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お別れした話

仕事を終え車に乗り込んだ。

マスクを外してエンジンをかけようとすると、一本の前髪が抜けて鼻についた。私は寄り目にしその存在を確認した。か細いが黒々した髪の毛が鼻にしがみついている。私はすぐに指先で取ろうとしたが「この髪の毛、本当は俺とサヨナラしたくないのではないか」などと考えるうちに手が動かなくなった。そして遂に髪が意思を持ち、髪が私に対して主導権を握り始めた。仕方がないので10秒ほど鼻につけておいた。

髪が「私、あなたと離れる事などできないわ。」と言ってきた。俺は「知らないうちに忽然と消えてほしかったわ。」と突き離した。

こんな馬鹿な事を回想している内に、一本の髪の毛の方から私に別れを告げ去っていった。別れは呆気ない。だからこそ別れる前もその後も、目の前で起こった事実だけでもいいから鮮明に見て、そして思い出せるように生きていきたい。


私はエンジンをかけ車を走らせ家路についた。

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