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とりあえずやってみた

退職後に何をしたいかとアンケートをとると、ほとんどの人はとりあえず「ボランティアや社会貢献など、人の役に立つことをしたい」と答えるそうだ。
 そこに具体的なビジョンがあるわけではなく、ただ一つの選択肢としてそう答えてしまうらしい。

興味はあるが具体的な知識がない。そもそも社会貢献やボランティアの本当の意味すら理解していなかった。ゆえにいまだそれらに無縁である。「するも」「しない」も本人の自由。何をするにも面倒くささが先に立ち腰が重い。とにかく体験してみることが大事なのだが、そこに何があるのか、結果の見えない行動は控えてしまう。社会に参画するハードルは高い。見返りは何なのかを先に考えてしまい、一人で行動を起こせない。本音は「煩わしいことは嫌だ」「楽をしたい」「楽しみたい」ということだが、しかしそれをストレートに言いにくい。

ボランティアや社会貢献について全く考えていなかったわけではない。自分に合うコミュニティを探すのが面倒であったのと、やっと会社という組織から解放された身としては、また新たな組織に入って人間関係を構築しなければならないことの煩わしさが参加への壁となっていた。

ネガティブ調になりかけていたその時期に、中学生時代の仲間から連絡があった。
 今でも年に何度かは会っている旧知の友だ。
 私の退職を聞きつけて
「お前、暇を持て余しているのだったらアルバイトで俺の仕事を手伝わないか?」
 と電話をくれたのである。暇を持て余しているなんて、私にとっては嫌な言葉だが、救いの電話でもあった。

彼の職業は測量士、30年のベテランである。かつては7~8人の従業員を雇っていたそうだが、不景気のあおりで公共工事も減少の一途、従業員も一人減り二人減りと、先日まで一人残っていた最後の従業員も辞めてもらったとのことであった。
測量は最低二人一組で行うもの。彼一人では、たまに入る仕事もできないので、仕事のある日だけ手伝ってくれというのである。週2日程度、朝8時~夕方17時まで。
経験も全くない私だが、暇を持て余しているのを見かねて誘ってくれたのである。
 時間もあることだし、少しでも彼の役に立つのであればと思い、とりあえずやってみることにした。
彼は教え方がとても上手で懇切丁寧に指導してくれた。こんな面があったのかと、普段の彼からは想像できない新たな発見であった。

3か月も経つと測量機器の扱いも慣れて、仕事の段取りが読めるようになり楽しくなってきた。しかしすべてが順調だったわけではない。
 測量という仕事は想像以上に肉体労働である。彼にとってはどうってこともない作業も、慣れない私にとっては大変な重労働であった。
 重い測量機と三脚の持ち運びや、境界標のコンクリート杭の掘り起こしや、杭打ちと、立ちっぱなしの作業でクタクタになる。
最初の頃は家に帰って入浴し、夕食をとるとバタンキューであった。
 ただストレスがないのがいい。おかげで、ジムに通っているかのように筋肉と体力がつき、顔と腕は日焼けして真っ黒になった。
 それを見て妻は「最近逞しくなった」と嬉しそうに言う。

週7日のうち1~2日は測量のアルバイト、あとは野暮用でつぶれても、まだまだ時間はある。測量のアルバイトをしているときはそれに没頭しているからいいのだが、何も予定のない日は以前ほどではないが、先のことを考えると不安が頭をよぎる。
友人からの誘いはありがたかった。暇な時間を少しは解消できたことと、人と接する機会が多くなり、妻以外の人と会話する機会が増えた。考えてみると退職後は圧倒的に人と話す機会が減った。少し自分を取り戻したような気がした。

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