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赤神諒『はぐれ鴉』 異色の時代ミステリにして裏返しの赤神流悲劇

 豊後国竹田で発生した、城代一門二十四名の斬殺事件。本作はそこから唯一生き残り、剣の修行を積んだ青年が、真相を解き明かし、家族の仇を討つべく奔走する異色の時代ミステリであります。事件の下手人にして、今は変わり者のはぐれ鴉と呼ばれる男の正体は。そして事件の背後に潜む真実とは……

 江戸初期の寛文六年、豊後竹田藩城代の一族郎党二十四名が惨殺される事件が発生――唯一その場から逃れた城代の次男は、犯人が剣の達人であり、敬愛する叔父の玉田巧佐衛門の仕業であることを目撃していたのでした。
 それから十四年、山川才次郎と名を変えた彼は、一族の仇を討つため江戸有数の剣客・堀内源左衛門の下で剣の修行に励み、剣術指南役として、竹田藩に迎えられることになります。

 しかし才次郎を待っていたのは、城下に残る奇妙な物の怪の伝承や呪い歌の数々。戸惑うばかりの才次郎ですが、何よりも彼を戸惑わせるのは、仇である巧佐衛門の現在の様子でした。
 屋敷にも居着かず、地位も金も名誉も望まない変わり者ながら、何故か藩士に慕われ、今は水害を防ぐ堤防を造るため民と一緒に汗を流す――巧佐衛門は「はぐれ鴉」と呼ばれる変わり者として知られていたのです。

 なぜ功佐衛門はこのような姿になったのか、そしてなぜ巧佐衛門は城代一門を容赦なく殺害したのか――才次郎は、江戸で知り合った竹田藩の謎を追う公儀隠密の篤丸とともに、密かに調べを始めることになります。
 そんな中で、巧佐衛門の娘であり、剣の達人にして竹田小町と呼ばれる美女・英里と出会い、強く惹かれていく才次郎。そしてついに巧佐衛門と再会した才次郎は、成り行きから彼の堤防造りを手伝ううちに、仇であるはずの相手に好感を抱いていくのですが……

 戦国時代を舞台に、強い正しい信念を持つ人物が、それだからこそ苦しみ、悲劇に見舞われる――そんな姿をドラマチックに、エモーショナルに描いてきた赤神諒。本作はそんな作者の作品の中では、新境地に感じられます。何しろ本作は主人公が仇討ちを目指す過程で、何故犠牲者たちが殺されなければならなかったかを追い求める物語――ホワイダニットをテーマとした時代ミステリなのですから。

 そしてユニークなのは物語の設定・趣向だけではありません。舞台となるのは豊後竹田(今の大分県竹田市)ですが、才次郎が見た竹田は、人を食い殺す一ツ眼烏や美女を呪う八尺女などの奇怪な物の怪の伝承ばかりの土地。さらにヒロインである英里が口ずさむ土地の歌の歌詞も「抜く血に死す」「くろき闇に触れ死す」などとおどろおどろしく、いかにも時代伝奇ミステリ的なお膳立てであります。
 実は本作は竹田市とのコラボで生まれた、小説による町おこしを志向した作品なのですが、なるほどこういう方向性のコラボもあり得るのか、と感心させられます。
(もっとも、竹田市のことをよくご存知の方にとっては、色々と読めてしまうところがあるのが難しいところですが……)

 しかし物語の後半、「犯人」というべきはぐれ鴉こと巧佐衛門の存在がクローズアップされていくにつれて、物語の色調は変わっていくことになります。
 今は城代という立場でありながら、城内の政治や権力争いには全く興味を示さず、民のために私財を費やす巧佐衛門。そんな功佐衛門を見つめる才次郎の目を通じて徐々に浮かび上がるのは、信念のために全てを擲って己の道を往く男の姿なのです。
 みすぼらしい身なりで暮らし、既に武士の社会で生きることを放棄したような男。そして何よりも、二十四名殺しの下手人――そんな巧佐衛門の背負ったもの、彼の中にある真実を知った時、物語は完全にその構図を変えることになります。作中での篤丸のちょっと決まりすぎに思える台詞、「最後の秘密を知った旦那は、はぐれ鴉に絶対惚れる」が、決して間違っていないと思えるほどに……

 先に述べた通り、赤神作品の多くは悲劇――己の信念と、主家との関係や世の在り方の間の板挟みになった者が、それでも人として在るべき道を往く時に生まれる悲劇を、作者は描いてきました。実は本作は、物語の構図を裏返し、巧佐衛門の立場から見てみれば、まさに赤神流悲劇なのであります。
 作者の作品には、実は「謎」――ある人物が何故そのような行動を取らなければならなかったのかという、まさにホワイダニットの要素が少なくありませんが、本作はその「謎」を、ミステリの文法で描いてみせた作品というべきでしょうか。

 しかし本作は、決して悲劇のみで終わる物語ではありません。巧佐衛門にまつわる全ての「謎」を――物語の最後まで残された「謎」の答えは、それを知った時、激しく胸を突くこと必至なのですが――才次郎が解いた先にあるものは、一つの希望の形なのですから。

 ユニークな時代ミステリにして、歴史の陰の人知れぬ涙を描く悲劇、そして竹田の独特の土地柄を踏まえた町おこし小説と、様々な顔を持つ本作。はぐれ鴉が鮮やかに姿を変えて見せる結末の妙も含めて、作者の新たな代表作と呼ぶに相応しい作品と感じます。

(なお、本作については既にかなり物語の核心に関わる情報がネット上で見受けられますので、これからお手に取られる方は、できるだけ情報を遮断することをおすすめします)


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