地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング --森美術館
本日6月29日(水)より、森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)で表題の展覧会『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』が開幕する。
「五感を研ぎ澄まし、想像力を働かせて、リアルな空間でアートと出会おう」をキャッチフレーズに、COVID-19パンデミック後のライフスタイルにおける「ウェルビーイング-Well-being」をアートの視点から考察する企画だという。以下、昨日参加したプレスプレビューから、主にプレスリリースの項目分けに沿って展覧会の全体像をざっくりと紹介する。
パンデミック以降をいかに生きるか?
ポスト(というか、ウィズ?)パンデミックの生を考えるという点に着目し、行動の制限を受けない言葉と想像力の飛躍(オノ)、日常的な行為の反復をさまざまに巨大なスケールへと結び付ける(ウェルヴェ)、あるいはウイルスに影響されない自然へ孤独に向き合った作品(アルトフェスト、ライプ)をフォーカスしている。印象的だったのは、「マスク警察」等の言葉で社会へ強烈なコンフリクトを引き起こしている「マスク」を、ライプの蜜蝋で作った空間で外した瞬間。あまりにも明白なその嗅覚的な違いに、改めて「新しい日常」なる奇妙な言葉と、それに未だ縛られている「生」を意識した。
私たちの心はどのように社会を捉え、どのような風景を描いたのか?
ウイルスによるパンデミックは感染というリスク、それに伴う制約だけでなく、文化や人種、宗教といった我々の社会における「既にあった困難」をよりミクロのレベルからも露わにし、大きな心理的影響と危機をもたらした。この区分で選ばれたアーティストたちの作品も極めてセンシティブだ。DV を扱う飯山の作品は撮影が禁じられ、小泉明郎の催眠術を用いた新作インスタレーションは被検験者との関係において倫理的な疑問を抱かせる可能性もある。プレスリリースの調子とはかけ離れているように思う。
生きることそのものが芸術になるのか?
アートから考えるウェルビーイングーー「よく生きる」という本展覧会のコンセプトが、ある意味もっともポジティブな形で示されている区分。「具体美術協会」に参加したのち、業としての賃労働や家事をこなしつつ、その生活と結びついたライフワークとして膨大な数の作品を遺した堀尾夫妻、世俗的評価の無縁さに苦しみつつも、同じようにライフワークとして膨大な数の作品を遺したクートラス、エイブル・アートの文脈から日々驚異的な集中力で反復的制作を続ける金崎将司。いずれも上記の点から観る者へ大きな気づきと勇気を与えてくれるだろう。特に天井まで続く巨大な堀尾貞治の、壁一面に並べられた生の痕跡(「色塗り」シリーズ)は本企画のハイライトの一つである。
自分と宇宙、今日の一瞬と永遠はどう繋がっているのか?
最後の区分で選ばれた作品は、空間や時間軸を日常から拡大し、歴史や宇宙、精神世界のレベルで社会と個人の生を再考させるアートとして定義づけられている。その基準においてはパンデミックすら限定的な、一瞬の出来事だとも言いうるのであり、例えば一つの文明が滅んでも人類が消滅するわけではない。日々配られる新聞紙を熟読し、自分が関心を持つ社会の部分(例えばバイデン大統領)以外を黒々と塗りつぶした上で巨大なカーテンとしてそれをつなげてゆく金沢寿美「新聞紙のドローイング」は、日刊紙という素材を連続させることで強くそれらを意識させるスケールを見せつけており、圧倒させられる。
ミュージアムショップ
本企画にあわせて、ミュージアムショップの書架ではパンデミック後の生き方を考察した思想書、ブックガイド、ウェルビーイングを知るための入門書などがセレクトされている。もはやすっかりお馴染みとなったSDGsと関連したオーガニック・アイテムも並べられているので、展覧会で「よく分からない」「なんかモヤモヤした」のであれば、思考を深めるためにそれらを一読&実践(ウェルビーイング!)するのも良いだろう。
本企画とは関係なく、ミュージアムショップには「レビューとレポート」主宰とも縁の深い中ザワヒデキ往年の名著がいまも並べられている。お持ちでない方は品切れ前にゲットしよう!
レポート執筆・撮影:東間 嶺
展示情報
会期:2022.6.29(水)~ 11.6(日) 会期中無休
開館時間:10:00~22:00(最終入館 21:30) ※火曜日のみ17:00まで(最終入館 16:30)
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
料金:
平日:一般 1,800円(1,600円)、学生(高校・大学生)1,200円(1,100円)、子供(4歳~中学生)600円(500円)、シニア(65歳以上)1,500円(1,300円)
土・日・休日:一般 2,000円(1,800円)、学生(高校・大学生)1,300円(1,200円)、子供(4歳~中学生)700円(600円)、シニア(65歳以上)1,700円(1,500円)
※本展は、事前予約制(日時指定券)を導入しています。専用オンラインサイトから「日時指定券」をご購入ください。
※専用オンラインサイトはこちら。
※当日、日時指定枠に空きがある場合は、事前予約なしでご入館いただけます。
※表示料金は消費税込
WEB:
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/earth/index.html
関連プログラム
シンポジウム「現代アートとウェルビーイング」1日目
日時:2022年7月1日(金)18:00~20:00(開場:17:30)
出演:小野正嗣(小説家、早稲田大学教授)、北中淳子(慶應義塾大学教授)、佐々木閑(花園大学特任教授)、吉川左紀子(京都芸術大学学長、京都大学名誉教授)
モデレーター:片岡真実(森美術館館長)
シンポジウム「現代アートとウェルビーイング」2日目
日時2022年7月2日(土)14:00~18:00(開場:13:30)
●14:00~15:20 トークセッション1「アートにみる瞑想について」
出演:エレン・アルトフェスト(本展出展アーティスト)、大澤玄果(厭離庵住職)、マーティン・ゲルマン(森美術館アジャンクト・キュレーター)
モデレーター:德山拓一(森美術館アソシエイト・キュレーター)
●15:30~16:50 トークセッション2「社会に生きるわたしたちへ」
出演:飯山由貴(本展出展アーティスト)、堀内奈穂子(特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]キュレーター、dearMeディレクター)
モデレーター:熊倉晴子(森美術館アシスタント・キュレーター)
●17:00~18:00 トークセッション3「花粉から宇宙まで」
出演:ヴォルフガング・ライプ(本展出展アーティスト)
聞き手:片岡真実(森美術館館長)
https://www.mori.art.museum/jp/learning/5724/
同時開催
MAMコレクション015:
仙境へようこそ―やなぎみわ、小谷元彦、ユ・スンホ、名和晃平
主催:森美術館、企画:椿 玲子(森美術館キュレーター)
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamcollection015/index.html
MAMスクリーン016:
ツァオ・フェイ(曹斐)
主催:森美術館、企画:椿 玲子(森美術館キュレーター)
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamscreen016/index.html
MAMリサーチ009:
正義をもとめて―アジア系アメリカ人の芸術運動
主催:森美術館、企画:アレクサンドラ・チャン(ラトガーズ・ニュージャージー州立大学美術史部門准教授)、矢作 学(森美術館アシスタント・キュレーター)
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamresearch009/index.html
東間 嶺
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。
近年の主な展示、ブックフェア、寄稿、企画、撮影
2022 企画:藤巻瞬『不完全な修復』、前田梨那『去来するイメージ/往還する痕跡』ナミイタ(東京)
2022 寄稿:「わたしのわたしのわたしの、あなた」Witchenkare vol.12
2021 撮影:「人工知能美学芸術展 美意識のハードプロブレム」アンフォルメル中川村美術館他(長野)
2021 企画:大村益三「"RESTORATION" 1983-2021」、山本麻世「イエティのまつ毛」ナミイタ(東京)
2020 《引込線/放射線:Satellite Final, or…》higure1715cas(東京)
2019 〈引込線/放射線〉第19北斗ビル、旧市立所沢幼稚園(所沢)
2018 吉川陽一郎+東間嶺+藤村克裕『路地ト人/路地二人々』路地と人(東京)
2018 吉川陽一郎×東間嶺『WALK on The Edge of Sense』」Art Center Ongoing(東京)
2017 「コウイとバショのキオク---吉川陽一郎」路地と人(東京)
レビューとレポート