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2019.9.15男鹿半島へなまはげを探しに行く旅。

*これは私見と脚色にまみれているので、別に本心からそう思っていなくとも編集の都合上記載している場合があります。気分を害されませんようお願いします。


秋田市を出たのは昼食後のことだった。前日に3,4時間程度しか寝ていないので、不覚にもうつらうつらしてしまう。ドライバーのK氏には申し訳なかった。


秋田市は私の想像以上に海から近い場所にあった。そこから海岸線を北西にのぼっていく。途中、2018年夏の甲子園で勇名を馳せた金足農業のある金足をとおり抜ける。海の色は想像以上に濁っており、私はなんでも黄砂のせいにした。
後述する八郎潟が見えるともう我々は男鹿半島の根元まで来ていた。


男鹿総合観光案内所は、男鹿の玄関口にあたるそうで、赤鬼と青鬼よろしく二体の巨大なまはげ像がお出迎えをしてくれた。調べたところ、15mもあるとかないとか。とりあえず記念撮影をする。


ゆうちょ銀行でお金を下ろすために、最寄りの郵便局を探したがなんと土曜日は12時半でATMの取り扱いが終了していた。早え。日曜日はそもそも下ろせないなんというローカルルール。
仕方がないので、目的地からはそれるが、南に舵を切り一路男鹿郵便局を目指すこととした。予定外は旅の醍醐味だ。


男鹿駅の周辺に男鹿郵便局は鎮座ましまして、その付近には船川漁港や海鮮市場、道の駅男鹿オガーレがあった。オガーレで、トイレ休憩がてら土産物を物色する。おみやげの中心はもちろんこれでもかというくらいなまはげである。あの神秘的なお面に何が隠されているのか考えるだけでロマンを感じるが、決して購入には至らない。まず、この時点では謎の鬼お面ヤローという認識しかないからだ。男鹿の特産物が集められていた中で、冷静に晩酌のための地ビールのみを購入した。なんという名采配。


いよいよ半島の奥地に足を踏み入れる。思ったよりも半島というやつはデコボコしがちで起伏が激しい。なまはげロードという名の単なる一般道を北上した。両脇には黄金色の稲穂が実り、その中にはたまに寝ているなまけ稲穂もる。遠くには山が見えた。
予定より順調に我々は進軍し、真山(しんざん)神社に到着。その隣には男鹿真山伝承館なる怪しい小さな古民家があり、そのまた隣には、なまはげ館というthe歴史民俗資料館といった風情のこぎれいな建物があった。
入念に男鹿半島の旅の無事をお祈りし、御朱印をいただく。ここにはなまはげはいなかったが、なりきりセットはあったので、いつか雇われなまはげとして1日過ごしてみたいと思ったとか、思わなかったとか。


いよいよまずは怪しい方の館に先に入ることにした。ここではリアルなまはげが出てくるらしい。これでなまはげの真髄に触れることができると思うとわくわくした。
履物を脱ぎ、通された畳敷きの部屋には神棚や仏壇があって、少し広くなっているところに物好きな方々が座って今や遅しと登場を待ちわびていた。いそいそと隅の方に座る。
案内の方から注意事項やなまはげについての説明を受ける。どうやら、なまはげは悪い子どもを懲らしめる妖怪のようなものだと思い込んでいたが、そうではないらしい。大晦日に山から下りてきて、その家庭の今年の作柄や家人の様子を聞いて、問題がないか確認に訪れるらしい。なんとも善良な神の使いである。

案内の方の退出ののち、普通の老人が入ってきて家主になまはげさんが入ってよいかを確認する。非常に丁寧な応対である。これをせずに急に侵入してきたらなまはげより強力な警察に通報せざるを得ないだろう。


急にドン、ドンと背後から木製の戸を叩く大きな音がして、2人組のなまはげが登場。壁や戸を叩きながら家の中をぐるりと一周するという反社スタイルで出てきたのち、謎の帳面を取り出して、子供に限らず女房の様子についてあれこれ質問するも、家主に適当な回答をされて、最後は酒を勧められてお茶を濁されるというややこしい状況になる。


その後もしばらくヌルい取調べを繰り広げていたが、御膳を勧められ、お土産に餅を渡されて、また来年くると言い残し、予定調和感の否めない様子で渋々山に帰っていった。ちなみに家人がたるんでいたら腕を3回叩くといつでも山から下りてくるとのことであった。
これがこの家の株主総会の決算報告だと考えるとこの家の未来が真っ暗になる思いがした。


余談になるが、自宅に帰って試しに3回腕を叩いてみたところ、なまはげは現れなかった。どうやら秋田のなまはげは乗り物が苦手で、静岡までは出張できず。富士山にはなまはげはいないようである。


続く。