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Z mrtvého domu / Aus einem Totenhaus / De la maison des morts / 死者の家から (3/9/2023 Ruhrtriennale @Jahrhunderthalle Bochum)

ボーフムのJahrhunderthalle(センチュリーホール)でルールトリエンナーレのプログラム、チェルニアコフ演出の『死者の家から』。
20世紀の初めにデュッセルドルフの商工業博覧会会場として建設された後ボーフムの一大産業だった鉄鋼業の高炉への送風設備が設置されていた巨大な建物。デコールも担当するチェルニアコフは建物の長さを活かした演劇空間を作り上げていた。

建物の長さを使って長い長い舞台(と言うべきかどうかは悩むところ)を設え、幕が進むごとに演者も観客も並行移動していく。舞台を挟んで両側に3レベルの(60cm位のseitenhofと3.5mと6m)ギャラリーを設けている。
オケは第2幕で使われる部分のギャラリーの後ろにいるので、その音が巨大な空間に鳴り響いて建物と音楽が一緒になるような、普通のオペラハウスとは異なった音響効果を生み出している。オケの見えないバイロイトを思い出した。演者から指揮者が見えるようにギャラリーにいくつものモニターが設置されている。
舞台と客席を隔てるものはなく、チケット購入時に牢屋の中庭を選んだ観客は演者と全く同じ場所でオペラを観ることとなり、否応無しにストーリーに巻き込まれ翻弄される。(入場時に選んだ場所によって色の違うシールがチケットに貼られる)

ソリストやコーラスが舞台以外の観客席ゾーンで歌ったり演技をしたりすることは珍しくない。でもそれは一過性のもの。私はこんな経験(an immersive productionと呼ばれている)は滅多にできないと迷わず監獄の中庭ゾーンを選んだ。ここの観客は舞台を囲むようにして立って観ることになる(ベンチもあるが、前に人が立ってしまうと何も見えない)。 曲が始まると奥から出演者ほぼ全員が走ってきて、大声で叫んで飛び上がったり、殴り合ったり、上着を投げたり、倒れ込んだり…というフィジックなパフォーマンスがすぐ目の前で繰り広げられる。倒れた演者の荒い息遣いまで聞こえて、放っておいて大丈夫かしら…などと心配してしまうほど、一気にストーリーの渦にのまれてしまった。

途中で何人かの演者が観客にコンタクトするところがあって、頭を肩にのせたり、手を取ったり、前に蹲ったり…私の目の前にいた演者は私の前にひざまづいて私の左膝上を両手で掴み、頭を腿につけてじーっとしていた。側から見たら脚に縋りつかれているように見えたはず。隣の老婦人は彼の頭と背中を優しく撫でて、私にも同じことをするように促したが、私の筋力では脚を後ろに引かずに上体を前には倒せないので、彼と同じようにじーっとしていた。いやー、驚いちゃったわ、本当に。彼の両手の熱さと共にこれはちょっと忘れられない。

そしてソリストとコーラスが盤石の説得力。チェコ語は理解できないけれども、彼らの狂気と絶望がダイレクトに身と心に沁み入ってきて、そこからそっと逃げ出したくなったり、いやいやそんなに興奮しないでと宥めたりしたくなってしまう。アレクサンドル役は去年ONPでヴォツェック歌った人、ルカ役はSOBリングのミーメだった人だった。

そう言えば、みんな殴り合いのシーンなど演技上手で驚いた。でも時々ビターンとすごい音で倒れたりするので”あれ絶対後で青痣になる!”と心配になったりもした。とにかく最初から最後まで迫真の歌唱と演技に圧倒されっぱなし。

第3幕のシシコフの独白(このリー・メルローズの圧巻のパフォーマンス!)の間中、アレクサンドルはソワソワしたり思い極まったりしたような動きをしていたんだけど、あれは何と結びついていたのかしら?もしかしたら彼も過去に同じようなことをした記憶に繋がっている…?
シシコフの怒りの激情がもの凄いので、ルカ(フィルカ)を殺してしまうのがストーリーの必然的な流れだと感じた。もうそれ以外あり得ない感じ。原作では隣のベッドで死んだルカがフィルカだったと気づいて呆然とするんだけれども、そんな生やさしいものじゃなかった。
ああそれから娼婦役がコントルテノールで、フィギュランにも女性は皆無で完全に男性世界の物語だった。
何気ない視線や態度がスパークになって狂気が爆発するような、一触即発のギリギリの精神状態で皆が生きているところで、アレクサンドルとアリエイヤの間の優しい感情があっという間に暴力の波に襲われて木っ端微塵にされてしまう。弱者のアリエイヤと新入りのアレクサンドルに抵抗する術はない…見ていて辛いものがあった。

興味深かったのが、自由の象徴の鷲が見える形で使われないこと。(凶悪犯ではない)政治犯として収監されるアレクサンドルがそれか…台本では傷が癒えた鷲はアレクサンドルの出所とともに大空に戻っていくけれども、ここではアレクサンドルが実際に出所したかは明らかに提示されないし、少なくとも彼の精神的な自由は保証されない。青い照明に浮かび上がるテーブルの周囲(と下)で息絶えたかのような人々と、それに気づいて絶望の叫びを上げるアレクサンドル…”この魂をどうする”という重い問いが澱のように心に沈んだ。

リュックはもちろんハンドバッグやスマートフォンさえもホールには持ち込めず、クロークに預けて空手で行かなければならないので、まるで囚人扱いだわーと笑ってしまった!でも確かにあれをハンドバッグ持って観てたらあそこまでオペラに没入できたかどうか…?

Libretto Leoš Janáček
Conductor Dennis Russell Davies
Director, Set Design Dmitri Tcherniakov
Costume Design Elena Zaytseva
Lighting Design Gleb Filshtinsky
Live Action Director Ran Arthur Braun
Sound Design Thomas Wegner
Associate Set Design Danila Travin
Dramaturgy RT Barbara Eckle
Assistant Director Joël Lauwers
Musical Director of Studies Daniel Linton-France

Johan Reuter (Alexandr Petrovič Gorjančikov)
Bekhzod Davronov (Aljeja, a young Tatar)
Leigh Melrose (Šiškov)
Stephan Rügamer (Luka (Filka Morozov))
John Daszak (Skuratov)
Alexey Dolgov (Šapkin )
Neil Shicoff (The Old One)
Elmar Gilbertsson (Čerevin, Merry Prisoner)
Stephan Bootz (Čekunov, Prisoner 1)
Peter Lobert (Prison Governer)
Lluís Calvet y Pey (Short Prisoner, Obstreperous Prisoner)
Alexander Fedorov (Kedril, Young Prisoner)
David Nykl (Prisoner a, Don Juan (Brahman)/Devil)
Robin Neck (Tall Prisoner, Prisoner 3, Actor )
Alexander Kravets (Prisoner with eagle, Drunken Prisoner, Prisoner 2), Anatolii Molodets (Cook, Prisoner (b), Prisoner)
Vladyslav Shkarupilo (Whore)

Bochumer Symphoniker
Chor der Janáček-Oper des Nationaltheaters Brno

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