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「まだまだこれからだ」×「ささやかな贅沢」×#fff0f5

「やっと休みだー」

 コンタクトをしなくてもいい。ふわふわのシフォンスカートを履かなくても気にならない。それって、最高の日だ。それが、今日だけじゃないというのもいい。明日も、明後日も……4日後まで、ぐーたらが出来るのだ。

 予定のない朝に甘えて、ひたすら布団のなかでもどろみを貪る。やることもないけれど、ケータイを開いて適当にSNSを見ていく。みんな暇らしい。久しぶりの休みが続くようにと祈るつぶやきが、そこらから聞こえてきた。

「起きるかー」

 かすかにある腹筋を使って、勢い任せに上体を起こして冷蔵庫へと歩みを進める。冷蔵庫にはキンキンに冷えた炭酸飲料。景気よく開けると、さわやかな音が耳に届いた。大人だったらお酒なのかもしれないけれど、あと1年は未成年だからここはサイダーで我慢。

 昔、舐めさせてもらったビールの泡を思い出して、うぇっと眉をしかめる。すぐ顔に出るのは悪いところだと、一昨日くらいに指摘されたばかりだと思い出して表情を正す。誰もいない部屋での百面相に、自分でちょっとだけ笑ってしまう。
 独り暮らしを始めて、一カ月。大学生活も、同じくらい。オリエンテーションに試験に、入学式。揃えるものが思ったよりも多くて、ちょっとだけドギマギした。履修登録や教科書の購入なんてしたことがない。スムーズにいったのは、ノートを買うくらい。学業のことだけ考えていればいいならいいけれど、人間関係にも気を緩めることはできなかった。
 入学を決めてからのSNSでの交流や、入学式では笑顔は忘れずに。つまらない話も大げさにリアクションを……って、これは合コン受けだっけ。
 とにもかくにも、めちゃくちゃに疲れたのだ。興味のない授業を友人に合わせて入れてみたり、パンケーキのために2時間並んでみたり。
 “フツー”の女子大生っていうものになるために、毎日6時に起きて化粧をするのも結構苦行だ。寝るために生きているといっても過言ではないのに?眠すぎてマスカラずれたらどうするのよ~とうにゃうにゃ言いながらまつげを上げる。なんだかんだ楽しいけれど、しんどさはそれよりもちょっとだけ大きい。世の中の女の子たちって、本当に大変なんだな。
 のんびりマイペース、なんてキレイごとすぎる。世の中、諸行無常なのだ。何事にも“ほどほど”が出来ない私は、一カ月でこの様である。大学がくれた、一週間以上の連休は、願ってもない休息のタイミングだった。
 もちろん、遊びの約束はほどほどにお断り。連休に入る前の、ちょっとした夜遊び(夜のカフェ巡り)には参加した。疲れたから、とは言えないから、実家のほうに用事があって、と。上京してからの初めての大型連休だ。それだけで、うんうんと理解してくれるのはありがたい。

 そんなまでして手に入れた休みの初日は、一日中寝て過ごした。おかげで体脂肪率は2%上昇。人間何もしないと、筋肉がなくなるって本当だ。おかげで早起きした今朝は、なんだか足がだるい気がする。ペットボトルのキャップに苦戦するのはいつものことだけど。
 部屋にある、とっておきのチョコレートの箱を開ける。それだけでカカオの濃厚な香りが鼻を刺激して、ふわっと幸せな気持ちになれる。うん、やっぱり衝動に任せて食べなくてよかった。こういう特別なものは、特別嬉しいときに食べるべきよね。ころんと美しい楕円形のチョコレートをつまんで口に入れると、優しいミルクの甘さが口いっぱいに広がる。うんうん、美味しい。幸せって絶対こういうことを言うんだと思う。マイペース万歳!と両手を大きく空に振り上げたいくらい。誰かと一緒も楽しいけれど、私だけが楽しい時間って本当に最高。
 さらに最高にするには……。昨年の正月にお年玉で買った、ルームウェアの福袋を引っ張り出す。目の前にどんと居座る可愛らしいロゴの書かれたショッパーを眺めているだけで、体温がちょいと上がる気がする。女子らしくない、とかなんとか言ったって、やっぱりこういうのはテンションが上がる。

 特別な日に開こうと思って、そのままずるずると来てしまったのだ。お正月が終われば、怒涛の受験だ。正直、ルームウェアなどどうでも良かった。しかし、新生活に可愛いルームウェアがないなんて!という、私の謎の思い込みのために購入したのである。買った瞬間に、私の興味はほぼゼロになり、とにかく独り暮らしをするためにも勉強に打ち込めたというわけである。
 そして、なんとなくズルズルと開かない日々が続いてしまった。なんだかんだ面倒くさいし、自分の部屋といえどまだ馴染んでいない部屋で新しいものを身に着けようという気にならなかった。まずは、これまで通りのもので、と。実家の匂いが染みついたTシャツを着てベッドにもぐると、なんだか安心した気分になれるのだ。
 でも、そろそろ良いだろう。というか、今日を逃すと一生ふわふわのルームウェアを身に着ける機会に恵まれなくなりそうだ。
 特別な何もない日に、特別に新しいものを下ろすのも、多分アリ。
 大きく白いバッグに手を突っ込んで、触り心地のいい布を引っ張り出す。薄いパープルが混じったホワイトのショートパンツとパーカーが出てくる。ワンピース型のものは、少し薄手で夏用らしい。スイカのイラストが散らばった可愛らしい柄だ。小ぶりなリボンがついたルームシューズやルームソックスも使えそう。ヘアバンドもついているなんて、なかなか太っ腹じゃないか。
 早速、今日からこの新しいルームウェアで眠ることにしよう。
 部屋着も可愛い女は、世の中的にも可愛く見えるなんて言うしね。
 ここから、少しずつ、所謂“ちゃんとした”女子になっていこう。とにかく、この連休が終わったら、またパンケーキやらクレープやらに並ぶのだ。それが、女子というものなのである。

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イラストやデザインも盛りだくさん!作品はこちらから→花筐

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