_四角_

「四角」


今日のキーワード「四角」



小学生の頃、四角いものを集めることが病的に好きだった。



正方形の弁当箱、角張った筆箱、消しゴムは使うと四角くなくなるから未使用のまま。



徹底して四角に心酔していた。



何かを病的に好む人の多くは、その理由をはっきりと説明できないことが多いと思う。あくまで個人的な感覚だけども。



だけど僕は違う。
自分がそうなった理由をはっきりと覚えてる。



10歳の頃の話だ。
父と2人で川崎の工場夜景を見にいったことがある。
そのとき、僕は`四角`に魅了されてしまった。



閑話休題。



四角い身の上話をする前に、少し父の話をしておきたい。
自分の父親ながら変わった人だったので。


父は町工場に勤務する旋盤工だった。
徹底した旋盤工。
旋盤工が着るような私服に身を包み、旋盤工らしく無骨な言葉を好み、旋盤工らしく、休みの日は工場群を眺める。
世の旋盤工の多くはこうじゃないと思うけど。失礼があったら謝罪したい。



そんな父の自慢は「両手の長さ」と「身長」が全く同じ長さということだった。ちょうど167センチ。
遠くから見るとかなり不恰好な体型ではあったが、父もある意味では四角い人間だった。
正方形人間。



そんな父の趣味に付き合う形で工場夜景を見にいった。



「川崎のディズニーランドを見たくないか」



こんな意味不明な言葉に連れられた僕も悪かった。ディズニーランドが地元にもあるんかいと、正直胸を揺さぶられた。
小学生の脳は単純だ。だけど、川崎の工場群に舞浜の雰囲気は一切なかった。父はふてくされる僕を尻目に小型の双眼鏡を持って工場を眺め始めた。
何が楽しいのか。本当に。にやけてやがる。
こいつ、工場を見ながらにやけてやがるよ。尻を蹴飛ばして交通規制用のコーンにぶつけてやろうか。
そんなことを考えながら沿道に体育座りしていた。



父の腕にはめられたデジタル式の時計には21:12の文字が表示されていた。
夜の9時。
小学生の僕に夜の9時は遅すぎた。今の深夜3時に値する。脳がいろいろな分泌を緩め、夢と現実の狭間、ふわふわした状態に突入していった。
平たく言えば、猛烈に眠かった。



その瞬間だった。
僕の目に`四角`が飛び込んできた。



100メートル先の湾岸でクレーンが船から積み荷を降ろしている光景がおぼろげに見えたんだ。



コンテナ・・・
container・・・



それが僕の四角病の発端となった。
何が人を劇的に変えるかは、その瞬間が来ない限りわからない。
あの夜、僕の目に映っていたものがアダルトビデオだったら僕は今頃名監督になっていたかもしれない。
「セカンドバージニア寺沢」なんて名前で活動して。アダルト業界1の暴れん坊として文化庁から異例の表彰されちゃったりして。
しかし、コンテナ。



その夜から、四角い体型の父も無条件に尊敬するようになってしまった。
恐ろしい病だ。



帰りの車の中から見える工場夜景は行きとは全く違った姿に見えた。
すごく四角い。
惚れ惚れするほどかっこよかった。



家に帰った僕は一心不乱に四角くないものを部屋から一掃しはじめた。
そして、次の日、その四角くないものたちを四角いダンボールに詰めて川に流した。僕の部屋に残されたアイテムは四角い精鋭部隊だけ。



もっと四角いものに囲まれたい僕はその日から`四角ハンター`へとジョブチェンジを果たす。



四角いものを、もっと四つ角のあるものを・・



学校も四角いから好きになった。
校舎は遠くから見るとすごく四角い。



しかし、そんな夢気分もつかの間。
教室に入った僕はひどく落胆することになる。



四角い人間がいない・・・



そりゃそうだ。
父のような体型は貴重なのだ。
ほとんどの人間は`丸い`。



こんな丸みを帯びた人間達と半日も過ごしていたら気が狂ってしまう。
想像しただけで四角くない・・・



僕は学校を飛び出した。
四角い反抗期の始まりだ。



人とは違う反抗期をぶら下げて、僕は街をさまよい歩いた。
もちろん四角いもので心を満たすため。
四角ハンターのぶらり四角散歩である。



いつもは何の気なしに歩くこの道も、どこか違って見えた。
そうか、僕らが暮らしているこの世界は四角いもので溢れてるんだ。
全ては見えかた次第なんだ。
ありがてぇ。



その証拠に、いつもは素通りする商店街。そしてその入り口のアーケード。
・・・四角い。
これは四角い匂いがプンプンしやがる。



一番に見えてきたのは角の豆腐屋。
お遣いを頼まれて来たことがある。
その時には目もくれなかった店先の古びた「とうふ」と書かれた看板。



看板・・・四角い・・かっこいい・・
そして、豆腐も四角い・・・かっこいい



「すみません」
いつもよりも凛々しい声が僕の口から飛び出した。



「あら・・・いらっしゃい」
女亭主は少しの間を開けてこう言った。
そりゃそうだ。まだ時間は朝の10時。
この時間から豆腐を買いに来る小学生に恐怖していた。



「豆腐を一丁ください。なるべく、四角いものを」
僕は目を四角くさせてこう言い放った。



こうして、僕は豆腐を手に入れた。
右手に四角いものを携えた僕はもう無敵だった。



次はどんな四角を手に入れてやろうか。
ルパン三世のような心持ちで街を練り歩いた。



そんな僕の目をひときわ引くものが住宅街にあった。
どんな家にも必ず設置されている、四角いもの。



そう、「表札」



こんなに四角いものは見たことがなかった。思わずため息がこぼれた。
寸分の葛藤もなく、僕の手はその表札達をランドセルに放り込んでいく。



帰り道の間だけで50もの家庭から表札が消えた。悪いことをしている自覚は全くなかった。家に帰り、僕はその表札達を吟味していった。日本には様々な名字があることを実感しながら。



佐藤、御子柴、田中・・・



田中・・・



四角い・・・



ただでさえ四角い表札の中に、全てが四角い「田中」の文字・・



僕は田中の表札を勉強机の一番上に祀る(まつる)ことにした。
なんだか自分の部屋じゃないような気がした。
頭上の田中の文字が誇らしかった。



僕はこんな活動を小学校卒業まで毎日続けた。
集めた表札の数は5000はくだらない。



押入れに入りきらなくなったものはたまに表札がない家に返しにいった。
地元ではちょっとした事件になっていたらしいが、そんなことにも目をくれず表札集めに精を出した。
僕の四角い青春はそんな風に流れていった。



そろそろ中学生になろうとしていたある日のこと。
再び父に誘われた。
行き先はあの日と同じ川崎の工場群。僕は喜んでお供すると伝えた。



12歳になった僕、中学生になろうとしている僕が今工場を目にしたらどんな気持ちになるんだろう。その四角さに圧倒されて死んでしまうのではないか。まぁそれはそれで幸せな最後なのかもしれない。
楽しみで仕方なかった。



車を降りると目の前には月の光に照らされた工場があった。
やっぱり別格の四角さだ。僕は懐に入れた「田中」の表札を握りしめた。こいつにも工場の四角さを見せつけたくてわざわざ持ってきていた。



父はあの日と同じく双眼鏡越しに工場を眺めていた。
何も変わっていない。父も工場も。
変わったのは僕の心持ちだけ。父のケツを蹴飛ばしてやろうなんてもう考えてすらいなかった。



僕は沿道のアスファルトに座っていた。
2年前のあの日みたいに、少し眠気を感じながら。
そして、何の気なしに体育座りのまま空を見上げた。



何が人を劇的に変えるかは、その瞬間が来ない限りわからない。
そして、そんな瞬間が人生に何度あるかもわからない。



・・・10円玉。
その物体を言語化するのに数秒かかった。
あまりに急に目に飛び込んできたせいだ。



そいつは月の光に照らされて、完璧な丸さを陰に落としていた。
丸・・・



あれ、なんだろう、この気持ち。
・・・丸、かっこいいじゃん。
うん。全然悪くない。


なんだか憑き物が落ちた気がした。僕は立ち上がると、工場のそばまで歩いて行き、フェンスがあるあたりで止まった。



懐に手を入れ、「田中」の表札を取り出す。
そいつはなんだかくすんで見えた。


「バイバイ、ありがとう、さようなら」



そんな言葉をかけて、僕はフェンスの下に表札をそっと置いた。



その日から、僕はまた普通に人間が好きになった。
`丸い`ものも悪くない。







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