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瓶の底

 水色でいっぱいだった私の夏は、つまるところ炭酸が抜けきらないうちに飲み干されてしまったわけだ。鮮烈な時間ほどゆるやかに過ぎるというけれど、それでも時は止まりはしない。
 六月、七月、八月と、夏のめいっぱい濃厚な部分を味わいつくして、結末はいつも日暮れの色だ。後悔しているというんじゃないけれど、グッドバイは誰だって淋しいものさ。来年もまたくるねって、そんな保証はどこにもないし。
 駆け抜けてしまえばやっぱり夏。いつもと変わらぬ私の夏。大好きな夏だった。ときどき汗が眼にしみながら、それでもあの丘の上を目指して、坂道をのぼりつづけていた。
 手持ち花火が暗闇で小さな星屑を撒き散らしながら、白い頬をちらちらと赤く染めていた夜更けに、ぬるくなった飲みかけのビールと燃え尽きた蚊取り線香と、いくつかの寝息、おぼつかないギター。
 早く大人になりたくて背伸びしていた少年が、いつしか大人になるのが怖くて子供のふりをするなんて、ああ、けれどこの季節は、かなしい夢さえ美しく見せてくれるのだ。
 ロマンスも友情も、一瞬のきらめきかもしれない。それでいいんだ。思い出せるということは、幸せなことだから。
 さようなら。きっと戻っておいで。ずっと待っているからさ。そしたらまたおいしいお酒でも飲もうじゃないか。

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