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手紙で過去の友人と話す

本棚をごそごそしてたら手紙を入れてるファイルを発見。

20代の頃ってお誕生日カードたくさんもらってたんだなぁと懐かしく思った。
私の好きなところとか書いてくれてて小学生のような気持ちになって、あの頃の友人たちよ、ありがとう。とそっとしまっておいた。

そんな手紙の山の中、一際目立つ某社の封筒。
親友が会社での不要になった紙の裏を使って会社の封筒で手紙を送ってきてくれたものだ。

当時彼女は東京で勤めていて、私たちは文通をして近況を報告しあっていたようだ。

最後には23.9.14とあるので約9年前か。。

私はその前に何を書いたのかさっぱり覚えてないけれど、非常に内容の濃い、というか今読んでもうなずく内容でやっぱりあやつは只者ではないな、と。

職の話、パッションの話、死生観(図付き)、身体感覚について。

嗜好や行動が変わる時、身体がただ要求してただけで、そこに本質があるわけではないから根本は全然変わっていないと思う、とな。

だって最後の文が。
「がんばらなくてもいいので、生きててね!」
って。
わたしゃ何を書いたんだろーな。

でもこの頃の彼女は仕事の疲労が酷くて握力もないから汚い字になってごめんとか書いてる。
お互いに苦しい時だったんだろなと思う。若い時は特に悩むよね。

でも話してるテーマがずっと変わってない。お互いに経験を重ねても、基本の考えは一緒だった。

思いを伝え合える、その思いを形にした言葉が力をくれる、そんな友人を持てたことが本当に今世のギフトだと思いますな。

そしてたまにでいいから直筆のお手紙もよろしいね。
字ってなんかその時のその人の何かが表れる。字の上手い下手ではなくて。

今はチャット式の会話が多いから友人とのやりとりも短文。その時々で思ったことをパッパッと伝えてしまうのも簡単で早くていいけど、腰を据えて誰かに何かを伝えたい、ってなるとやっぱ手紙になりますね。
手紙書くとなるとまとまらない考えをすぐに出さずに自分の中で熟考するし温めておけたりもするしね。

そんなことを考えていたので本棚はあまり片付かず。
またお菓子食べる。
FRIANDE(パン屋さん)のクッキー

カフェオレと。

今日もごきげんやう


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