見出し画像

イエスの不人気アルバム「Open Your Eyes」を救いたい

〜はじめに〜

 最近、なんか知らんがバンドやミュージシャンごとのアルバムのランキングをよく目にする。「ベストトゥワースト」みたいなやつ。そういうのを見るたび「おたくらほんと、何でそんな、なんでもかんでもランキングしなきゃ気が済まないんですか? あんたのそのランキングに何の価値があるんすか ?」と、言いたくなるのをグッと堪えたくなる気持ちになりそうな雰囲気を肌で感じるような気がしてならなくならないでもなくなるくらいには不思議でしょうがない(「嫌なら見るな」とかじゃなくて普通に生活してて新宿とか歩いてたら目に入ってくるんだもの!)。ああいうのって誰が決めてるのか知らないが何がイヤって、基本的に上位の「いわゆる『名盤』」を紹介することが主な目的なので、下位に行くほどそのそのアルバムをその位置に置いた基準・根拠が曖昧になっていくのである。「あー…なんだっけこのアルバム…そういえばこんなんあったっけか…まああんま記憶にないけどこの順位にしとくか…」みたいな。そんないい加減に決めたランキングでビリッケツの汚名を着せられたアルバムはたまったもんではない。そのビリッケツ、本当に明確な根拠があって決めましたか? しかし残念ながら、我がイエスについてもこれは例外なく「ベストトゥワースト」が存在してしまっているのであり、試しにそのいくつかをチラ見したところ、数々のサイトで2014年作「Heaven & Earth」と激しい最下位争いを繰り広げているアルバムが存在した。1997年作「Open Your Eyes」がそれだ。

 「は?」である。

 と、ウケを狙いたかったら書いてるところだが、正直これはしゃーないのかな、とは思う。イエスのアルバムにはどれも良さが(悪さも)あり(本当に一切の欠点が無い完璧なアルバムは「Drama」くらいなもんである)、それらを心苦しくも順位付けするとしたら、まあ確かに僅差でこのあたりに来てしまうのは理解できる。ただ、これは決して私が「Open Your Eyes」が駄作であると認めたことを意味しない(ついでに言えば「Heaven & Earth」だって駄作ではない)。本記事では、「Open Your Eyes」収録曲の内「でもこれは良い曲だろうが!」と声を荒げたくなる4曲を紹介する。

 …と、何となくのイメージで書こうとしてから、良くないなと思い一応ちゃんと”yes albums ranked”でグーグル検索をして、本当に何個かランキングを確認したら、やっぱり「Heaven & Earth」と「Open Your Eyes」で苛烈な最下位争いをしていたので安心してこの導入を書いた。嬉しいんだか悲しいんだか。


1.「New State of Mind」

 のっけからブ厚くて重々しい音に圧倒される。いつものイエスっぽい軽快さとは真逆の音だが、これは同曲をはじめとしたアルバムの大半が、クリス・スクワイアとビリー・シャーウッドが自分達のアルバム用に用意していた曲を流用したものであることに起因する。このアルバムにおけるビリーの貢献度は凄まじく、作曲からギター、鍵盤、エンジニアからミックスまで何でもこなしているが、特にコーラス面での影響がデカい。90125時代の主力コーラス要員だったトレヴァー・ラビンの穴を見事に埋めている。この頃の彼はまだ若くてよく通る声をしていた。ちゃんと歌える人が3人もいると、ハモりはこんなに豊かになるのだ。
 この重い感じ一辺倒で乗り切っちゃうのも全然アリなのだが、1:07や2:13で挟まる、何か変というか、訳の分からんフレーズが良いアクセントになっている。「あ!? 何だ今の!?」と聞く者の興味を持続させて飽きさせない。さらに3:56では、それに輪をかけて変なフレーズが登場する。それまでで「何か変じゃない?」と興味を喚起させた上で、「うん、やっぱり変だ!」となる答えが用意されているのだ。呆気に取られている間に、曲は終わっている。


2.「Open Your Eyes」

 出た! 名曲だ!! こんな文章読んでないでとりあえず聞いてくださいよ良い歌だから。ビリーが作る曲は先述の「New State of Mind」や次の「Universal Garden」のように変さが全面に出た曲が多いが、時々こういうめちゃくちゃポップで純粋に良い曲を作るから油断ならない(それともこのポップさはクリス由来なのか?)。そしてこの素晴らしいメロディを構成しているのはやはり複雑なコーラスワークである。しかも単なるハモリに留まらず、クリスとジョン・アンダーソンの掛け合いまで出てくるのだ。ここの歌メロがいちいちワクワクさせられる。デビュー以来イエス内では基本的にコーラスに徹していたクリスに、アンダーソンと掛け合いをさせようという発想自体が、ビリーという新たなコーラス要員を得たからこそ出てきたものだと言える。
 さらにその後から終わりまでの間に、ハウのギターソロが計3回(!)出てくるのだが、特に2回目と3回目のソロが絶品である。彼特有の、無理やり音を詰め込んだ結果危なっかしいことになるギリギリ手前で成り立ってる緊張感みたいなものがよく出ている。前項で書いたような制作経緯もあって、ハウ本人はこのアルバムについては「自分が弾けるスペースを何とか探してギターを入れたが、全然貢献できなかった」みたいな感じで不満を持っているらしく、その気持ちも分かるのだが、このソロをはじめ、ハウにも活躍の場はしっかり用意されていると思う(そういう、お膳立てされてる感が本人からしたら気に入らないのかもしれないが)。
 それから終盤になると歌がさらにとんでもないことになり、「アンダーソンとクリスが歌の掛け合いをしている後ろで、クリスとビリーとビリーがそれぞれ歌っている」という凄まじい状況を聞くことができる。ただ、これには致命的な欠点があって、クリスもビリーも実際には一人しかいないのでライブでこのコーラスを全く再現できないのである。なので、それを無理やりライブでやると割と悲惨なことになる。↓

 コーラスにイゴール・コロシェフが加わっても、スタジオ版の豪華絢爛さにはほど遠い。でもまあ、この時期の曲なんかどうせ二度とライブではやらないんだから別にいいか(やって欲しいけどなぁ)。
 ところで、イエスの曲として流用される前のビリーとクリスの二人によるバージョンが、この曲については後に発表されている。↓

 この時点でほぼ出来上がってるのが凄いが、ここからイエス版にするにあたって、アンダーソンのボーカルを入れるために尺を微妙に調整したりしているのが分かる。細かい。またこっちのバージョンはビリーがソロライブでたまにやっているようなので、生で聞ける可能性がまだあるのはこっちだろうか。↓

 話が逸れたが、他の一切の楽器の音がパッと消えて、アコギの一鳴りだけが残る、気の利いた切ない終わり方といい、最後の最後まで工夫が詰め込まれた極上のポップスである。聞いてくれ。


3.「Universal Garden」

 また変な曲である。ハウのアコギから入り、やたらシリアスな感じで始まったと思ったら急に勇ましい曲調に変わったり、でも不思議と無理やり繋げた感じもない。ちょっと他で聞いたことのない音楽である。メロディにせよリズムにせよ、一つも普通な部分がない。アコギのアドリブっぽいフレーズを仰々しいストリングスがなぞっている不自然さだったり、とにかく変だ。しかしもちろん、ひたすら変にするだけなら誰でもできるのであって、変なのに綺麗だと感じられるのが凄い。そういうのが相まって、私はこの曲を聞く度に「この曲を聞いた時しか襲われない謎の感覚」に襲われる。そんな曲なかなか無いですよ。
 なお、この曲も後にクリスとビリーによるユニットがライブで演奏しているのだが、こちらは「Open Your Eyes」と違ってコーラスがさほど込み入ってないので、ライブでも良い感じである。↓


7.「Wonderlove」

 1、2、3、と来て急に7に飛んだんで不審がられているかもしれないが、この数字は実は記事の項目の番号ではなくアルバムの曲の番号である。そう、「Open Your Eyes」は前半(というか冒頭)に良い曲が集中しすぎているのだ。実はこれも同アルバムの評価の低さの原因の一つでは無いかという気がしている。もっと良い感じにバラけさしていれば、アルバム全体の印象も良くなったかも知れない。
 ついでに言えば、私が同アルバムの中で好きな曲は、少し前まで上記の3曲だけだった。ある日このアルバムを聞いていて、大好きな冒頭3曲が終わってしまって残りを惰性で何となく聞いていたら、「Wonderlove」に差し掛かった所で「あれ? この曲も良くねぇ?」と急に気づいたのである。
 なぜ良さに気づくまでに時間がかかったのか。理由は簡単で、アコギによるイントロが単調な割に37秒と長すぎるのである(「プログレ聞いてる癖にたかだか37秒くらいで文句言うな」とか、そういうことを言わないでほしい。「長い」ことと「単調な上に長い」のでは意味が全く違う。ポップスだろうがプログレだろうが関係なく、意味もなく長いというのは良くないと思う)。おそらくせっかちな私は、それまではイントロの段階で集中力が途切れていたのだろう。
 しかし歌が始まってしまえばこっちのもんである。アンダーソン単独の歌唱によるシンプルなメロディにエレクトリックシタールやスライドギターが被さり、さらに跳ね回るようなドラムと例のコーラスまで加わり、徐々に上向いていった盛り上がりが頂点に達した所でBメロに突入、一気にポップさが爆発する。必殺の展開である。ここまででもうすでにノックアウトされてるが、さらにそこからハードめなCメロに進み、ギターソロ(Cメロの前後にあるのだが、前がハウで後はハウっぽく弾いたビリーだと思う。そしてここに関してはビリーのソロの方がカッコいい。あと、右のハウのソロが鳴ってる段階で左のビリーのギターも時折音を出しているのだが、ハウが自由に弾いたっぽいフレーズに対し、わざわざそれをなぞったものを弾いて被せるというオタクっぽい手つきは「Universal Garden」のストリングスと同じである)を経て、今度はまたハモりが入ってポップさが増したAメロに戻ってくる。この落差がたまんねぇ。最高である。
 
今回聞き返して思ったが、このBメロ以降のハウのスライドギターが、曲に更なる深みを与えている。この人は自分の曲じゃなくても、あるいはギターソロじゃなくてもそこにバッチリ合う最適解なギターを毎回選び、最適解なフレーズを毎回弾いててホントに凄いと思う(どうでもいいが私は「Rhythm of Love」やエイジアの「Go」など、「自分のバンドの自分がいない時期の曲をライブで一生懸命弾いているスティーヴ・ハウフェチ」である)。あとこの記事のために今回アルバムを聞いていて、ハウの曲が全然収録されていない代わりに、先にも書いたようにハウのギターそのものはかなりいっぱい聞けるじゃんと思った。というかハウのソロやバッキングを入れるためのスペースを意識して空けておこうという、何者か(こういう気遣いをするのはやっぱりビリーだろうか)の配慮を感じた。やっぱりお膳立てが嫌だったんじゃ…。
 ブラス風の音とキラキラした音を使い分けるビリーのシンセも、専門職ではないので難しいことはしていないが、とてもいい効果を上げている。こういう地味な仕事を淡々とこなすビリーも職人っぽくて好きである。長すぎるイントロという減点ポイントを差し引いても、充分に良い曲だと思う。


〜おわりに〜

 なお、上記以外の7曲は、さしもの「『アマノジャクな音楽の聴き方してる俺カッケェ』をやっている俺」でも、今の所正直あんまり良いとは思えない(9曲目「Love Shine」はちょっと好きかもしれない)。しかし、「Wonderlove」の項で書いたように、何となく聞いてたらある日突然良いと思えるケースだって全然あるのだ。嬉々として日夜アルバムの順位付けに精を出してる方々、その時間を使ってあーたが考えたランキングの下の方にあるアルバム、先入観を捨ててもっかいちゃんと聞いたら、評価が一変するかもしれないですよ。

 あと、ネット上のいろいろな所(具体的には?)でよく目にする「最後の曲『The Solution』が時間を見たら23分って書いてあって、プログレ大作を期待して聞いたらメチャクチャ手抜きでガッカリした(意訳)」という感想、これは本来「5分の曲の後に、2分間の無音を挟んで、アルバムのボーカルの素材を使った16分の環境音楽がオマケ的に隠しトラックとして入っている」というだけの話なのだが(というかこのオマケ要るのか?)、ブックレットの時間表記が何を思ったのかそのオマケを含めた時間で書かれてしまったために起きた悲劇的な事故なのである(ブックレットに時間を書く係の人すらちゃんとアルバムを聞いていないのだろうか?)。別に「The Solution」がそんなに良い曲とも思えないが、にしたって、こういう事のために同曲が一定の消費者から不必要に悪い印象を持たれてしまったのは紛れもない事実である。こうした事例からも、音楽を聞く上で先入観が人に与える影響を知ってもらえたら幸いです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?