見出し画像

(12)1581年 空の港

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.12

これまで、これからの各話のマガジンはこちらから


「純忠様、お会いできて恐悦至極。」
 笑いながら和尚は出迎えてくれた。
「滅相もない。そのような冗談をおっしゃられるというこては私の手紙をご理解いただいたと考えてよろしいでしょうか。」
「一瞬は驚いたがのう。仏に使える身じゃ。時空を超えるなどいとも簡単に想像できました。手紙はその場ですぐに処分した。それでよかね。」
「本願寺も大変な時にいきなりの話で申し訳ありません。和尚は一瞬とおっしゃいましたが私は自分の状況を受け入れるのに八年以上も費やしてしまいました。」
「こちらへはもっと早く訪ねなければと思ってはいたのですが一人で館を出ることもままならず。龍造寺が波佐見への蟄居を要求してきたのを機にこちらで隠遁生活しようかと。いずれ喜前様が三城に戻られればこの館を正式に隠居所とします。とにかくこれでやっと和尚にお詫びが出来ます。」
「八年経っていて良かったのです。門徒の中には気の荒いのも居ってあなた様が一人でここへ来るなど命がなんぼあっても足りんごとあった。じゃがこの八年で領民の心も変わった。あなた様の人徳です。あん気性の激しかった純忠公が籠城の一件以来、人の変わったごつ民や家臣を大事にするようになったっちゅうて城下の評判です。そらそうたい。ほんとに人が入れ替わとったんやもんね。ここは笑うところたい!」
 いきなりだがオチをつける話し方はあの時代の住職を思い出す。
「それに焼き討ちのことはあなた様が詫びる話ではなかろう。」
「いや、もう少し早く私が来ていれば止められたかもしれません。そのことを詫びたいのです。」
「どうあがいても過ぎたこつば動かせん。仕方んなかよ。」
 この時は単に起こってしまったことはしょうがないとしか解釈していなかった。
「あなた様の居た時代の大村の話を聞かせてくださらぬか。」
「肥前の国は佐賀と長崎の二つに南北縦長に分けられます。長崎の方は名の通り府中は長崎となりますが概ね島原から壱岐、対馬に至るまで長崎県となりその往来のためにもこの大村が重要な拠点となります。」
 県庁所在地と言っても説明が長くなる。役所を置いた都市なら私の知識では府中で良いのだろう。
「そういえばここから見通せるあの箕島に空港ができます。それまでは手前側の対岸に小さな空港があったのですが箕島を平らに均し周囲も埋め立てて、そう、この時代でいえば半里以上の長さの滑走路ができます。」
「くうこう、とな。」
 手土産代わりの話には持って来いだと思った。
「そうですよね。どう説明しましょうか。大きな船が空を飛ぶと想像してください。百人や二百人、それ以上もの人や物を一度に運べる乗り物です。それも大坂から大村ならほぼ半時しかかかりません。形は船とは随分違って大きなからくり仕掛けの鳥のようなものです。それを前に人が乗って動かすのです。」
「ばたばた羽根を動かすのか。」
「いえ、羽根は動かしません。翼、とは呼んでいますが進む方向や飛んでいる高さを変える以外は動かしません。エンジンというものを積んでその力で空を飛びます。とは言っても地面から離れるときはそれなりの距離を走ります。だから半里以上の飛ぶための道が必要なのです。翼はバタバタさせませんが水鳥が水面を走って浮かび上がる様子に似ています。」
「そりゃ流石にすごか。まだあなた様の身の上の方が頭にすんなり来た。」
「空を飛ぶ船の港で空港です。」
「空の港っつうことか。ということは明でも南蛮でも一っ飛びたい。」
「世界中どこへでも一日あれば行けます。それもこの大村から。」
「世界とつながる。ということじゃな。」
「この時代の大村も同じです。大村はこの先も世界と繋がり続けねばなりません。」
「もっと話を聞きたいものじゃ。ずっと隣に住まわれるのであろう。」
「ですが思惑通りに喜前様が無事三城に戻れるかどうかは判りません。それまでは私が隣に居ることは隠し通さねばならないのです。そのことだけはくれぐれも。それまで隣の館を修復するついでにこの寺をもっと立派に改修させねばと気になっています。」
「そのことはご思案なさるな。寺は何とか体裁は整っとるけん。それよりさっきからあの崖が気になるのかな。」
「いえ、そのことはまた次の機会に。」
 この時はあの時代に寺を訪れていたことは話さなかった。もちろん住職のことも、好きな崖のことも。そのことは時間をかけてゆっくりと。そう、純忠としてではなく「とざむ」として話をしたいというのが言葉通りの本音だった。



(続く)


長崎空港 対岸手前は旧大村空港(海上自衛隊)


長崎空港より大村市街、萱瀬、多良岳方面を望む




🔺
🔻



全話のマガジンはこちら


この記事が参加している募集

#ふるさとを語ろう

13,681件

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?