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DOMANI・明日展 2022–23 × 日比谷カレッジ「近藤聡乃、ニューヨークでの創作と暮らし」レポート

現在開催中の「DOMANI・明日展2022-23」(国立新美術館・東京)への参加に伴い帰国されていた、コミックエッセイ「ニューヨークで考え中」などで知られるマンガ家 ・アーティストの近藤聡乃さんが、ニューヨークでの創作や暮らし、そして新作アニメーションについて、日比谷カレッジ(主催:千代田区立日比谷図書文化館、協力:DOMANI・明日展)で語りました。聞き手は、現在は太田市美術館・図書館(群馬県)の学芸員で、2019年には三菱地所アルティアム(福岡・2021年8月閉館)にて展覧会「近藤聡乃 呼ばれたことのない名前」を企画された山田晃子さんです。

また、「DOMANI・明日展」は今回で25回目を迎えますが、近藤聡乃さんは2010年の13回目にも参加されています。国立新美術館でのDOMANI展に2回出展する作家は近藤さんが初めてとのこと。前回の展示では、絵画やアニメーションが中心の展示でしたが、今回は「ニューヨークで考え中」に特化した展示になっています。

 

会場の様子

 

生活と制作の場が一緒になる

近藤:現在開催中のDOMANI展では、「ニューヨークで考え中」を中心に展示しています。連載10年の間に、私自身が生活を通して観光客から移民に変化していった様子を、時事を交えながら見せる構成になっています。
文化庁の新進芸術家海外研修制度の研修員としてニューヨークに住み始めた1年目はISCPというプログラムに参加していて、スタジオを持ってそこで創作しながら、プレゼンをするような生活をしていました。
それが終わって、今度は個人的にクイーンズのアストリアという所で一人暮らしを始めました。
日本にいたころはスタジオに通って制作をしていたんですけど、アストリアでは生活の場と創作の場が一緒になって、すごく居心地が良かったですね。

 

アストリアのスタジオ


山田:どういった点が快適でしたか?
近藤:基本的に出不精なので、外出するだけでもうストレスになるんですよ。朝起きて、朝食を食べて、創作にすぐ入れるっていうのが、向いてるんですよね。すごく快適で、創作も進んだりして。
キッチンの手前にあるスペースで創作していました。イメージスケッチをたくさん描いて、アニメーションの構想を固めていくんです。

 山田:イメージスケッチは何枚くらい描かれるんですか? 確か、アルティアムで展示させていただいた「KiyaKiya」のスケッチは400枚くらいでしたが、それも全部では無いとおっしゃっていました。

近藤:そんなに! 自分で言って忘れていましたが、まあ、沢山描くんです。


制作の様子


近藤:この時期にブログに文章を書いたりもしていて。そしてこのスライドは、そのブログの文章をエッセイ集として書籍化した際にあとがきとして書いた文章なんですけど、


―どんなに追い詰められた状況でも、頭の中には「上の空」な部分が残っているのだと思います。―


近藤:今思うとこの「上(うわ)の空」がすごく重要だった気がしています。
このスライドも同じくエッセイ集の一部なのですが、アニメーション「KiyaKiya」について触れています。『少女コレクション序説』(著:澁澤龍彦)の中の「幼時体験について」という一編で、“胸がきやきやする”という言葉と出会ったんですね。それが「KiyaKiya」創作のきっかけになったりもしました。

近藤:そして詩人の萩原朔太郎について触れている文章で、なかなか私には理解が難しいんですけれど、せっかく図書館でのトークイベントということで、抜き出してみました。萩原朔太郎が精神的に衰弱した時に、植物と種を超えた交わりを持つ「草木姦淫」の幻覚体験をしたという箇所です。これを知ったのは高校生の時だったんですけど、それからずっと覚えていたのですから印象的だったのだと思います。


“上(うわ)の空の部分”が無くなっていく

近藤:2012年に入って、「ニューヨークで考え中」の連載が始まります。第1話は1年だけのつもりでやって来たけど、「そうだ、このままニューヨークにいよう」と道端で突然決めた話ですね。

山田:(漫画の)冒頭に、きちんと「ニューヨークに住んでもうすぐ4年になる」と書いてあるんですけど、ニューヨークに住み始めると同時に連載が始まったかのような印象があります。

近藤:そうなんですよ、連載初期は4年の間に体験した、驚きとか、そういうことを振り返りながら描いてたせいもあってそのような印象を受けるのかもしれませんが、実際には4年たっています。
そして「A子さんの恋人」の連載が始まったのが、2014年。だんだん忙しくなって余裕が無くなってきます。
そんな折に、イタリアに住んでいる友達が、『空の怪物アグイー』(著:大江健三郎)を貸してくれました。とてもインスピレーションが沸く物語で何度も読みました。
「A子さんの恋人」にも、登場人物が英語版の「アグイー」を読んでいるシーンや、英訳に取り組むシーンを入れました。

近藤:2017年、「A子さんの恋人」の連載があまりにも忙しくって、先ほどのエッセイのあとがきで触れていたような、“上(うわ)の空の部分”が無くなってきています。
これは「ニューヨークで考え中」2巻のエピローグ。結婚して、ソーホーで暮らし始めていました。


近藤:当時のソーホーの家はA君の家のモデルになっていて、「A子さんの恋人」の中にたくさん描いています。
近藤:こんな感じで創作の日々を送っていたんですけども、2020年、パンデミックが起きました。ニューヨーク州では3月7日には非常事態宣言が出て、22日からロックダウンでした。さらにその後、私の家で水漏れ事故が発生しました。
そしてサンセットパークに一時避難をして、仮住まい中に「A子さんの恋人」が完成しました。


「呼ばれたことのない名前」

近藤:今、次回作のアニメーションの構想段階なんですけど、このエッセイではそのテーマになるような、昔見た夢について書いています。夢の中で子供を産んで、名前をつける夢だったんですけど。


―この子の名前は「窓乃」にする。風を通す窓のような人になるように、という意味を込めた「窓」に、私の名前から「乃」の字を取って「窓乃」である。そして「まどの」は「ノマド」のアナグラムでもあり、どこに行っても強く生きていけるように、という願いが込められている。―


近藤:私が夢の中で、夫と思われる男性にこう宣言する夢を見たんですよね。それ以来「名前がついたことで確かに存在するようだけど、まだ生まれてはいない子供」が気になって。これを是非次回作にしなくてはいけないと思うようになりました。夢からもう14年経っていてるんですね。

近藤:こちらは『少女コレクション序説』、「幼時体験について」の最後の部分なんですけど、


―人間の芸術活動のひそかな目的は、「失われた子供の肉体を少しずつ発見して行くこと」だそうだ。―


近藤:とあるんですが、これもインスピレーションの湧く一文です。自分の夢とも関わりそうで、今後のテーマになっていきそうです。
2019年に福岡で行った展覧会は「呼ばれたことのない名前」というタイトルだったんですけど、さきほどの子供に名前を付ける夢をヒントにつけたタイトルです。

山田:近藤さんに展覧会を依頼したとき、アルティアムでの展覧会が過去最大規模の展示となるとうかがったんです。それで、初期から最新作までのフルジャンルの回顧展をお願いしました。回顧展のタイトル、つまりご自身の一連の制作を包括するものとして、「呼ばれたことのない名前」というタイトルを提示された時、近藤さんらしい率直な表現で素晴らしいと思いました。

近藤:このタイトルを次のアニメーションタイトルに引用しようと思っているんですけど、なかなか構想が固まりません。
それなのに作品のタイトルだけついていて、その状態もまた、夢の中の名前だけついていて、体のない子供のイメージがダブるなと思ったりもしていて。
このように少しずつヒントを集めながら作品のイメージを膨らませていくんですけど、それをまとめるのが難しいんですよね。夢をみたのが28歳だったのに42歳になってしまいました。やはり、一生の中で作れる作品にも限度があると思います。なるべく多く、思い残さないように作りたいんですけど。


アルティアムでの個展


気楽なお客様で暮らすのはもうダメなんじゃないか

山田:今回のトークテーマは「創作と暮らし」ですが、「暮らし」というものをテーマとして直接的に扱っている作品が「ニューヨークで考え中」だと思います。また、近藤さんは31歳のときに書いたブログ「13歳の誕生日」で、ご自身の人生を「幼児、幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生、日本の社会人、そしてニューヨークの今」という8区分にしてますよね。
そして、42歳の今、「ニューヨークで考え中」に、観光客から移民への意識の変化が見られるとおっしゃていることを考えると、その8区分が、9区分に増えているのではないでしょうか。

近藤:なるほどそうですね。思いがけずアメリカの生活が長くなりました。ここ数年でついに観光客じゃなくて移民になったと、感じています。 

山田:近藤さんが実感している移民の感覚とはどういうものですか?

近藤:具体的には何が変わったという訳ではないんです。ただ、あまりにもごたごたして、もう気楽なお客様でいてはいけないと感じることが沢山ありました。
目の当たりにしてショックだったのが、2020年6月1日の、ソーホーなどでの暴動。近所のあちこちでお店の窓ガラスが割られて、物が盗られて、その残骸が道に散らばっていた光景がとても衝撃的でした。


死ぬまでにあと何本作れるんだろう

近藤:アニメーションは特に完成までに時間がかかるから、死ぬまでにあと何本作れるんだろうって、どうしても考えてしまって。
まだ大学生だった頃に、アニメーターの奥山玲子さんが、30歳になる前に3本作った方がいい、とアドバイスしてくださって。体力もいるし、何より目が悪くなってくるから、30歳までにがんばって3本作りなさい、と。
そう自分にも言い聞かせてきたけど、やっぱり間に合わなくて。3本目の「KiyaKiya」は31歳で完成したんですよね。それで今は42歳で、本当に目も悪くなってきて。技術も変わっちゃったし、不安です。

山田:きっと大丈夫です。素敵なものを作って下さると思います。


対談の様子


近藤:漫画の連載も、「A子さんの恋人」が始めての月刊連載だったんですけど、長編連載がこんなに大変だとは思っていませんでした。始めてから「しまった」と思いましたね。描いても描いても終わらないし、1ヶ月に1話お話を作らなければならないレッシャーも大きくて。
私としてはまだ連載が終わったばかりなのに、次の長編連載はいつなんですかと聞かれたりもします。アニメーションの後ですよと答えるんですけど、そうすると本当に10年後とかになってしまう可能性が高いですね。
アニメーションを作るだけではなくて、たぶん関連作品も作るので。ドローイングとか、ペインティングとか、諸々やると、10年近くはかかるだろうと思うんですね。
そうすると、次の漫画の連載は50代。その時あの過酷な仕事をまた出来るのだろうか……。

山田:近藤さんがアニメーションを作るプロセスとは、どういうものですか。最初にスケッチを描いて、それから絵コンテでしょうか。

近藤:そうですね。イメージスケッチを描きながら構想を固めて、それを絵コンテというアニメーションの設計図みたいなものを起こしていく。そこからは、その設計図に従って、作業を進める感じです。
その段階になると、かなり制作は軌道に乗っている状態で、あとどのくらいかかるかもわかる。でも、作業は作業で大変でもあるんですけど。
3年ぶりに東京に来て、なんだか海外からの観光客みたいな気分です。
オリンピックで再開発が進んだそうで、街を歩いていても、知らない建物と知ってる建物が半々みたいに感じて、半分知らない国のようです。前回の帰国では現金で支払っていたのに、今回はほとんどの支払いはスマホで済むし。それにセブンイレブンで朝にコーヒー買おうとしたら入れ方がわからなくって、オロオロしてたら周りの方が助けてくれました。完全に海外からの観光客として親切にされていると感じました。なんだか地に足が付かないような気分です。
私は明日ニューヨークに戻るんですけど、ニューヨークでは「ああ家に帰った」という感じがするような気がします。家には猫が2匹いるし。「ニューヨークで考え中」の4巻はきっと、猫が沢山出てくる猫巻になると思います。


現在の仕事場の様子


楽しい作品をつくりたい

近藤:私はたぶんいま創作と創作の間の空白の状態に落ち込んでいて、そこからなかなか抜けられないんですけど、他の作家の皆さんはそこをどう過ごしているのかなって思うんですよね。
思い返すと、2008年くらいにも一度そういう状態になっていて、その時すごく悩んでしまって。それも留学をしてみようかと思ったきっかけの一つなんですよね。
それでニューヨークに来たら、今度はニューヨークでの生活が楽しくて、気が付いたら治っていました。そして「KiyaKiya」の制作に向かえたので、きっと今も何かきっかけが必要なんだと思うんですよ。でも最近は現実に気を取られてしまうことも多いですね。気を取られながらも、そろそろ気を確かにしていかないと。

山田:以前、前作の反省を次回作に活かすというような話をされていましたね。

近藤:そうですね。「A子さんの恋人」でいうと、物語の中に「一人で生きていく人のための話」が描けなかったなと思うんですよ。だから、今度マンガを描くの機会が来たら、そういう話を描いてもいいのかなと思います。
それはきっと10年後とかになるから、その10年の間に、自分なりに考えを深められるといいですね。
頭を柔らかくして、楽しい作品を作りたいですね。アート作品はテーマが重たいものも多いし、そうであるべきと思い過ぎていたところもあって。でもそうじゃなくてもいいんだなと思うようになりました。それは「A子さんの恋人」を連載した影響もあるかもしれません。

山田:近藤さんの作品には、表現方法やジャンルを越えて、同じモチーフが繰り返し、少しずつ形を変えて出てきますが、近藤さんの作品群や制作活動そのものを総括したり俯瞰することで新たに見えてくるものがあるという面白さがあります。過去の制作や当時考えていたことをあまり覚えてないとおっしゃるけれど、完成した作品群を見ると、熟考の末に生まれたものだということは確かだと感じます。

近藤:普段無意識のうちに考えていることを形にする、そういう創作がしたいです。無意識のモヤモヤの領域を形にするのは難しいけどそれが大切ですね。

山田:それがまさに「呼ばれたことのない名前」ということですね。

近藤:これは福岡で展示をしたときのフライヤーに書いた言葉なんですけど、

―何かを作るという行為は、まだ呼ばれたことのない名前を呼ぶようなことかもしれません。―

近藤:と結んでいます。この文章を書いたことも最近まで忘れていました。このように、忘れては思い出してまた納得する。それを繰り返して、創作していく、ということですね。





イベント概要(終了)
DOMANI・明日展2022-23×日比谷カレッジ
近藤聡乃、ニューヨークでの創作と暮らし
2022年11月25日(金)
19:00~20:30
日比谷図書文化館 地下1階 日比谷コンベンションホール(大ホール)
主催:千代田区立日比谷図書文化館
協力:DOMANI・明日展
https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20221125-post_516/


日比谷カレッジ「近藤聡乃、ニューヨークでの創作と暮らし」関連展示
「図書館という空間で見る近藤聡乃、読む近藤聡乃」
(終了)
2022年10月18日(火)~2022年12月18日(日)
日比谷図書文化館3階エレベーターホール
https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20221030-2_187/


展覧会概要
DOMANI・明日展 2022-23
百年まえから、百年あとへ
場所:
国立新美術館
会期:2022年11月19日(土)~2023年1月29日(日)※毎週火曜日、年末年始休館
時間:10:00~18:00 ※毎週金曜日は20:00まで。
https://domani-ten.com/




取材お手伝い:渡邊亜萌

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