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ショパンの手紙催促・文句集めました

「ピアノの詩人」フリデリク・ショパン(1810~1849)が14歳~16歳頃の手紙の中で、友人に手紙の返信を催促している部分を選び、抜き出して訳してみた。
ショパンに関する知識、クラシック音楽に関する知識がゼロでも問題なく楽しめると思うので、そういった方も読み進めてみて欲しい。


1824年8月19日
ヴィルヘルム・コルベルク宛(手紙の最初の部分で)

親愛なるヴィルシ!
君が僕を覚えていてくれたことはありがたい、しかしだ、一方では、僕にあんな中途半端な手紙を書いて寄越して、本当に酷いやつ、意地の悪い、
結局そんなやつだ、などなど……君に腹を立てている。
紙?ペン?それともインクがもったいなかったのか?時間がなかった?
それとも、最後に僕を思い出しても、結局書きたくはならなかったと、そういうことなのか?
ねぇ、だって、馬に乗ったとか、とっても楽しくやってるとか、僕のことは考えていないというわけだ。
まぁでも、キスして仲直りといこう。
君が元気で、楽しんでいることを嬉しく思っている。というのも、それは田舎では欠かせないことだからね。
そして、君に手紙が書けることも僕にとっての喜びだ。

ネチネチ度 ★★★☆☆ 
拗ね度 ★★★☆☆

感想
初っ端から文句たらたら。コルベルクをディスるディスる。しかし、ちょっとヤキモチを妬いている感じは可愛げがあるので幾分とげとげしさも和らぐか。

1825年7月8日
ヤン・ビャウォブウォツキ宛(手紙の終盤で)

友よ!さようなら![ラテン語]
君に言うことはなにもない、まだソハチェフからの君の手紙を受け取っていない、ということを除いてはね。
もしも君が手紙を書いていないのなら、次の僕からの手紙で大目玉を喰らうことになるぞ。

嫌味度 ★★★☆☆
脅迫度 ★★★★☆

感想
ラテン語など使って手紙をスマートに終わらせるかと思いきや、さりげなく手紙がないことに文句をたれる。そして畳みかけるように「書いてないなら……わかってるな?」とばかりに脅迫という流れが完璧。


1826年2月12日
ヤン・ビャウォブウォツキ宛(手紙の最初の部分で)

親愛なるヤシ!
長い間君からの知らせがないということは非常に残念だ。
既に1825年に君に手紙を書いて、もう1826年だというのに1通も手紙をもらっていない!
(略)
郵便配達[ドイツ語]が(ちなみに、ヴィシンスカ夫人じゃない)、あの青色の中庭に入って来る時には、その度に喜びが沸き起こるけれど、その靴の音が階段に聞こえない時や、手紙がドブジンからではなくルブリンやラドムと赤い文字で書いてある時、彼が僕をどれだけイライラさせることか!
そうは言っても、その罪は郵便配達にはあらず、むしろどちらかと言えば、おそらくは、必要があれば高いところまで登って来ないといけない、哀れなおデブさんに面倒をかけないようにいう理由だけで手紙を書かない、手紙の書き手にある。
しかし、次のような指摘も出来ると思う。今、暑さに文句を言う人は誰もいない、むしろ寒いと不平を漏らす人がいるくらい、十分に寒い。
したがって、愛するヤシ、復活祭の前にあと2回くらい[郵便配達員が]動くように指図しても、大した問題ではないのだよ。
こう言ったからには、この手紙の返事は確保済みと期待する。
それと、この手紙の前に書いたものへの返事も要求するが、君の温情に任せる、なぜなら(かつての)王の寛大さを知っているので、僕の願いの成果は疑うこともないだろう。


ネチネチ度 ★★★★★
とばっちり度 ★★★☆☆

感想
手紙に関する部分だけ引用しているのにすごく長い。ヤンはおそらく郵便局員を労わって手紙を出していないわけではないだろうし、ショパンもそうは思っていないのだろうが、あえて、今は寒いからそんな気を遣わなくていいんだと粘度高めの催促。ついでに、ヤンからではない手紙を配達してイラつかれる配達員も、「哀れなおデブさん」と言われる配達員もとんだとばっちりだ。「絶対返事書いてくれよな!」という感じで強めの圧をかけられてフィニッシュ。

1826年6月20日
ヤン・ビャウォブウォツキ宛(手紙の最初の部分で)

親愛なるヤシ!
この手紙に、名前の日に際してのありふれたお世辞や、気持ちを口に出すこと、感嘆符、呼びかけ、感情に訴えかけるような文章、その他無意味な戯言、たわごとその他もろもろは期待しないでくれ。
取るに足らない表現を辞めることが出来ない、愛情が欠けている者たちには良いが、11年間結ばれた友情がある者、132の月を共に数え、
468週、3960日、95,040時間、5,702,400分、342,144,000秒を
共に生きた者は、自分のことを思い出させる必要はないし、おせじを書く必要もない。書きたいことを少しも書けなくなってしまうからね。
本題に取り掛かる前に、本題から逸れた話から始めよう。
まず、どうにも受け入れることが出来ず、咎めるべきは、貴方様が僕に数か月も手紙をくださらないということ。
なぜ?どうして?ナゼ?[ラテン語]ナゼ?[ドイツ語]ナンデ?[フランス語]
…ものすごいムカつく。
改善が見られない場合、僕らの関係はかなり悪化することになるからな。

メンヘラ度 ★★★★☆
脅迫度 ★★★★★

感想
冒頭にこんな圧のすごい催促を持ってくるとは。わざわざ11年を秒まで換算する手間にも恐れ入ってしまう。しかも、週の計算で間違えているのでそれ以降の計算も間違っていることになるという悲劇。(その間違った週から秒までの計算は合っている…神よ……)それだけでも十分怨念がすごいのに、とどめを刺すように「なぜ?」をこんなに並べられてはたまらない。瀕死の読み手にストレートに「ムカつく」とぶちかまし、友情の危うさをちらつかせ脅迫まで打ち込んでくるショパン、恐ろしい子……!

ちなみに、名前の日はポーランドでよく祝われる日で、365日にキリスト教の聖人の名前が振り分けられていて、自分の誕生日の後の名前の日をお祝いするらしい。

1826年10月2日
ヤン・ビャウォブウォツキ宛(手紙の最初の部分で)

親愛なるヤシ!
振り返る間もなく3ヵ月が過ぎ去ってしまった。
思うに、つい最近君に手紙を送ったばかりなんだけど、ウソみたいだよ。
僕の責任は認める。あの時から1年の4分の1年取ってしまったことは明らかだ。わたくしめをご容赦くださるは、貴方の慈悲深き御業。そのお心の広さたるや雲までも届くほど!
……だがしかし、僕のそれは、違う。
僕は怒りを告げる…今日まで僕がアホみたいに待っていた、たった1枚の紙きれでしか抑えられないだろう怒り。
神に栄光、20日付けのソコウォーヴォからの手紙[は来たけど]、次の手紙はなし、今日はもう2日。つまり、君んとこの穀物やら、じゃがいもやら馬やらについてより他に僕が関心を持ってることが分からないのか?
熟考せよ!悔い改めよ!
前述した救済措置を早急に取るのだ!
さすれば、[以下ラテン語]求める者は許しを与えられん。

棚上げ度 ★★★★★
偉そう度 ★★★☆☆

感想
とりあえず手紙が遅れた自分の非は認めたと思いきや、相手の手紙の遅れは許さぬという。棚上げ度ぶっちぎりの星5つ。しかも、「わたくしめをご容赦くださるは、」の部分に使われている動詞raczyćは皮肉の意味の敬語と辞書にある。ショパンもふざけているのだろうが、なんとも慇懃で面白いではないか。後半のまるで神か何かのような物言いもポイントが高い。(?)自分も手紙を出すのが遅くなったと言っておいて、ここまで言えるのは流石の一言である。

なお、本文中の[ ]は著者が補足的に説明を入れたもの。


さいごに
10代の頃のショパンの書簡を読んでいて、わりと頻繁に手紙の催促があり、しかも「手紙がないことへの不満、返信の催促」という同じ事柄についてあらゆる書き方で書いているのが面白くて、集めてみたいと思い、この記事を書くに至った。ショパンのセンスに素直に感動する。
なお、今回ご紹介した手紙に多く登場するヤン・ビャウォブウォツキについても記事を書いたので、よろしければこちらも併せて読んでいただきたい。
ヤン・ビャウォブウォツキについて
手段を選ばず手紙の返信を求める様子は、私たちに笑いと、新たな魅力の発見を与えてくれる。実際になかなかLINEを返してくれない友達や恋人に、ショパンのような催促の仕方で効き目があるか保証は致しかねる。個人的には実践するのはおすすめしないので、読み物として楽しんでいただけたら幸いだ。
これ以降の手紙の調査がまだなので、続きもある……かもしれない。

せんでん
ショパンについての同人誌「すみれ」を発行しています。(2020年5月現在第2号まで発行済)手紙についての連載もあります!
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参考文献
ゾフィア・ヘルマン、ズビグニェフ・スコヴロン、ハンナ・ヴルブレフスカ=ストラウス著、関口時正、重川真紀、平岩理恵、西田論子訳(2012)『ショパン全書簡 1816~1831 ポーランド時代』、岩波書店


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