太宰治 『魚腹記』から学ぶ死とは何か

『魚腹記』の解剖                          まずは、冒頭部分。『魚腹記』では、「本州の北端の山脈は~」と物語の舞台となる場所の説明から入る。スワの視点や気持ちから入らず、場所の説明から物語に入ることで読者が現実の世界と虚構の世界とを分かつ「敷居」を容易に跨ぐことができる。特に、この『魚腹記』は、「山奥の小屋で暮らす親子の物語」という、現実とは少し距離がある話なのでなおさら説明が必要である。
 その冒頭部分では、学生の死を十五歳の少女が観たということが語られる。二章以降で、「スワが十三の時~こしらえた」と語られることからも分かるように、物事が起きた順番と語られる順番が違う。前者の順番がストーリーで、後者の順番がプロットである。ストーリーの順番でいくと、学生の死は「つまりそれまでのスワは~といぶかしがつたりしていたものであった。」と「それがこのごろになって、すこし思案ぶかくなったのである。」の間の出来事である。
 学生の死を先に語り、前述した二つの文章を繋げたことで、同じ滝を観ても感じ方が全く違うということが強調され、スワの内面が変化したことがより顕著に分かるようになっている。この場面では、今までスワと「自然」は一体化していたが、ここで彼女に自意識が生まれ、「自然」と分化されてしまったことを読者に読み取らせようとしているのだ。
 そのすぐ後ろの文章で、スワが「父親に抱っこされながら、三郎、八郎の兄弟の話を聞いた時のこと」を思い出す。この話から、この頃のスワが「父親に抱っこされていた」という肉体的一体化のイメージから、精神的にも父親と一体化していたことが分かる。しかし、すぐその後の場面で、スワと父親は激しく言い争う。この場面でスワが「父親」とも分化されてしまっていたことに読者は気付く。
学生の死に直面し、思案ぶかくなってからは、彼女に自意識が芽生え、「自然」、そして「父親」と分化されてしまったことが、連続で語られる。そのことにより、作者は出来事に意味を付与している。そのことを読者に気付かせるためのプロットになっているのだ。
 もう一つ、スワの内面が変化したことを読者に気付かせるための工夫として挙げられるのが、彼女の「滝」の見方が変わったということでそれを表現しているということである。「滝の形は決して同じでないといふことを見つけた。」とスワが言うことからも分かるように、「滝」という単語からは「変化」や「自由」といった流動的なイメージが喚起される。
また、同じ段落で「水がこんなにまでしろくなる訳はない」とあるように「白」という言葉もよく用いられている。「白」にも、どんな色にも変化できるということから、「変化」のイメージを喚起する作用がある。スワが「変化」したことを「滝」や「白」といった単語のイメージで読者に伝えている。もっといえば、全体を通して、「滝」という単語を用いることで、常に読者の頭の中に、「滝」のイメージを喚起させ、この作品は「変化」、「変身」の物語であると伝えようとしているようにも思える。
 先ほどの「滝」もそうだが、この作品には繰り返し用いられる言葉がいくつかある。例えば、父親の「なんぼ売れた」とスワの「阿保」は、それぞれ別の箇所で二回用いられる。
 最初の「なんぼ売れた」はスワが十三の時に用いられ、スワはそれに対し「なんも。」と答える。二回目の「なんぼ売れた」はスワが「思案ぶかく」なり、三郎八郎の話を追憶した日に用いられるのだが、スワは最初と違い、その言葉に対し、なにも答えなかった。同じ言葉に対してのスワの対応の違いから、ここでもまたスワの内面の変化を示唆していることが分かる。
 最初の「阿保」は、先ほどの二回目の「なんぼ売れた」と同じ日に父親と口論した時に用いられる。そして、二回目の「阿保」は父親に犯された時に用いられる。スワにとって「阿保」は父親に対する怒りをぶつける時に使う言葉だということが分かる。もし、「阿保」が反復されず、例えばどちらかの「阿保」が「馬鹿」とかの言葉だったなら、二回目の「阿保」が誰に向けられたものなのかが分かりづらかっただろう。父親に犯されたということを強調するためにここでは「阿保」を反復する必要があったのだ。
このように、父親との乖離を表す場面で同じ言葉を用いることで、まるで映画のように、台詞で場面が繋がれ、父親との乖離が展開をもって表されている。
 もう一つ反復されているのが、「滝壺に落ちる」ことである。一章で学生が落ち、最後の四章でスワが落ちる。作品の最初と最後に滝壺に落ちる場面を持ってきたことから、そのことで作者は何かを伝えたかったのではないかと考えられる。どちらも、最終的には、水中に吸い込まれていくことから、滝壺は「生」から「死」への通り道の役割をしているように私は感じた。言い換えれば、「滝壺」は「生者」から「死者」へ「変身」する場所なのではないだろうか。
 間テクスト性といい、文学作品は先行する他の文学作品に影響を受けて書かれる。この『魚腹記』は『雨月物語』(上田秋成)の影響を受け、書かれた作品である。『雨月物語』の絵描きの僧は最終的に命は助かるが、『魚腹記』のスワは助からない。しかし、「解放」という面でみると、スワは鮒になることで、「生」の苦しみから「解放」されたと読むこともできる。この『魚腹記』からは「死」を「悪」としない、新しい死生観も読み取れると私は感じた。

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