見出し画像

優しいと厳しいは紙一重

何でもかんでもやってあげる事が優しさではない、と私は今日すごく思っている。

というのも、今朝の娘とのやりとりでそう思ったからなんだけど


朝起きれないことを人のせいにしたり
遅刻しそうなことを人のせいにして

送っていけ!とわがままを言う小4。(娘)

娘の事情も色々あるのかもしれないが


色々やりとりをした上で
それでも頑なに動かない娘を見て


自分の学校なんだから
自分の足で行ってね

と、最終的に私は家を出ました。

駄々をこねる時間があったら
さっさと出れば間に合ったのに😅

しれっと姉は駄々をこねる妹をよそ目に
家を出て行った。


遅刻してもいいから、学校に自分で行って欲しい。

なんか今日はすごくそう思った。


なんだけどね
家を出たものの、気になってます。笑


学校から2度目の電話。
行ってないみたい。

お昼、ちゃんと食べたかなとか
何してるのかな、とか

気になることはあるけれど

米は炊いてあるし
食べるものはあるわけだから

お腹が空いたら食べるだろう。


家でお留守番することは
もうずっと前からさせてきてるし

自分の食べるものくらい作れるだろう。



いつもは学校に行ってるし、
甘えたかったのかな。

何か寂しい思いをさせたっけ、とか

もっと上手い方法はなかったのかなとか

色々考える。


母親である以上、自分に足りないものがあったんじゃないかと考えるのはしょうがない
心配もする。

私があえて送らないで家を出た意味
伝わってるかなぁ、とか。


でも、私の人生観は
子どもの人生観になっていくもの。


なんか、伝えていきたい大事なことかなと
思った。


学校に行く本当の意味
みたいなものを
体で感じて欲しいなと思った。


これが私の愛情だけど



愛情って受け取り方によって全然違うものになってしまう。

けど、日々擦り合わせていくしか
ないんだなぁ、と考えさせられます。



とにかく、帰ったら話をたくさんしよう。

そんなことを考えてそろそろ家に帰ります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?