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#講師 デビュー・実践60の手習い  #第2の人生 を生きる

 さあ、それからが大変。紹介された人材派遣会社の担当者は、丸山さんという50代の女性であった。
 丸山さんからは、私のような年配者は
「今までの経験に執着した価値観や実績を振り回す人が多い」
と、まずカウンターパンチを食らった。
 そして講師の心がまえとして
「初めて講師をする方が、今回の講座は初めてなので、慣れていなかったので、などとエクスキューズすることがありますが、それは絶対にしないこと」
「私たちはお金をもらう立場、プロだということを自覚して下さい。相手もそう見ています」
「それから絶対失敗しないでください。失敗すると二度と仕事は来ませんから」と、厳しくくぎを刺され指導された。
 まるで脅しである。気持ちが萎えた。しかし引き受けた以上逃げるわけにはいかない。講座は3か月後である。その間、初めて講師をする人のハウツー本を読み、経験者から話を聴き、プレゼン用の資料作りに欠かせないパワーポイントの勉強をした。

受講者を想定しながらの資料作りは、想定した以上に手間と時間が掛かった。丸山さんにチェックをしてもらったが、何度もダメ出しを食らった。
 最初の頃は一生懸命に作成したものを、いとも簡単にダメを出されて、さすがにムッときた。きっとその時に不満そうな表情が出てしまったのではないかと思う。最初にカウンターパンチを食らった、年配者に対する丸山さんの懸念が、頭を持ち上げてしまった。
「いかん、いかん」丸山さんは講師のベテラン、初心者の私にとって先生なのだ。
 私の知らないことを教えてくれる人は年齢に関係なく、みな先生なのだ。そう思ったとたん、ムッときた気持ちも薄れた。

 丸山さんの懸念は私の価値観に風穴を開けた。

 今までは、所属していた組織や地位が世間から高く評価されることが私のステイタスであった。それを失った喪失感は大きいが、早く乗り越えたほうがいい。名刺がないので初めて会った人に対し、お互い腹の探り合いをしてしまう。前の勤務先、地位、収入、学歴、資格など、相手の所属していた組織が一番の関心事である。相手より自分の勝る部分を見つけ優越感を感じる傾向がある。この過去に執着している習性を払拭しない限り、次のステップに進めない。過去の実績や思い出に執着することを簡単には断ち切れない。過去の実績を誰かに認めて欲しい。誰かに聞いてほしい、そして自分という存在を認めて欲しい。でないと報われない。できることなら家族や友人などの近しい人たちに認めてもらいたい。それが出来たときに、これまでの人生に肯定感を持てるようになり、過去への執着という呪縛から解放される。そして「今までの自分」から「これからの自分」に少しずつ前進することができる。誇りは胸の内に、見栄は捨てよう。今どんな第二の人生を送っているかが本当のステイタスであり、評価されることである。

経験は過去のことであり、自分にとっては大切なものであるが、自分以外の人にとっては興味のないことである。かたくなに自分の価値観を守ることは、経験から裏打ちされたことなので必ずしも否定はしない。
自分の価値観に合わないからと言って他人の意見まで否定するのはよくない。個が基準のよこ社会では自分以外の多様な考えや意見がある。
そして人は過去のことよりも、「いま何をしているのか」「これから何をするのか」に興味を示す。過去に執着していると前に進めない。

 ダメ出しから3回目に「大変良くなりましたよ」と丸山さんからようやくOKが出た。厳しい指導のおかげで、自分でも気づかなかったプライドのような執着心が、少し削ぎ落とされたような気がした。

資料作りは、作成の過程で話す内容を整理し、頭の中に刷り込んでいく作業。言わば講座の生命線である。資料作りが終わると次は講座の進め方である。丸山さんから進め方や時間配分を学び、耳慣れない「アイスブレイク・ワークショップ・ファシリテーター」など講座の中で必要なことも学んだ。
丸山さんはメインの人材派遣の仕事の合間に時間を割いて、覚えの悪い私に、嫌な顔一つせず辛抱強く指導してくれた。講師養成所のプライベートレッスンに通っているようであった。
 私にとって非常に幸運なことであり、財産になったことは言うまでもない。丸山さんに感謝するとともに、丸山さんのためにも今回は絶対失敗できないと強く思った。
 講師デビューまであと1週間。何度も何度もシミュレーションを繰り返す緊張の日々が続いた。

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