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偶然が引き起こした化学反応

思いがけないことは渋谷で起こった。
 年金の手続きをするために池袋の年金事務所に行くつもりだったのだが、たまたま渋谷に行く用ができたので、そのついでに渋谷の年金事務所に寄って、手続きをすることにした。
受付の男性がにこにこしながらこちらを見ている。驚いた、彼は以前私が勤めていた会社の40代の同僚だった。訊くと、私が退職した後に彼も早期退職したと言うのである。彼は退職した時に、すでに社会保険労務士の資格を取得していたそうで、時間があるときに年金事務所を手伝っているとのことだった。
それにしてもなんという偶然、同僚と言ってもプライベートではほとんど話をしたこともなく、ここで会わなければ、おそらく一生会うことのない人物だ。
 他に中小企業診断士、ファイナンシャルプランナーなどの資格も退職前に取得していたと言う。そして今は渋谷に事務所を構えている。彼は優秀なのだ。そして大変な努力家でもあることを知った。
彼はビジョンを持ち、事前に準備をして退職に備えていた。言うならば、彼は「会社を見限って辞めた人」で、私は「会社から見限られて辞めた人」ということになるのか。

さしずめ希望退職者とは名ばかりで「会社に見切りをつけられた」強制希望退職と言い換えたほうがふさわしい。認めたくはないが、私を含めて圧倒的に後者が多いのではないか。

往々にしてこのようなケースでは、手続きが終わってしまった時点で「それじゃ、またね!」で別れてしまうものだ。そしてその後、会ったためしがないのが普通だ。
 でも私は違った。今の私には時間があるのだ。
お昼も近かったので暇つぶしに彼をランチに誘い、お互いの退職後の近況を話した。その中で彼は、私がキャリアカウンセラーの資格を取ったことに驚きと興味を示した。
 1時間ほど親交を温めた後、その日は別れた。

2週間くらい経った頃、彼から会いたいと連絡が入った。何だろうと渋谷に出向いていくと、彼のお付き合いしている人材派遣会社が、神奈川県のある自治体からの委託事業として「若年層及び転職者向けの就職支援講座」を受託したと言う。会社はその講座の講師を探しているので、私にやってみないかということであった。もしその気があるなら人材会社に推薦すると彼は言ってくれた。
やっと資格を生かす時が来た。こんなチャンスは滅多にあるものではない。でもすぐに返答はできなかった。何せ講師など経験したことがないのだから。
確かに今回の仕事はキャリアカウンセラーの担当分野だ。胸がドキドキ高鳴った。
 ちょっと大げさだが自分にとっては今後の人生を左右するほどの転換期が訪れたような予感がした。
少し緊張しながら渋谷を後にした。桜井さんとランチをしてから1か月後のことである。すべては私の暇にまかせたランチ作戦から始まった。もう一生会うことはないだろうと思っていた彼と偶然渋谷でバッタリ、「それじゃあ、また」で別れていたらおそらく二度と会うことはなかっただろう。偶然がもたらす化学反応が起きた瞬間だ。
 そして久々に緊張感をもたらしてくれた。

偶然は志や目的を持って行動した人に起こると言われる。偶然と偶然が重なると奇跡になることもある。偶然は時として化学反応を起こし、今まで見えなかったものが見えてきたり、思いがけないことが起きたりする。新たな人との縁が生まれる。

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