現象研究会の生々しい内幕にひっくり返ります。
 特に本作のヒロイン(?)というべき女性霊媒の存在感たるや――いやはや、心霊術の普及の道は険しいと、変なところで感心させられます。


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